第5話 死闘と憎悪の果てに

 二周目時代のおける超能力や超能力者の存在は、科学的には証明されたものの、超心理工学メタ・サイコロジニクスの技術で構成された機材の補助なしでは、行使は不可能に近いというのが現実であった。

 精神感応テレパシーで通話するには、エスパーダという小型端末機器と、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークという端末通信網の二つが不可欠である。

 空間転移テレポートでの移動や運送も、その二つに加えて、テレポート交通管制センターというインフラ施設の利用が必須である。

 それらに頼らない純粋な精神感応テレパシー空間転移テレポートの行使が可能な人間は、第二日本国では極めて少ないのだ。

 そこに住むだけで超能力や超脳力が発現すると言われている超常特区ですら、生粋の精神感応能力者テレパシスト空間転移能力者テレポーターは少数派なのだ。

 しかもその少数派さえ、実用水準レベルに達してない者がほとんどで、苦労してそれらを向上させるよりも、超心理工学メタ・サイコロジニクスの機具や施設に頼った方がはるかに手間や負担がかからず、その上利便性も高い。元々そのために確立された科学技術テクノロジーなのだから、多数派にならないのは、当然というべきであった。

 そして、念動力サイコキネシスはその際たるものなのである。

 むろん、念動力サイコキネシスの物理的な運動の力を、超心理工学メタ・サイコロジニクスの技術として利用、もしくは応用した物は存在する。

 ホバーボードやホバーバイク、ホバーカーなどの乗り物がその代表格である。

 それらに精神エネルギーを注入すると、接頭の名称通りに浮遊し、動力源として移動することができるのだ。

 これは、精神エネルギーを込めるだけで念動力サイコキネシスが発動し、浮遊する超心理工学メタ・サイコロジニクス系列の材質で構成されているからである。

 他にも、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局にある主力メイン補助サブ演算機の物理駆動や、飛行型光線射出端末フライヤービットの運用など、物理運動を要する類のものはすべて念動力サイコキネシスの力が使われている。

 だが、前述のとおり、これらはすべて、超心理工学メタ・サイコロジニクス系列の材質に限定された念動力サイコキネシスの力である。

 つまり、それ以外の材質でできた物は、念動力サイコキネシスは発揮・作用しないのだ。

 触媒としても、物理運動させる対象物としても。

 簡単に言えば、電磁石みたいなものである。一周目時代に存在していたとされる。

 だが、緑川健司ケンジや海音寺涼子リョウコに、その材質で作られた物を所持してなければ、両者の肉体もそれで構成されてなどいない。

 前者はサイズ的に大きくて目立つため、後者は両者に限らず医学的に証明されているため、それぞれ考えられないからである。

 ――である以上、見物人たちの前で起きている事象に対して、導き出せる回答はひとつしかない。

 緑川健司ケンジが、精神感応能力者テレパシスト空間転移能力者テレポーターと同様、生粋の超能力者――念動力能力者サイコキネストであることを。


「――くそっ! びくともしねェ! 動けっ! 動けってんだっ! オレの身体っ!」


 涼子リョウコは焦慮と危機感にまみれた表情で叫びを上げる。だが、いくら力を入れても、指一本動かすことすらできない。


「――ムダだよ、海音寺」


 そんな涼子リョウコを、健司ケンジ嗜虐的サディスティックな笑みを浮かべて告げる。

 まるで自分をイジメる華族の子弟や子女たちのような、それは表情であった。


「――一度オレの念動力サイコキネシスに捕まったら最後、逃れるのは不可能だ。オレが解く気にならないかぎり。なんせオレの念動力サイコキネシスは強大だからなァ」

(――そりゃそうだろうな――)


