第4話 流動的な状況

「鎖京鎖国」

 メイが壁にかかった大きなモニターの前に立ち言った。

「この国は二重に閉ざされてるの」

 サイカはメイからの説明を聞いていた。メイとライからとのことだったがライが姿を見せなかったのでメイとふたりでの講義となった。ライはアードラでの訓練でもしているのだろう。

 日が経っても、体は女のままだった。いくらかは慣れてきたが、時折、気持ちが悪くなって医務室に駆け込むことがある。医務室の人間には調べたいと言われたが、それはどうにか断った。

 モニターにはこの国と周辺の地図が表示されている。北に大海、西にクーベイト王国、東にはドクカ帝国、南には海と見間違うばかりに広がる湖が描かれていた。この国の名前はラウド共和国。首都は国内の北に位置するエーゼットだ。ふたつの大国に挟まれた形で、かろうじて続いている歴史だけの小国である。その歴史も三百年前に多くが失われたらしいが。

「ひとつは国交。この国の人間は原則としてこの国から出ることを許されていませんし、外からの入国も認めていません」

 不勉強なため詳細は知らないがなんとなく聞いていることではあった。特別な職業の人間や、なんらかの許可を得たものだけが出国できるらしい。今まで生きることが精一杯という状況で生きてきたので、サイカは外国などというものに興味を持ったことがなかった。ゆえに、たとえ国が閉ざされていようと困ることもなかった。

「もうひとつは首都です。選ばれた国民でなければ首都に入ることも原則、許されてはいません」

 メイがモニターの映像を切り替える。画面には白く高い壁が映った。

「国境も首都の周りもこのように壁で覆われています」

 壁の周りにはローブが何体か歩いているのが映っている。正式な軍の自律型で人間は載っていないものだろう。壁を超える者、壊す者を阻んでいるのだ。

「一応、議員は国全体からの選挙で決められていますが、ネットを通したバーチャルな選挙で、ほとんどの議員は首都の外に出ることもなく当選し、そのまま首都で国を勝手に運営します」

 一応、選ばれたのならば勝手ではないのではないかと思ったが、サイカは黙って話を聞く。

「第一党はパブサブス党です。パブサブス党が八年間ずっと政権を維持しています。第二党であるネージドス党と、二大政党制で維持されているのが現在のこの国の在り方です」

 その他にも大まなか国の状態について説明を受ける。

「私達の目標はこの二重に閉ざされた国を開放すること」

「どうやって?」

 サイカは尋ねる。想像はできていた。

「武力を用います」

 そうだろう。真面目に選挙にでて、内側から変えていくという集団にはとても見えない。それならローブもいらないはずだ。ローブを用いたクーデターを起こし、国を乗っ取るつもりなのだ。

「もうこの国は腐りきってしまいました。どんなにがんばっても一度、腐った果実は元に戻せません。私たちはゼロから国を作り直します」

 メイは震えていた。まだ小さな子供だ。それでも成そうとしていることの重大さがわかってしまうのだろう。そしてそのむずかしさも。そんなメイに対して、国は果実ではないとは言えなかった。

「やめますか? 今ならまだ関わらずに済みます。艦から降りることも許してもらえると思います」メイが近づいてきた。

 サイカは考える。しかし、答えはすぐに決まった。

「いや、僕も国を変える手助けをさせてほしい」

 食事をもらえた。

 ここでは、人間として扱ってもらえる。

 ここから野に出て、まともに生きていける保証はない。

 もしかしたら、戦って死んでしまう未来しかないかもしれない。

 それでも、よっぽどましだと思えるのだ。

 国を変えたいなんて気持ちがほとんどなくても許されるのなら。

「ありがとうございます!」メイが言った。目がいくらか潤んでいる。

「こちらこそ、ありがとう」

「はい! では、説明を続けますね」メイが顔をあげる。またモニターの前へ移動した。「最終的にこの国を解放することが目的なわけですが、国境の壁を破壊しただけでは、国を作り変えることはできません。なので、まず私たちは首都を目指します。壁の内側にある議会を占拠し、首都の解放と現在の国家活動の停止を認めさせます。その後、一時的な舵取りを私たちが担当して、新しく公正な選挙の仕組みを用意し、新しい国を起こすのです」

