第五巻 -苦い過去を持つ小野寺勇吾と鈴村愛の絆-

第1話 序章

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ――!


 森で囲まれた深夜の施設に、けたたましいベルが鳴りひびく。

 青白色だった所内の灯りも赤く点滅し、所内に居る者たちの不安や警戒心を、視覚や聴覚を通して、否応がなく掻き立てる。

 それも当然であろう。

 なぜなら、


「――脱走だっ! 服役中の囚人が脱走したぞっ!」


 を、刑務所全体に知らせるための警報ベルなのだから。

 刑務官たちが、脱獄した囚人を捕縛すべく、警報ベルに劣らぬ足音を立てながら、慌ただしく刑務所内を駆け回る。


「――だれだっ!? 脱走した囚人はっ!」


 所長室のデスクから立ち上がった所長が、ノックもせずに入室した部下の刑務官に問いかける。


「――はいっ! 囚人番号2548と、3642ですっ!」

「二人なのかっ!?」


 想定外の報告に、所長は驚く。その直後、あることに気づき、ふたたび問いかける。


「――2548といえば、たしか――」

「――はいっ! 二、三か月前、超常特区で国事犯級の事件を引き起こしたその主犯格の一人ですっ!」

「……なんてことだ。よりによってそんなヤツが……」


 所長の表情に苦渋のシワが寄る。デスクについた両手が握り拳と化し、震え出す。


「……だが、どうやって脱走を……」

「……おそらく、3642の能力ではないかと……」

「――まさか、あの能力で脱走したというのかっ!?」

「……それしか考えられません……」


 そのように結論づけた刑務官の表情も苦渋に満ちていた。だが、所長は激しく首を横に振る。


「――それはありえんっ! 超能力や超脳力を有する囚人には、それらを使えなくする成分を配合した食事しか与えていないんだぞっ! それも、毎日三食っ! たとえそれに気づいて食事を抜いても、感覚同調フィーリングリンクなどの定期的なボディチェックにかければですぐに判明するっ!」

「……ですが、所長。それ以外に考えられ……」

「――とにかく追えっ! 追って捕まえるんだっ! 脱走した二人の囚人をっ! こんな不祥事が世間に知れたら、私の立場が……」


 危うくなるのは必至であった。第二日本国の国内において、最高峰のセキュリティレベルを誇る、ここ、S級犯罪特殊能力者用刑務所の所長である以上、責任を問われるのは免れない。肥満体型や禿げ上がった頭髪に関係なく、顔面が蒼白になるのは、無理からぬことであった。

 ――そして、それは確定事項となった。

 刑務官たちの懸命な捜索もむなしく、脱走した囚人二人の行方は完全に途絶えてしまったので。


「――ふうっ……。もう大丈夫だろう。ここまで逃げれば――」


 刑務所を遠望できる麓の崖に、数分前までそこにいた囚人の一人が、安堵のため息をつく。十代半ばの、やや人相が悪めな、だが、なかなかの美少年イケメンである。囚人にふさわしく、青と白の二色しかない横縞模様の囚人服だが、真夏の上に脱走したにも関わらず、汗で濡れた箇所はどこにもなかった。


「――当然だろ。空間転移テレポートさえ使えれば、脱獄なんて簡単にできるぜ。オレにとって歩くようなもんだからな」


 もう一人の囚人が、過信に満ちた涼しい表情で自負する。こちらは二十歳前後の青年だが、人相の悪さは、パンチパーマやチョビ髭も手伝って、安堵のため息をついた囚人よりも酷かった。


「――さすが生粋の空間転移能力者テレポーター。テレポート交通管制センターの支援サポートがなくても、自力でそれができるのは。ましてや、オレも連れての合計一キロに及ぶ連続空間転移テレポートなら、なおさらだぜ」


 美少年イケメンの男子が驚嘆と賞賛を惜しまない口調で感想を述べる。それを受けて、パンチパーマの青年は天狗さながらにますまず増長し、更に自画自賛の口上を垂れかけたその時――


「――見っけ。そこにいたのね」


 背後の森から投げかけられた声によってさえぎられる。


「――いたのね、二人とも」


 それも複数。

 どちらも同一人物にしか聴こえない、ほぼ同一の声質であった。


『――っ?!』


 その声に、二人の囚人は一瞬凍りつくが、一瞬しかそれが続かなかったのは、ほんの数分前まで収監されていた刑務所に、女性の刑務官は部外者も含めて一人もいないことを即座に思い出したからである。その声はどう聴いても女性的なので。

