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 頭を撫でていたキャロルの目がうっすらと開く。


 ベッドに寄り添っていた面々がガタガタと椅子から立ち上がった。


「キャロルさん!!!」


「キャロル!!!」


「義姉上!!」


「キャロル妃!!!」


 全員が必死に呼びかけるがもう聞こえていないのかキャロルの視線は動かない。


 ーっ逝かないで。


 そんな思いを込めてもう一度頭を撫でるとキャロルの真っ黒な瞳がゆっくりと動いた。


 ルシウスの藍色の瞳をじっと見詰める。


 キャロルの皺が刻まれた細い手がゆらりとルシウスの頬を撫でた。


「…なんて顔してんですか陛下。」


 目尻に皺をつくりキャロルは微笑んだ。


 キャロルの手を濡らしているのが自分の涙だとルシウスは気が付いた。


 いつの間に泣いていたのだろう。


 泣いていた事さえ分からなかった。


 キャロルの細い指がルシウスの涙を拭う。


「…陛下。」


「…何だい?」


「色んな所に連れて行ってくれてありがとうございました。」


「……うん。」


 喉が熱くて千切れそうな位に痛む。


 振り絞らないと声さえ出せない程苦しくて堪らない。


「ずっと一緒にいてくれてありがとうございました。」


「………っうん…!」


「…陛下。」


「ん?」


「大好きでしたよ。」


 ルシウスは藍色の瞳を見開く。


 キャロルは優しく微笑んだ。


「私は初恋の相手と結婚して最期までいられました。

 私に幸せを下さった事、本当に感謝してます。」


「………っ馬鹿…!!!」


 目の奥から熱い液体がボロボロと流れて止まらない。


 心を濁流の様な感情が飲み込んでいく。


 最期まで言わないなんてツンデレにも程があるだろう。


 言いたい事は沢山あるのに言葉を紡ぐ事が出来ない。


「ーっ私も幸せだった!

 愛してた!」


 叫ぶように言うルシウスにキャロルが笑って口を動かした。


『知ってます。』と。


 キャロルの手が音を立てて布団に落ちる。


 周囲がキャロルの名を叫んでいるがルシウスはぼんやりとただその光景を眺めるしか出来ない。


 漸く手に入った瞬間零れていくなんて。


 勝ち逃げなんて卑怯過ぎると心の中で呟いた。







 だから金木犀なんて匂いのキツい花は嫌だったんだ。


 目の痛みが治まらないじゃないか。

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