 それを背中で耳にした良樹ヨシキが、一同とともに見物人たちの避難をうながしながら内心で断定する。でなければ、四○kg《キロ》はある平崎院タエの身体を軽々と庭園に投げ込んだり、渾身の力を込めて振り下ろした涼子リョウコの唐竹をいとも簡単に止めたりすることができるわけがない。むろん、健司ケンジ以外にも生粋の念動力能力者サイコキネストは第二日本国に存在する。精神感応能力者テレパシスト空間転移能力者テレポーターの例に漏れず、それらと同数程度の少数派だが。そして、これも例に漏れず、実用水準レベルに達するほどの使い手は極めて稀である。スプーンを曲げる程度の力で、いったいなんの役に立つというのだろうか。それなら念動力サイコキネシスが使えない普通の人間でも、手を使えば簡単に可能な行為であり、労力を費やしてまで会得するよりはるかに手軽である。そのあたりの事情は、精神感応能力者テレパシスト空間転移能力者テレポーターと差異はない。

 だが、健司ケンジのような念動力能力者サイコキネストだと、話は異次元なまでに別である。人体の動きを封じたり投げ飛ばしたりすることができるほどの念動力サイコキネシスの力は、実用を通り越して危険な水準レベルに達しているからである。その度合いは、氣功術やバーサーカーのマインドウイルスの比ではない。


「――さァ、どうしてやろうかなァ」


 そうつぶやいた健司ケンジは、品定めするような視線で涼子リョウコの苦渋と焦慮にないまぜた顔を撫でまわす。涼子リョウコ光線剣レイ・ソードを振り下ろした姿勢のままだが、その端末孔から伸びていた青白色の刀身はすでに消失している。むろん、身動きはできない。

 まさに、まな板のこいの状態である。


「――オレとしては、その悔しそうな表情カオを拝めただけでも充分満足だぜ。どうだ。オレよりも弱者になった気分はァ? あの時オレに対してエラそうなことを威張っておきながら、そのザマなんだからなァ。そのオレに対して」

「~~~~~~~~っ!!」

「――そうそう。もっとだ。もっと悔しがれっ! トラウマになるほどになァ。思い知ったかっ! このオレの力をっ!」


 涼子リョウコの耳元で叫んだ健司ケンジの表情は情緒不安定なまでに愉悦と怨嗟に激変する。


「――はァ~ッ。最高の気分だ。生まれて初めてだぜ。これほどいい気分になったのは。まさに、力さまさまだぜ」

「~~てめェ、その力、どこで~~」


 涼子リョウコは絞り出すのような声で問いただす。


「――どこもなにも、最初から秘めていたのさ。このオレの中に」


 健司ケンジはさも当然と言いたげな口ぶりで答える。


「――この超常特区に住み続けたおかげで、オレついに覚醒したんだ。念動力サイコキネシスという力にな」

「~~デタラメを言うな。キサマのような卑劣で下衆な平民にそんな力があってたまるかァ~~」

「――だが現にテメェは身動きが取れないでいる。このオレの力でな。それ以外になにがあるっていうんだ」

「~~~~~~~~っ!」


 健司ケンジの問いに、涼子リョウコは答えられずに沈黙する。歯ぎしりをするだけで。。


「――ま、当然だろう。このオレにこんな凄い力があるのは。お前ら華族や士族どもに思い知らせるために、天から授けられた力なんだからな。それをあいつが念動力サイコキネシスのギアプで引き出したんだ。オレにその資質が備わっていることを見抜いて。最後まで信じてよかったぜ」