 ――である以上、考えられるのは、ひとつしかなかった。


「――お前らか。オレたちの脱獄に手を貸したのは?」


 身体ごと振り向いたパンチパーマの男が、森の奥から投げかけて来た声の主たちに、確認の問いで返したのは、至極当然の反応リアクションであった。

 返答はすぐに来なかったが、代わりに声の主らしき二人が、森の奥から出て来て、脱獄した二人の男の前に自分たちの姿を見せた。深夜の陽月明かりに照らされたその二人は、


『――双子っ?!』


 と、脱獄した二人の男が、これも一瞬、思わず叫んだ通りに見間違うほど、両者の容姿が瓜二つだったのだ。

 とはいっても、瓜二つなのは、美人と可愛いの中間を取ったような、十代後半の年齢らしき顔立ちと、黒と白を基調色にしたゴスロリ風の服装だけで、泣きホクロの位置と、耳の上に結ったツインテールの髪型が、それぞれ異なるという違いもある。右の泣きホクロにドリル型ツインテールの女子と、左の泣きホクロにロール型ツインテールの女子は、泣きホクロの位置通りに、横一列に並んで歩いて来る。

 困惑気味な二人の脱獄囚の前まで。


「――そうよ。よくわかったわね」

「よくわかったわね。そこのパンチパーマの男」


 そこで立ち止まったツインテールの双子が、初めてパンチパーマの男の問いに答えた。


「――空間転移テレポートする際、遠隔透視リモートビューイングで着地に最適な地点を探していた時に、チラッとな。けど、双子のオンナだったとは思わなかったぜ」

「――うんうん。いいねいいね。能力的に申し分ないわ」

「――申し分ないわ。そっちの美少年イケメンも、経歴的に見て」


 しきりにうなずくツインテールの双子に、パンチパーマの男は一歩ほど詰め寄る。


「――それじゃ、入れてくれるんだな。お前らの集団グループに、オレたちを」


 期待と願望を込めた表情と口調で問いながら。


「――うん、いいよ」


 ドリル型ツインテールの女子が笑顔でうなずく。それを聞いたパンチパーマの男も喜色を浮かびかけるが、


「――次のテストに合格すればね」


 ロール型ツインテールの女子がつけ加えたそれも聞いた途端、すぐさま打ち消される。


「……は、話がちがうぞっ!?」


 パンチパーマの男は抗議の声を上げる。


「――一人を連れて刑務所ブタばこからの脱獄に成功すれば、お前らの集団グループに入れてやるって書いてあったじゃねェかっ!? 超能力や超脳力を封じる薬物成分の除去が可能な中和剤の入った紙袋にっ! どうやってオレの服の中に忍ばせたのかわからねェけど、まさかウソじゃねェだろ?」

「――うん、ウソじゃないわよ」


 ドリル型ツインテールの女子が肯定すると、


「――でも、この美少年イケメンじゃないわよ」


 ロール型ツインテールの女子が人違いを指摘する。


「――アタシたちが一緒に連れて脱獄して欲しかったのは、リーダーが言っていたあの男子よ」

「――なのに、全然ちがうじゃない。どうしてなの?」


 ツインテールの双子に問い返されたパンチパーマの男は、困惑した表情で言葉に詰まる。


「……うっ……そっ、それは、その……あの新人が、生意気にも拒否したんだよ。脱獄を。だから、代わりにこいつを……」

「――でもあの男子じゃないことに変わりはないわ」

「――だから、このテストは不合格――という訳。わかった?」

「……そ、そんなァ。……それじゃ……」


 落ち込むパンチパーマの男に、ドリル型ツインテールの女子は逆接の接続詞で語を継ぐ。


「……けど、一人を連れての脱獄に成功したことにも変わりがないから、もう一度テストして、それに合格すれば、今度こそ入れてあげるわ」

「――アタシたちの集団グループ、『ナンバーズ』にね」


 ロール型ツインテールの女子に言われて、パンチパーマの男は顔を上げる。


「――なんだ? そのテストって」


 そして問いただす。


「……うーん、そうねェ……」


 問い質されたロール型ツインテールの女子はアゴをつまむ。


「……なんにしよう……」


 ドリル型ツインテールの女子も首をひねる。


(……考えてなかったのかよ……)


 ツインテールの双子と遭遇してから一言も口を挟まずに傍観していた美少年イケメンの男子が、内心で嫌悪気味にツッコむ。


「……なんか考えるのがメンドくさくなって来たわねェ……」

「……来たわねェ。困ったわァ。どうしよう……」


 ツインテールの双子は困惑した表情で見合わせると、そのまま深く考え込む。


(……困ってるのはこっちもなんだよ……)


