秋空と心中

凪帆

00. プロローグ、そして終わり


 彼女が振り向く。

 澄んだ空気を通してより鮮烈に地上を照らす、暮れた陽を背景にして。



 その日、一人の少女が居なくなった。



 ⿴⿻⿸




「一つだけ言い訳をするのなら、別に僕は彼女が死ぬのを望んでいた訳ではありませんよ。」


 目の前の少年──自殺幇助の罪の疑いを掛けられた彼は、そう言ってふわり、と笑った。

 男はそれに、思わず眉を顰める。

 適当に切り揃えられた短髪に、15としては平均だろう身長。顔の造形も整ってはいるが、どこかぱっとしない感が否めない。

 そんな平凡を絵に描いたような、大人しげな少年だ。


 普通の人間は、彼が犯罪を犯すとは考えないだろう。だが男は、そんな意外性に顔を顰めた訳ではなかった。

 刑事になって数十年、穏やかな顔に狂気を隠す人間も、悪意なく罪を犯す人間も、様々な人間を見てきた。

 見た目に反して、というのは驚く要素にはなり得ないと、男はよく知っていた。


 およそ一ヶ月前、既に死亡した一人の少女と、少女が書いたと推測される遺書が見つかった。

『心中します。』という、一言だけが書かれた遺書が。


 未成年が起こしたその自殺事件は、娯楽に飢えた世間を大いに騒がせた。

 テレビに写るコメンテーターは滔々と現代に生きる青少年の心の闇について語り、メディアは連日、大々的に報道した。

 そんな異様な熱が冷めやらぬ今、男は目の前の少年──亡くなった少女と交際していた彼に自殺幇助の疑いがあるとして、取調べを行っているのだ。

 手元の調査資料に視線を落としながら、男は問い返す。


「……ならばなぜ、彼女は死ななくてはいけなかった?」


 この事件をそこまで騒がせた、その理由。

 それは、この事件の異様さだ。

 何せ心中と言っても、彼女にはその動機が無かったのだから。

 またそれ以外にも不透明な事がある──目の前の、この少年。


 少女と交際をしていたという彼は、少女の凶報を聞いても眉一つ動かさなかった、らしい。

 ただ一言「そうですか。」と言って、それっきり。

 そう彼自身の友人から、聞き込みを受けて知った。


 けれど一方で、少女の周囲の人々は、目の前の少年と彼女が順調に交際を進めていた様だったと証言。彼らは口を揃えてこう言った。

「心中なんて事をする理由が分からない。」と。


 実情は二人しか知り得ないとは言え、傍から見ている限りは少女も少年も、互いのことをそれなりの熱量をもって好きあっていたらしい。


 ……それなのに。


「彼女が望んだから、ですね。彼女は死を──そして、心中する事を望んでいた。」


 やはり少年は淡々と、柔らかい表情を崩さずに言う。

 一欠片の動揺も困惑も、そして悲しみさえも見せず。

 そこから、少女に対する一定以上の感情は見つけられなかった。

 それに男が顔を顰め──それに気付いたように、少年は苦笑した。


「何を疑われているかも、分かっています。

刑事さんは僕が罪状の通り、本当に彼女を唆したのでは無いかと疑っているのでしょう?

死ぬ必要も動機も、本来は持っていなかったしれない彼女に。」


 少年が疑われているのは自殺幇助罪──そのうち、自殺教唆罪。

 彼は少女を唆し、死に導いたのでは無いかという疑惑を掛けられている。


「けれど、本当に心中がしたかったのだとしか言い様がないんです。それが他人から理解されないだろう事も分かった上で。

だからこれから話す僕の話は……彼女の死んだ理由は、きっと理解はされないでしょう。それでも、」


 そこで初めて、少年の声音が変わった事に男は気づいた。

 苦しげな──否、これは。


「僕と彼女の意志は。思いと願いは、誰にも否定させません。」


 驚く男が視線を上げた先、少年はわらう。

 重なって見た彼の瞳は無邪気に、けれど──確かに怒りに濡れていた。







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