第30話 ただし、男子に限る

「お、女は参加できないってどういうことですか!?」

 それは、ローザリッタにしては珍しく怒気を孕んだ声だった。


 召し捕らえた野盗たちを騎士団に引き渡した後、ローザリッタたちは行政都市に向かって歩みを再開した。


 農村の長から聞いた御前試合の話は、ローザリッタから暗い気分を吹き飛ばし、士気を高めるのに充分なものだった。意気揚々と残りの道程を踏破し、日暮れ前には城門を潜ることができた彼女たちは、そのまま中央の行政区画へ乗り込んだ。


 ――しかし。


「ですから、此度の御前試合は女性の方はご遠慮させていただいておりまして……」

 受付を担当していた若い役人は言葉を繰り返した。

 終業時間すれすれに滑り込んできたのを快く思っていないのか、煩わしげな顔を隠そうともしない。


「そのようなこと、立て札には書いていなかったではないですか!」

 柳眉を逆立ててながら、ローザリッタは出入り口の方を指さす。

 役所の玄関前の立て札には受付の期日に加え、試合形式、用いる木刀の規格、年齢や出自の不問などの参加条件が記されてあったが、性別に関する文言はなかった。


 役所側の不備を突かれ、役人は返答に困ったように眉根を寄せる。

 一般的な価値観において、武芸を生業にするのは男だ。

 貴婦人の身辺警護などは同性でなければ不都合が多いため、女戦士の需要もあるにはあるが、それでも戦闘の主役は男と言っても過言ではない。わざわざ注釈を入れなくとも、女の参加者など来ない――そう思ったのだろう。忘れがちであるが、ローザリッタ一行が例外的なのだ。


「確かに、性別に関する旨を公表していないのはこちらの不手際です。ですが、これはお上の指示ですので……」

「では、理由をお聞かせ願いたい! 何故、女では駄目なのか!」

「それは……」

 役人は言い淀んだ。軽々に口にできない何かがある。そう思わせる沈黙。しかし、ローザリッタは止まらなかった。


「そちらの不手際を認めるのなら、せめて理由くらいは説明するのが誠意というもの――ぐぇ」

 なお詰め寄ろうとするローザリッタの襟首を、やれやれと言わんばかりにヴィオラが掴んだ。


「お嬢、見苦しいぞ。縁がなかったと思って諦めろ」

「ですが……!」

「いいから」

 ヴィオラはローザリッタを引きずって、役場を後にした。



 †††



「納得いきません!」

 ローザリッタは荒々しく湯飲みを置いた。湯気を立てる中身が、縁からこぼれるかどうかの高さでゆらゆらと揺れる。


 旅籠はたごに入って夕餉を済ませた今でも、ローザリッタの怒りは収まらなかった。

 あれだけ楽しみにしていた御前試合がお流れになったのだから、無理もないことであるが。


「女が参加できないというのも不服ですが、理由すら教えてもらえないとはどういう了見ですか!」

 一番はそこだった。理由があれば大概のことは飲み込めるが、その説明さえない。それで納得しろというのが無理がある。


「お嬢が怒るのももっともだが、だからって、受付の兄ちゃんに当たってもしょうがないだろうがよ。向こうだって上からの指示でやっているんだからさ」

「ですけど……!」

「それとも、領主様に直談判してみるか? ベルイマン卿の娘だって言ったら、便宜を図ってくれるかもしれないぞ」

「う……」

 痛いところを突かれたのか、ローザリッタが口ごもる。


「……あんまり父の名を利用したくないです」

「じゃあ、諦めろ」

「ぐぬぬ……」

 悔しげに唸るローザリッタとは対照的に、ヴィオラは満足げな表情を浮かべた。

 常々、その一直線な性格をどうにかしたいと思っていた彼女だ。時には諦めることも肝要だと教えるには、今回の件はちょうどいい教訓だと思ったのだろう。


「それにしても、外部参加は許しているくせに、女性の参加を渋るなんて、どうにも不自然ね」

 他人事のような表情で、茶をすするリリアム。

 実際、他人事である。御前試合にはリリアムの仇も参加しているかもしれないが、それは会場付近に張り込みをしていれば済むだけの話だ。ローザリッタのように、そもそも参加するつもりは最初からないのだから、温度差があって当然か。


「……何か裏があるのかしら」

「ほう。例えば?」

 興味があるのか、身を乗り出すヴィオラ。リリアムの見識の広さ、洞察力の鋭さには彼女も一目を置いている。武者修行の道中、その慧眼で窮地を救われたのも一度や二度ではない。