 今度は嫌悪を露にふたたび心の中でツッコむ美少年イケメンの男子だが、それに気づく様子のないツインテールの双子は、色々な仕草や動作を繰り返しながら更に思案にふける。しかも、時間差タイムラグなしの同じ動作と仕草なので、これでツインテールの髪型までも同じだったら、鏡合わせな錯覚に囚われること間違いなかった。


『……………………』


 そんな双子の様子を無言で眺めていた二人の男は、まさにそれに近い感覚だった。


「……そうね……」


 ロール型ツインテールの女子が、長かった沈黙を破って、二人の男に対して口を開く。


「――それじゃ、どこか適当な場所で適当な犯罪を適当な時間までに起こして来て。合否はそれ次第で決めるから」

「――決めるから。いい?」

「……あ、ああ……」


 うなずいたパンチパーマの男は困惑した表情をさらに困惑させるが、


「――じゃ、そういうことで。がんばってねェ」

「がんばってねェ、二人とも」


 そんな相手の様子など気にも留めずに、その場で同時に踵を返したツインテールの双子は、戻るように森の奥へと去って行った。

 他人事にしか聴こえない口調の言葉を残して。


『……………………』


 二人の男は背を向けて去って行ったツインテールの双子を、これも無言で見送り、しばらくの間、茫然と立ち尽くすが、


「――ま、いっか」


 パンチパーマの男が、気を取りなおしたかのように、ツインテールの双子によって散らかされた心の整理を何とかつける。


「――よしっ! ンじゃ、さっそく取り掛かるぜっ!」

「……おっ、オイッ! ちょっと待てよっ!」


 美少年イケメンの男子が戸惑とまどいと躊躇ためらいを隠す意思のない声で、その場から歩き始めたパンチパーマの男を制止する。


「――なにバカ正直に受けようとしてんだよ。あのワケの分からない双子が出したいい加減なテストを。そこまでしてあんな双子がいる集団グループに入りてェのか?」

「……お前、知らねェのか? アイツらを。あんなデカい事件ヤマを起こしたクセに、ウワサにすら聞いたことねェんだ。あの刑務所ブタばこでも」


 パンチパーマの男は驚きと意外を隠せない声で問い返すが、相手は無言で横に首を振ったので、仕方ないと言いたげなため息を吐いた後、おもむろに説明を開始する。


「――いいか。あの双子のオンナどもは間違いなく『ナンバーズ』の構成員メンバーだ。『ナンバーズ』って言えば、裏社会の住人なら知らないヤツはいない超有名な犯罪集団グループなんだぜ。少数精鋭の上に一騎当千の実力者ぞろいで、これもウワサじゃ国をひとつ滅ぼしたほどなんだぞ。そんなヤツらが直々にオレたちに接触コンタクトして来て、加入テストを出されたら、受けるしかねェだろうが」

「……そんなに凄いヤツらなのか? オレには変なオンナどもにしか見えなかったけど……」

「……まァ、オレも肉眼でそのツラを拝めたのは初めてだから、お前と同じ感想を持たなかったと言えばウソになるが、いずれにしても、これはビックチャンスなんだ。『ナンバーズ』に加入できれば、これ以上はない後ろ盾バックを手に入れることができる。表社会より厳しい裏社会での人生も安泰当然。これをみすみす逃す手はねェぜ」

「……いまいちピンと来ねェな」


 首をひねる美少年イケメンの男子の肩を、パンチパーマの男は軽く叩く。


「――ま、しかたねェか。あんなデカい事件ヤマを起こしたとはいえ、オレとちがって裏社会の事情に疎い今のお前じゃあなァ。とにかく、この加入テスト、受けの一択だぜ。お前にはあの新人のような力はねェが、その代わり、ギアプでは得られない組織力と統率力と実行力がある。でなけりゃ、失敗したとはいえ、あの事件ヤマを成功寸前までこぎ着けられるワケがねェ。だからオレの誘いを断った新人の代わりに、お前を選んだんだよ。ここはオレと一緒に受けた方が良いって、絶対」

