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「時間がないって…?」


「殿下が誕生日を迎えてしまう前にやるべき事があるんです。」


 キャロルの顔を見たリアムがキャロルを片腕で抱え上げる。


「ならこの方が速い。

 走るぞレオン。」


「おっおう!?」


 廊下を走り抜け広間とは真逆に近い位置にあるルシウスの部屋を目指す。


 通り過ぎるメイドが何事かと振り返り女官の悲鳴が上がった。


 近衛騎士と次期宰相が若い令嬢を俵担ぎし王宮を駆け抜ける光景などあまり見れる物ではない。


 そりゃあ悲鳴もあがるだろう。


 ルシウスの寝室にドタバタと駆け込みリアムがキャロルを下ろす。


 レオンがゼェゼェと肩で息をしながら笑っていた。


「マナーの講師がさっき怒鳴ってたぞ。

 明日はこりゃいきなり再教育とか言っておしかけてくるな。」


「幻覚でも見たんだろうって言えば良いだろ。

 知らぬ存ぜぬで押し切れば良い。」


 リアムがシレッと答える。


 なかなかスパルタな講師なのだろう。


 少々気になるが今はそれより先にする事がある。


 キャロルは懐から本を引っ張り出した。


 昨日手に入れた禁書だ。


「何を始めるんだキャロル?」


「聞かないで下さい。」


「…また禁術を使う気か?」


 リアムが眉間に皺を刻む。


 今までは使ったと報告を聞いていただけだ。


 目の前で使うと知りどうすべきか悩んでいるのだろう。


 キャロルはそれに答えず禁書の項を捲る。


 本当は魔法陣を書きたいが場所や時間を考えるに無理だ。


 さすがに国王の目の前で禁術を使うわけにはいかない。


 キャロルはすぅっと息を吐いた。


 あの戦闘の中でルシウスに出来たのだ。


 きっと自分にも出来る。


 キャロルはルシウスのベッドに近付き心臓に手を置いた。


 弱いが確かに刻む鼓動を感じる。


「…あなたにお返しします殿下。」


 ゆっくりと目を閉じ心の中で詠唱を唱える。


 部屋の中に一陣の風が吹いた。


 指先に魔力の流れを感じ血液を流し込む様に魔力を操る。





 額から汗が滴り落ちる。


 さすが歴代最強と言われる魔力量だ。


 流す掌の震えが止まらない。


 まるで渦潮の様な濁流を押さえ付け少しずつ流し込んでいく。


 制御しようとするキャロルの魔力が熱風として体内から漏れ部屋を吹き荒らす。


 これをアルバート公と対峙した状況で一瞬で発動させるなどこいつは本当に化け物じゃないかとキャロルは口元を歪めた。


 やはりこんな魔力量は自分には扱い切れない。


 王にこそ相応しい物だ。

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