「……実は、領主様が男色家だとか」

「うはははは!」

 予想外の答えに、ヴィオラが腹を抱えて笑った。


「確かに、そんな理由じゃ答えられないだろうなぁ! 世間体が悪すぎる!」

 隣の部屋から苦情が来そうなくらいの大音量に、リリアムは気分を害したように眉根を寄せた。


「そんなに馬鹿笑いしなくてもいいじゃないのよ」

「くく、悪い悪い。まあ、有り得なくはないよな。騎士団でも隠れ衆道が流行っているっていうくらいだし」

 ヴィオラは苦しそうに涙を拭う。

 ちなみに衆道とは、男の同性愛のことである。


「理由はどうあれ、主催者が男じゃないと駄目って言っているんだ。女であるあたしたちにゃどうしようもできないさ。御前試合はいったん諦めて、別の方法を考えようぜ」

 元気出せよ、とばかりにローザリッタの肩を叩くが、当の本人はやはり不満げだ。


「……ところで、それ本当なの?」

「あ? なにが?」

「その……騎士団で衆道が隠れて行われているって……」

 わずかに頬を染めて、そわそわと指をからめるリリアム。

 なんとも、らしからぬ表情だ。


「噂だけどな。ほら、シルネオの街って武で身を立てようとする者の聖地だろ。騎士団の関係者もよく参拝に来るんだけど、そういった奴らからちらほらと耳にするな。まあ、騎士団と言えばだいたい男所帯だ。右を見ても男、左を見ても男。禁欲生活が祟って、男に走ってもおかしくはないわな」

「へ、へえ。そうなんだ」

「美形の新兵に女装させたりするらしいぞ。何とも業が深い話だ。後々、問題にならなきゃいいけど」

「女装男子! そういうのもあるのか!」

 かっと目を見開いたリリアムの気迫に、主従はきょとんとする。


「……なんだ、リリアム先生は男同士の恋愛に興味があるのか?」

「え!? いや、別に!?」

 リリアムの声が裏返り、目が泳ぎ始める。何かを感じ取ったヴィオラは生暖かい視線を送った。


「……まあ、人の趣味はそれぞれだからな。否定はしないぞ」

「憐れんだような目は辞めて!? なによ、ヴィオラさんだって、ちょっと危ない性癖持っているくせに!」

「馬鹿言うな。あたしは至って普通だぞ」

「どの口が言うか!」

「――そうだ!」

 妙案が浮かんだのか、ローザリッタが両手を叩いて二人の言葉を遮る。


「男装すればいいんですよ!」

「「……は?」」

 ヴィオラとリリアムは呆けた声を出す。


「三分人材、七分打扮だふん。人は見かけで判断するものです。男物を着て、髪を切れば男に見えるんじゃないでしょうか。いえ、男に見えなくても、!」

 ね、名案でしょう――そう言いたげな、晴れやかな表情。


「駄目だ駄目だ駄目だ! 髪を切るなんて、お姉ちゃん許しませんよ!?」

 ヴィオラが血相を変えて声を荒げる。


「誰がお姉ちゃんですか。いいじゃないですか、髪なんて放っておいてもまた生えてくるんですから」

 何を細かいことを、とばかりにローザリッタは唇を尖らせた。


「そう言えば、道中じゃ手入れも大変だろうから、旅立つ前にばっさり切ろうかって話をした時もめちゃくちゃ嫌がりましたよね。理解に苦しみます。髪が短かったらヴィオラだって楽になるのに」

「お嬢の髪の手入れはあたしの楽しみなんだ! 丹精込めて育てたその綺麗な髪を、みすみす奪わせてなるものか! 断固反対だね!」

 ヴィオラの威迫は凄まじく、ローザリッタは若干引いた。助けを求めるようにリリアムを見る。


「私もよく手入れしてもらっているから、今回はヴィオラさんの肩を持つわ。それに、その黄金の髪が短くなっちゃうのは実際惜しいとは思うし」

「む。リリアムからそう言われると、躊躇っちゃいますね……」

「おいこら」

 この扱いの差は何だ、とでも言いたげなヴィオラの目つき。


「まあ、長髪男子なんていくらでもいますし、髪なんて結い方次第でどうにかなりますか。とにかく、手を尽くさずに諦めるなんてできません! 一回やってみましょう! 自分でも駄目だと思ったら、その時は別の方法を考えますから!」


 やはり、ローザリッタには諦めるという選択肢はなかったようだ。

 余計なこと言っちまったかな、とヴィオラは内心で後悔した。

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