 健司ケンジは安堵に似た表情と口調で言う。


「――念動力サイコキネシスのギアプだと?」


 これも見物人たちの避難説得の最中に聞きとめた良樹ヨシキが、大きく首をひねる。生粋の念動力サイコキネシスは、それ以外の一般的な技能と異なり、ギアプ化されていない。理由は念動力サイコキネシスそのものにある。元々技能は人間の手足や五感の駆使を前提に編み出された人類の英知のひとつである。だが、念動力サイコキネシスは、精神感応テレパシー空間転移テレポートと同様、手足を使わずに行使する、言わば第三の手足、もしくはその延長に類するため、ギアプ化が困難なのだ。人体にもう一対の手足をくっつける、または伸長させる行為に等しいから。それは精神感応テレパシー空間転移テレポートにも似たことが言える。そして、生粋の念動力能力者サイコキネストの絶対数が極少数な現状では、念動力サイコキネシスをギアプ化するにあたって必要な経験、判断、動作に関する各種記録ログの記憶情報が絶対的に不足している。精神感応テレパシー空間転移テレポートなら、エスパーダやテレポート交通管制センターという、超心理工学メタ・サイコロジニクス系列のデバイスやシステムがあるので、ギアプ化する必要はないが、念動力サイコキネシスの場合、仮にギアプ化しても、超心理工学メタ・サイコロジニクス系列の材質で構成された製品にしか作用しない。なのに、緑川健司ケンジは、そのような事情があるにも関わらず、超心理工学メタ・サイコロジニクス系列の材質ではない物体に対して、念動力サイコキネシスの力を作用させているのだ。本人の言う念動力サイコキネシスのギアプで。それは、絶縁体に電気が流れるような、物理法則に反した行為と現象であった。いったいどうやって超心理工学メタ・サイコロジニクス系列の材質以外の物体に、ギアプ化された念動力サイコキネシスの力を作用させているのか。そして、どのような手段で生粋の念動力サイコキネシスのギアプの開発に必要な見聞、思考、行動アクションの各種記録ログを収集したのか。考えれば考えるほど、謎と興味が、良樹ヨシキには尽きなかった。


「――さて、能書きはこれくらいにして、そろそろ終わりにしようか」


 健司ケンジは表情と口調を一変させて、身動きできない涼子リョウコに宣告する。


「――あの平崎院とかいうヤツのような有様ザマにしてやるのは簡単だが、それじゃ芸がねェなァ。もっと屈辱的な目を味わせてやらねェとオレの気が収まらねェし、どうしたものか……」


 そのあと、アゴをつまんで考え込む。そして、ややあってから、


「――そうだ。アレをさせよう。アレならこれ以上ないくらいに屈辱的だ。プライドの高い傲慢チキな士族のオンナには」


 名案とともに会心の笑みが表情に浮かぶ。


「~~なにをさせるつもりだ……」


 涼子リョウコ健司ケンジを睨んで問いただすが、その強気な眼光と口調に弱気の翳りが差し込む。それを敏感に見て取った健司ケンジは、口元の片端を高く吊り上げると、おもむろにこう言い放った。


「――土下座しろ。オレの足元で」

「――っ?!」

「――そしてオレの靴をなめろ。それで許してやる」

「――なっ?!」


 見物人たちの避難説得と並行して聞いていたアイが、絶句のうめき声を漏らす。三日前を振り返れば、その気持ち、わからないでもないが、だからといって、いくらなんでも屈辱的すぎる。ましてや、見物人たちの前でならなおさらである。健司ケンジはそれを承知で要求しているのだ。


「――さァ、早く返事しろ。オレの気が変わらねェうちに。今のオレはとても気分がいいからなァ。どうせお前にはそれしか選択肢がねェんだ。この圧倒的な力の差の前では」

「……………………」

「――オイオイ、この期に及んでまだ悩んでるのよ。そんな余地なんかどこにもねェっていうのに、弱い上に頭も悪ィとは、もう救いようがね――」


 と、そこまで言ったところで、健司ケンジの右頬と右眼になにかがかかった。

 ねっとりと泡立った半透明の液体が。

 それは唾液ツバであった。

 涼子リョウコが文字通りの意味で吐き捨てたのだ。

 健司ケンジの顔に向けて。


「……………………」


 それに触れたことですべてを悟った健司ケンジは、口を閉ざしたまま涼子リョウコを見やる。


「……………………」


 何とも表現しがたい健司ケンジの表情を、涼子リョウコは無言でにらみ返す。

 恐怖とは無縁の表情と眼光であった。

 それを確認した健司ケンジは、一瞬、涼子リョウコに笑いかけて見せる。

 嵐の前の静けさに等しい、危険を極めた一瞬だった。

 そして、その一瞬が過ぎ去った直後、その嵐が起こった。

 人間の形をした人工の嵐が。


「――――――――――――――――っ!!」


 無風にも関わらず、屋敷の庭園に吹き荒れる。

 庭園にらゆるものを巻き込んで。

 地面に、塀に、壁に、樹木に、さまざまな物体に順序よく叩きつけられる。

 何度も何度も何度も何度もっ!