「……わかった。いいだろう」


 パンチパーマの男の熱心な誘いに、美少年イケメンの男子はついに折れた。


「――どうぜ刑務所を脱獄したオレには、裏社会で生きるしか道がねェんだ。だったら、利用できるものは何でも利用してやろうじゃねェか」


 その瞳に自棄的な覚悟の光が宿る。


「――おしっ! よく言った。後は加入テストに合格すればいいだけなんだが……」


 そこまで言って、パンチパーマの男は言いよどむ。


「……問題はどんな犯罪を起こせば加入テストに合格できるかなんだよなァ……」

「……その内容が適当すぎで、まるで思いつかない……」


 二人の囚人は早くも途方に暮れる。裏を返せば自由度が高いと言えるので、一聞すると聴こえはいいが、適当ゆえに合否の判断基準が不明瞭なので、その線引きに四苦八苦するのだ。


「……窃盗や傷害程度じゃみみっち過ぎてまず認められねェだろうし、かといってお前が超常特区で起こしたようなデカい事件ヤマは無理がありすぎる。その間を取った中くらいな犯罪なら……」

「――それなら、オレに心当たりがあるぜ」


 美少年イケメンの男子がその旨を述べる。


「――オレの地元で、この時期、毎年恒例の催しイベントが行われるんだけど、今年はそれに合わせての町おこしが同時に実施されるそうなんだ。なんでも、『列車』とかいう、レールの上を走る細長い乗り物の開通と停車駅の設置記念としてらしい」

「――ああ。それならオレも知ってるぜ。オレが刑務所ブタばこに放り込まれる前から、報道ニュースでたびたび取り上げられていたからな」

「……適当な犯罪を起こすには、それが手頃じゃねェか? 場所と時期的に考えて」


 美少年イケメンの男子が上げたそれは、悪魔のささやきに等しい提案であった。そして、それを聞いたパンチパーマの男は、邪悪な笑みを浮かべてしきりにうなずく。


「……なるほど。要はその催しイベントをぶち壊せばいいのか。確かに、手頃だな」

「――この程度の規模なら、オレたちだけでもできそうだし、もし成功すれば、『ナンバーズ』というヤツらも満足するんじゃねェか」

「――うん。そうだな。それに、刑務所ブタばこでくたばったオレのオヤジも、お前の地元でくだらない犯罪に手を染めて、パクられた地でもあるから、因縁があるといえばある」

「――そして、何よりも、あそこは――」

「――アイツの地元でもある。オレたちを刑務所ブタばこにブチ込んだ張本人のなァ~~」


 パンチパーマの男の声が、顔つきにふさわしく、憎悪に歪む。それは、美少年イケメンの男子も同様であった。

 まるで呼応するかのように。

 造形の異なる両者の顔に同じ表情が浮かび上がる。


「――いざという時は、くたばったオヤジの人脈ツテを使って人員あたまかずを集める。あれから七年。オヤジのようにくたばってなければ、もう出所しているはず。オヤジと同様、まだ諦めてねェだろうからな。もしかしたら、すでに地元に潜伏しているかも」

「――こっちも今回の催しイベントに不平や不満を持つ連中を、裏社会を中心に集って見せる。『ナンバーズ』の名を持ち出せば、手を貸してくれるだろう。ホントにそこまで凄い犯罪集団グループならば、の話だけど……」

「――その点は心配ない。あのデカい事件ヤマを引き起こしたお前の知名度ネームバリューだけでも十分おつりが来る。それにお前の組織力と統率力と実行力の三つを加えれば――」

「――わかった。それはオレに任せてくれ」


 美少年イケメンの男子が力強くうなずくと、パンチパーマの男も力強い笑みを浮かべる。

 そのあと、両者は破顔する。


「――いやー、やっぱ良かったぜ。お前のようなヤツと刑務所ブタばこで知り合えた上に意気投合できて。ホントはあの新人よりもお前の方が気が合いそうだから、定員オーバーできついけど、お前も連れて脱獄したかったんだ。だから、あの新人が脱獄を断ってくれて助かったよ。オレに限らず、空間転移テレポートは質量と距離に比例して負担がかかるからな」

「――それはオレもだよ。オレにはこれといった超能力や超脳力がないからな。お前のようなヤツがいるとこっちも助かる」


 お互い本音を告げると、両者はごく自然に握手を交わす。


「――そんじゃ、おっぱじめるとするか」

「――ああ。オレたちの明るい未来のために――」


 ――と聞けば、両者は涙ぐましい境遇の中で結ばれた、強固でうるわしい友情関係に、他者には聴こえるだろう。

 だが、その環境と土壌は、害虫や食虫植物がはびこる劣悪さで結ばれた、他者にとって有害で迷惑な友情関係だった。

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