 メイの説明を聞いて、とりあえずの目標は理解できた。しかし、首都に入るには壁を壊すか乗り越えるかが必要だし、議会も警備する軍のローブがいるだろう。どちらも軍のローブとの戦闘は避けられない。

 サイカは思い出す。

 死を覚悟したあのローブとの戦いを。

 軍のローブはレジスタンスや盗賊のような人間が乗っているものとは違う。完全自律のジェネルが人間の反応・思考速度を超越したコントロールで、ローブを操る。こちらの考えはローブを通して伝わってしまうが、相手の考えは伝わってこない。命令さえあれば、敵と判断したものは言葉もなく叩き潰す。非情なキリングマシンだ。

 ふいに部屋の扉が開いた。

「調子はどうだ?」オフトゥが室内にはいってきた。「わかったか?」

 サイカはうなずく。それから不安を口にした。

「やりたいことはわかりました。しかし、現実的には厳しいと思います。まず、首都の壁を超えることができず、全滅するのがオチではないかと」

 メイが顔をこわばらせた。

 サイカは仲間になることにはしたが、かといって絶対に実現不可能なものに付き合うつもりはなかった。命を賭けることはいい。賭けるなら、賭けるに値する作戦がほしいと思う。

「言いたいことはわかる。だからまず我々がやろうとしているのは戦力拡充という下準備だ。使えるローブを集めている。そうやって新しい仲間にも出会えたしな」

 サイカのことだろう。元はヘスデネミィを探していたのだ。

「そして、もうひとつ各部隊には仕事が与えられている。それが最終的な目標に進むためのまさしく鍵となる」

「どういうことです?」

「そのままさ。首都の正門を開く鍵を探している。壁を壊すのでもなく、乗り越えるのでもなく門をあけて、乗り込むつもりなんだ、俺達は」



     §


「なんで襲ってくる?」

 見たことのないローブがライの乗るアードラの攻撃を受け止めている。ローブからは精神波が響いてきた。人間だ。ジェネルではなく人間が乗っている。

 アードラの攻撃は続く。相手のローブは攻撃を受け止めつつ、上手く攻撃をかわしては、弁明を飛ばしていた。

「敵意はない。武器を収めてくれ」

 言葉が続く。しかし、慌ててるような響きは感じられなかった。

 ここはある地方都市の入り口から少し離れた森だった。首都の鍵を持っているらしい人間がその街にいるとの情報を得て、サイカを含んだオフトゥの小隊はチェストーガから離れて、ここまでやってきた。そうして、ローブを隠し、街に入ろうしたところで、正体不明のこのローブと出会ったのだ。

 皆がローブに乗り込み、陣形を保つ。

「軍のローブ?」メイの思考が飛んできた。

 相手に問いかけるようなものではなかったが、届いてはいるだろう。

 軍の者なら仲間を呼ばれるまえに始末しなければならない。

「やめてくれ。軍とは関係がない。この国の軍が人間をローブに乗せるわけないだろう」

 それはそうだ。しかし、だからこそ怪しいのだ。普通、ローブに人間を乗せるようなことはしない。盗賊か、レジスタンスか、そんなイレギュラーな連中が取る手段だからだ。

「おまえたちはレジスタンスか」

「俺たちのこと知ってるぞ」

「今、知ったんだよ」

 ローブは、装飾を纏わない人形のような形をしていた。武器がなく、装甲もない。攻撃は腕で受け止め、あとは回避してやりすごしていた。攻撃をまるでしてこない。油断はできないが、敵意がないというのは本当であるようにも感じられる。

「油断してほしいな」

「取り押さえるか?」サイカはオフトゥに尋ねるように言葉を飛ばした。

「目的はなんだ?」オフトゥがローブから問いかける。

 その問いかけにはこちら側の目的もわずかに含まれてしまっていた。隠すことは難しい。

「僕はあるローブがほしいんだ。あの街の一番、偉い奴が持っているらしくてね。そして君たちは首都の鍵がほしいのか。それなら情報を提供できるし、協力もできる。だから武器を収めないかな」

 このまま戦い続けて、情報を引き出すことはできる。しかし、本当に協力できるならそちらの方が簡単だろう。

「ライ、もう下がっていい」オフトゥが言った。

 ライの操るアードラが一度、相手のローブを蹴った後で後ろに下がった。油断せず、いつでも攻撃に戻られるような態勢は保っている。

「しないってば。降りるから攻撃はやめてくれ。生身でローブの攻撃を受けたら死んでしまうからね」

 相手のローブが膝をついて止まる。胸が開き、中から人間と犬が降りてきた。あの犬はジェネルだろうか。

 こちらもオフトゥの指示で皆がローブから降りた。もし相手があのローブの中に他の人間やジェネルを隠していたらとも思ったが、それも考えた上でオフトゥは相手に信頼を見せるために皆で降りることを選んだのだろう。