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 その都度、地面が揺れ、塀が陥没し、壁が壊れ、樹木がなぎ倒される。

 人工の嵐に乗っている一個の人体によって。

 平崎院タエの道場内で起きた事象が、時と場所を変えて再現された。

 タエに続いて、涼子リョウコが。


「……な、なに、これ? いったい、なにが起きてるの?」


 目の前の庭園で起きている事態に、明美アケミは茫然とした表情で立ち尽くしている。一応、健司ケンジの『能書き』は耳に入っていたのだが、見ると聞くとは大違いな典型的見本の状態に陥っていた。

 そんな明美アケミを他所に、人工の嵐は収まるどころか、ますます勢いを増していく。

 そしてそれは遂に見物人たちにも及んだ。


「キャアァッ!」


 叩きつけらた見物人の女子の一人が、悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。その光景を見て、他の見物人たちはようやく事態を把握する――と同時にバニックになる。だが、良樹ヨシキたちの的確な指示と誘導のおかげで、慌てながらも屋敷の外へ避難することができた。しかし、その過程で更に数人が巻き込まれ、更なる犠牲者を出す。


「――ええいっ、なんてことだっ!」


 屋敷の門で、良樹ヨシキは後悔の念に囚われた叫びを上げる。もっと強く見物人たちに避難を呼びかけていれば、犠牲者は出さずに済んだかもしれないのに。


「――なに立ち止まってるのよっ! ここも危ないわ。アンタも早く――」


 亜紀アキ良樹ヨシキの腕をつかんで一緒に屋敷外へ避難しようとする。しかし、良樹はその場から動こうとせず、


「――しかし、まだケガ人が庭園に――」


 と、亜紀アキに言い放つ。それに対して、亜紀アキは、


「――気持ちはわかるけど、かといってアタシたちが助けに行っても、ミイラ取りがミイラになるだけよ。ここはこらえて、良樹ヨシキ

「……くっ!」 


 諭された良樹ヨシキは歯ぎしりする。そこへ――


「――それならアタイたちに任せるニャ」


 有芽ユメが庭園に取り残された負傷者の救助を表明する。


「……あたし、も……」


 意識が不鮮明なリンを担いでいるユイもそれに続く。良樹ヨシキは数瞬の間、ためらうが、


「……わかった。頼むぞ」


 託すようにうなずく。武術トーナメントで好成績を残した二人なら、おそらく大丈夫だろうと判断して。


「――あれ? そういえば、小野寺くんとアイちゃんは?」


 ユイからリンを託された後、周囲を一通り見回した亜紀アキが、二人の姿がどこにもないことに、ようやく気づく。見物人たちの避難誘導で精一杯だったため、そこまで気が回らなかったのである。


「――まさか、まだ庭園に――」


 良樹ヨシキはその場所に視線を向ける。


 ――その頃、その庭園では、人間の形をした人工の嵐が、ようやく収まっていた。


「――チッ、ナメたマネしやがって」


 その張本人である健司ケンジは、右眼や右頬についた唾液ツバをぬぐいながら舌打ちする。

 そして、唾液ツバをつけた張本人は、健司ケンジの正面に立っている。

 ――否、立たされているのだ。

 健司ケンジ念動力サイコキネシスによって。

 全身は血と汚泥に覆われていて、見るに耐えられないズタボロな状態であった。

 庭園に横たわっている平崎院タエやその取り巻き三人組の女子よりも。

 叩きつけた本人も数えきれないくらいに様々な物体に涼子リョウコを叩きつけたのだ。

 幼児が乱暴に振り回すオモチャよろしく。

 死亡は確実であった。

 硬氣功を使っていなければ。


「――フン、まだ息があるのかよ。しぶといヤロウだなァ」


 健司ケンジは嫌悪感を込めて言い捨てる。健司ケンジ念動力サイコキネシスで振り回される前に、涼子リョウコは硬氣功で全身を硬化させていたのだ。その時は健司ケンジ念動力サイコキネシスで身動きできない状態にあったが、呼吸までできない状態ではなかったので、氣を練ることができたのである。

