140字蟹48 夏のある夜

 そのとき僕は何も言えなくなった。パートナーの人間に対して蟹が何も言えなくなるなんてことは性質上まずないのだけど、いい加減僕もバグがきてるのかもしれない。昔から蟹であることになんだか違和感を感じていたから。そんな僕に選ばれた人間は少し哀れだと思う。

 でも、人間は僕がいてよかったといつも言うのだ。それだけで僕は別に僕が蟹でいたっていいのかななんて思うのだが、実際のところはわからない。

 蟹なのにぐるぐると考えているのは明らかに不具合だ。神社に行けば治るのだろうか。人間は僕がそういうことを言うのを嫌うから最近はあまり言わないようにしているのだが、不具合の蟹に選ばれてしまったことはやはり申し訳なくて、なんとかしたいと思うばかり。

 風鈴の音を聞きながらごめんねと言ったら人間は、別に? 君がいなかったら僕は生きていけないからさと言った。それで僕は何も言えなくなった。夏のある夜のことだった。

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