「めずらしいね、猫のジェネルだ」

「そっちこそ、それは犬のジェネル?」

 降りてきた人間が、笑顔で、まず言ったことはサイカの肩に乗っていたカクテラルについてだった。普通の猫ではないとすぐにわかったらしい。サイカは同じように相手の犬について問いかけた。長毛で銀色の大きな犬だった。

「こいつはラジニア」

 ラジニアと呼ばれた犬が頭をさげる。言葉はない。

「喋れるけど無口なやつだ」ラジニアの頭を撫でたあとでさらに言葉を続ける。「そして僕はギリィン、よろしく」

 ギリィンが微笑んだ。

 ゆっくりと確認してわかるギリィンは女性だ。背が高く、声もハスキーなためすぐにはわからなかった。黒く長い髪が腰の辺りまで伸びている。

「率直に聞く。君は誰で、どんな目的を持っている。あのローブはどこで手に入れた。そして、我々に提供できる情報とはなんだ」オフトゥが言った。

「はは、生き急いでるね」ギリィンが笑う。「まずはそちらも自己紹介をしてくれよ。名前ぐらいでいいからさ」

 サイカたちはそれぞれ名前を告げた。最後にカクテラルが名乗ったところで、ギリィンはサイカの前に近づいて手を伸ばし、カクテラルを撫でた。サイカはわずかに鼓動がはやくなるのを感じた。

「ありがとう。では、少しずつ質問に答えていくとしよう。さっきも言ったとおり、僕はギリィンという。職業というと少し困るけれど神官をしていると言えばいいのかな。趣味でエンジニアまがいのこともしていて、ラジニアも僕が作ったし、ローブの整備なんかも得意だ」

「神官?」メイが不思議そうなものを見る目で言った。

「神様と人の間を取り持つお仕事。この国ではもうあまりそういった信仰はされていないらしいね。三百年前まではこの国でも多くの人が信仰していたはずなんだけど」

 この国の人間ではない? サイカは思う。同じような感情を皆が持ったのだろう。空気が引き締まるのを感じた。

「隠すつもりはない。僕は隣のクーベイト王国から来た。鎖国された国でどうやってと思うだろうけど、詳細は許してほしい。ただ、そういった裏の外交ルートは存在するし、かといって政府の味方というわけでもない。なんならローブに乗って証明してもいい」

 ギリィンは頭のいい人間だ、とサイカは思う。それもかなり優れたレベルで。会話の様子からもわかる。ジェネルを作ったというのも嘘ではないように感じられた。

「ローブに乗らなくてもよさそうなので続けよう。あと、一応、僕はこの国とも関係がある。僕のご先祖さまは、三百年前の大災害でこの国から逃げ出した人間だ。ゆえに、人種的にはこの国の血を引いている。まあ、どうでもいいけどね」

 ギリィンはにこにこと微笑んでいる。

「次はローブだったかな。あれは落ちていたのを拾って改造した。さすがにローブを持ち込めるようなルートは持ってないしね」

 ローブが普通、落ちているものだろうか。それにあんなものは見たことがない。サイカはギリィンのローブを見る。

「あれはローブの素体みたいなものだよ。みんなのローブも装甲を向けばああいった基盤の部分がでてくる。元はメイくんの乗っているジッカ型だったかな。なにかの戦闘で機能停止していたものに乗り込んで、動く前にジェネルを切り離したんだ。もしかしたら君たちレジスタンスがやってくれたのかもしれない」

 ギリィンは和やかな雰囲気を作り出そうとしているのがわかる。

 しかし、その反応の早さや陽気な不気味さから緊張がほぐれない。

「目的は? あるローブを探していると聞こえたが」

「その前に聞きたいのだけど、あれはヘスデネミィ?」

 ギリィンが留められているローブに視線を向けていった。

 サイカは一度、オフトゥの顔を見たあとでうなずいだ。

 それを見て、ギリィンが微笑む。

「ヘスデネミィを譲ってくれないか」

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