 だが、それでもダメージを減殺することはできなかった。

 錬氣功ほど得意ではないとはいえ、数えきれないくらいに様々な物体に叩きつけられたその衝撃と摩擦に、涼子リョウコのHP《ライフ》は限界寸前まで削り取られたのだった。

 それだけ健司ケンジ念動力サイコキネシスは強力だったのだ。

 もはや、涼子リョウコは虫の息である。

 生きているのが不思議なほどに。


「――だが、いい気味だぜ。周囲から強いヤツだと持ち上げられていたヤツが、ここまでみじめな姿にされて。しかも、その姿にしたヤツが、弱いだの卑怯だの卑劣だのと散々バカにしやがったオレの手によってときた。これほど愉快で痛快なことはねぇぜ。どうだ、思い知ったかっ! このオレの力をっ!」


 健司ケンジは勝ち誇った叫びを、うつむいたままの涼子リョウコに頭部に放つ。


「――しょせん、この世は弱肉強食。力こそすべて。それがこの世の摂理。弱いヤツは強いヤツになにをされてもしかたねェんだ。てめェだってその信奉者なんだろう」

「……………………」

「――オレもそうだ。いつか強者と弱者の立場が逆転することを願ってなァ。そしてそれはついに実現した。オレはうれしいぜ。念願の強者の側になれて。どうだ。弱者の側になってしまった感想は?」


 健司ケンジは表情を愉悦に歪めると、わざとらしい口調と動作で瀕死の涼子リョウコに聞き耳を立てて尋ねる。

 そのあとだった。

 健司ケンジの横顔が赤く染まったのは。


「……………………」


 健司ケンジは無言で自分の横顔に手をやる。

 そして、その横顔についた液体を、付着させた自分の指先を見て確認する。

 それは血であった。

 しかし、健司ケンジの血ではない。

 涼子リョウコの血である。

 その所有者が吹きつけたのだ。

 微量の唾液ツバとともに。

 一度ならず、二度までも。


「……………………」


 無言で健司ケンジを睨む涼子リョウコの眼光は、一度目の時と同じ憎しみの輝きをたもっていた。

 血とアザと傷だらけの顔を上げて。

 涼子リョウコの心はまだ折れてなかった。

 あそこまで徹底的に痛めつけられたにも関わらず。


「……てめェ……」


 睨み返した健司ケンジに、ふたたび嵐の前の静けさが到来する。

 今度こそ間違いなく死ぬ。

 涼子リョウコの心が折れるよりも先に。

 庭園に残っている者のだれもがそう思った。

 そして、人の形をした人工の嵐が、再度巻き起こる。

 ――直前、


「――もうやめてくださいっ! 緑川くんっ!」


 悲鳴よりも悲痛な叫びが、制止の矢となって健司ケンジの鼓膜に突き刺さった。

 健司ケンジはそれが飛来した方角に視線を動かすと、それを放った張本人の姿が、そこにあった。


「――てめェは――」


 その姿を認めた健司ケンジの表情が、煮えたぎった憎悪から軽い驚きにとって変わる。記憶にある容姿だったからである。


「――いくらなんでもひどすぎますっ! あなたにとって快くない女子ひとだからといって、これはあんまりですっ!」


 それは、糸目が特徴的な同年代の男子――小野寺勇吾ユウゴであった。


「――釈放されたと聞いていたが、まさかてめェも見物に来ていたとはなァ。――ってことは、鈴村愛と観静凛あのオンナどもと一緒というわけか。――ったく、ヘタレのくせに、ホント、士族って華族共々、いいご身分だぜ。このリア充が」


 表情を元に戻した健司ケンジは、相手の訴えに取り合わず、口元をゆがめて吐き捨てる。


「――この隙に負傷者を助けるニャ、ユイたん」

「……わかった、有芽ユメちゃん……」


 屋敷の門をくぐった二人の女子が、庭園のあちこちで横たわっている見物人たちに、それぞれ駆け寄る。本当ははぐれてしまった勇吾ユウゴアイを捜し出すために屋敷の敷地内に舞い戻ったのだが、二人とも無事な上に、その一人の勇吾ユウゴが、意図的ではないだろうが、嵐の元凶である健司ケンジの気を引いているので、庭園に取り残された負傷者の救助に切り替えたのだ。いつ再び起こるかわからないとはいえ、嵐が止んだ今しか、その好機チャンスはなかった。


