蟹のいる日常『終わらぬ夏』

 無限に同じ「ひと夏」が繰り返される日常、それを僕は地獄だと思った。それでもいいと君は言う。

 なぜなら「君」は「僕」だからさ――



「もしかして」

「ループしてるのか」

「してないよー物語の中じゃあるまいし」

「なんだよ蟹、驚かすなよ……」

「でも同じ夏が繰り返されはしてるね」

「なあ毎度思うがこういうのってなんで毎回夏なんだ」

「エモいからでしょ」

「エモいから……」

「だって君、今この夏楽しいって思ってるでしょ?」



「楽しい夏なんてあったかなぁ」

「蟹なのに?」

「蟹がみんなハッピーなお祭り蟹とは限らないでしょ、ダウナーな蟹だっているんだよ」

「そうか」

「僕はダウナーな方」

「そうか……」

「ダウナーな蟹は一緒に絶望してしまうってよく言われたよ……」

「大丈夫だって、な、俺がいるから」

「うん……」



「一度だからこそ美しい」

「なんだ蟹いきなり」

「ループしてる僕らを鑑みて世界に抗議してるんだよ」

「抗議したところでどうなる」

「考えを変えてくれるかもしれないでしょ!」

「馬鹿お前そんな」

「わかんないよ蟹だって世界みたいなものだもん!」

「そうなの?」

「そうだよぉ」

「マジか……」



「蟹ぃ俺はお前が世界で一番……」

「あー酔っちゃって恥ずかしいことばっか言ってる」

「世界で一番蟹……」

「えっ」

「そういう扱いしてる……」

「えっ意味わかんない」

「蟹ぃ俺はお前が……」

「ちょっと!」



「ねー世界で一番蟹って何?」

「何ってお前、そんなこと聞くお前が何だよ」

「この前君が言ってたんだよ!」

「えっ俺そんなこと言ってたか? 全く思い出せない……」

「あーこれだから全く人間は困るね……」

「超越者みたいな物言いやめろよ」

「だって概念だもーん」



「無限に同じ夏が続くならよお」

「何」

「いや、別にこの夏が永遠に続いたって俺はいいなーと思った」

「えっいいの」

「いいよ」

「じゃあもう、無理して抜ける必要もないんだね……」

「無理して抜けようとしてたの?」

「してたよ、僕はダウナー蟹だから」

「それ関係ある?」

「あるよぉ! ダウナー蟹は無駄に頑張るんだよ」

「気付いてやれずすまない」

「急に真面目になるのやめて」

「ま、とりあえず冷やしうどんでも食おうぜ」

「……そうだね」


 夏は終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る