「――アンタなにやってるのよっ! 早く逃げなさいっ! ここは危険よっ!」


 もう一人のアイは、庭園にとどまっている無傷の女子の手を引っ張ってうながす。


「――ちょっと邪魔しないでよっ! 今、いい映像ってるんだから」


 だが、その無傷の女子――下村明美アケミは、逃走をうながすアイを見向きもせず、引っ張られたその手を振りほどく。視線と視界は庭園の中央に固定させたまま。でないと、明美アケミが装着しているエスパーダの見聞記録ログに、その映像が残せないので。


「――あの海音寺涼子リョウコと平崎院タエの二人が、小野寺よりもひ弱そうな少年相手にあっさりと倒されるなんて、これ以上はないくらいの衝撃映像だわ。せっかくのスクープを、だれが逃したりするもんですか。ジャーナリストとしての使命に燃えているアタシの邪魔をしないでっ!」

「なに言ってるのよっ! そんなことしてる場合じゃないでしょうがっ! あの水準レベル念動力サイコキネシスを目の当たりにしてまだわからないのっ!?」


 アイはなおも説得するが、明美アケミは聞こうともしない。ジャーナリストなら、念動力サイコキネシスに関連した数々の事件を知っているはずである。陸上防衛高等学校の生徒や超心理工学メタ・サイコロジニクスの科学者よりも。そして、その恐ろしさも。なのに、それをいま、まさに実見しているのに、それを正しく認識してないようなのだ。以前から、薄々ではあるが、危機感が欠如しているとしか、アイは思えなかった。

 そのスクープ映像を録っている明美アケミの視線の先では、勇吾ユウゴ健司ケンジの説得を続けている。

 アイと同様、必死かつ懸命に。


「……お願いですから、やめてください。こんなことをしても、なにも変わりはしません……」

「――いや、変わるさ。変えてみせる――というより、もうすでに変わったんだ。強者と弱者の立場が逆転したことでなァ。なのに、これを変わったと言えねェっていうのか? てめェは」

「……はい。根本的な意味で……」


 勇吾ユウゴはためらいながらもはっきりと答える。


「――だって、ここまでされた海音寺さんが、あなたに復讐しないとはとても思えないからです。きっといま以上の力をつけて報復しかえしして来します。もしそうなったらどうするのですか」

「――返り討ちにするまでさ。当然だろ、そんなの」

「……返り討ちにできなかったら?」

「――その時はいま以上の力をあいつに要求して報復しかえしすればいい。今回のようにな」


 健司ケンジは平然とした表情と口調で答えてのける。


「……そんなの、際限のないイタチごっこではありませんか……」


 それを見聞きした勇吾ユウゴの表情に悲しみの水量が増す。


「……憎い相手よりも強い力を追い求め続けたその先に、いったいなにが待っているというのですか。ボクには明るい未来が待っているとは、到底思えません。憎しみは憎しみしか呼ばないというのに。今のあなたは、あなたをイジメるいじめっ子たちと同類にしか、ボクには見えません。それでいいのですか」

「――じゃあ、なにか。それじゃ、てめェは、このままやられっぱなしでいろとでも言うのか。今まで通り」


 健司ケンジは語気を荒げて反論する。そして、勇吾ユウゴが「そうじゃありません」と首を振って再反論するよりも先に畳みかける。


「――オレはイヤだね。絶対に。てめェはよくてもよォ。てめェはイジメられっ子根性がついているから、そんなの屁でもねェだろうからなァ。士族のくせに情けねェぜ」

「……そんなこと、ありません。やはり、イジメられるのはつらいです」

「――だろ。お前が武術トーナメントに参加したのも、お前をイジメるイジメっ子どもを見返してやるためだったんだろう。そいつらを凌ぐ力を見せつけることで。もっとも、優勝しても、それがマグレじゃ、無意味どころか、逆効果でしかねェだろうがなァ」

「……………………」


 勇吾ユウゴは口を閉ざす。本人は別に健司ケンジが言うようなことのために武術トーナメントに参加して優勝を果たしたわけではないのだが、その旨と真意を伝えたところで信じてくれるとは思えないし、第一いま繰り広げている討論とは関係のない話なので、実行には移さなかった。しかし、勇吾ユウゴの沈黙を肯定と受け取った健司ケンジは、思い出したかのように、


「――そうだ。なら、お前にも分けてやろう。その力を――」


 と、唐突に持ちかける。恐らく、勇吾ユウゴと討論しているうちに、優越感と親近感を抱き始めたのだろう。それにともなって、寛容な気分に変化したようだ。


「――あいつなら、このオレのように、お前に合った力を見繕って強くしてくれるだろう。武術トーナメントで優勝したような、マグレに頼った頼りない力ではない方の力を――」

「……………………」

「――だから来い。オレたちのところへ。そして、思い知らせてやろうぜ。オレたちの強さを、オレたちをイジメるヤツらに。身分は違えど、その思いは同じなんだからさァ」


 健司ケンジは笑顔を作って勇吾ユウゴに手招きをする。ついさっきまでの健司ケンジなら絶対に誘ったりなんかしなかったであろう。しょせん、健司ケンジの寛容さは、自己の強大な力を背景バックにした、上から目線の寛容さであった。


「……………………」

「――別にためらう理由はねェだろう。お前が欲しがっている力が、すぐ目の前にぶら下がってるんだぜ。こんな機会チャンス、二度と来ねェぞ。ほら、早くこ――」

「――します……」

「――あァ!? いまなんつった?」

「……お断りします……」

「…………なんだって…………?」

「――お断りしますと言ったんですっ!」


 勇吾ユウゴは大声で答えた。毅然とした表情で、きっぱりと。


「――あなたみたいに、相手を痛めつけるためだけの力なんて、ボクは要りません。そんなの、強さなんかじゃありませんっ! ただの暴力ですっ!」


 そして、万感の思いを込めて叫ぶ。


「――それに、ボクが欲しいのは力でも強さでもありませんっ! 勇気ですっ! 力や強さなどに裏打ちされない、純然たる勇気がっ!」


 渇望の叫びを上げる勇吾ユウゴの右手が振りほどくようになぎ払われる。


「――そしてそれは、ギアプのように、他者から与えられるものではありません。自分のうちから絞り出すものです。ボクはそれでいまの自分の境遇を変えます。いえ、変えて見せます。変えられると信じて……」


 そう言った後、なぎ払った右手を自分の胸に置いたその姿は、まるで祈るかのようであった。

「……ユウちゃん……」


 明美アケミの避難促進を諦めかけていたアイが、その姿と言葉を見聞きして、静かにつぶやく。脳裏と胸中に去来した様々な想いを乗せて。


「……そうか。要らねェっていうのか……」


 健司ケンジが低い声で言ったのはしばらく経ってからであった。すでに健司ケンジの表情からは笑顔が消え失せ、憎悪に等しい険しさが顔面を支配していた。


「――じゃ、勝手にしろォッ!!」


 そして、勇吾ユウゴを上回る怒号を放つと、念動力サイコキネシスで無理やり立たせていたズタボロの涼子リョウコ勇吾ユウゴに投げつけた。

 むろん、念動力サイコキネシスの力で。

 勇吾ユウゴはそれに反応したものの、避けることはせずに抱きとめようとするが、その重量と速度スピードの前に失敗し、ともに吹っ飛ばされる。勇吾ユウゴ涼子リョウコはもつれ合うように庭園の地面を二転三転し、塀の手間で止まる。そのさいに舞い上がった砂塵が、横たわる両者の姿を覆い隠す。


「――ユウちゃんっ!」


 アイが悲鳴を上げて幼馴染が倒れている砂塵の中へ駆け込む。明美アケミを完全に放置して。


「――ふんっ! バカなヤロウだぜ。もう二度と来ない機会チャンスを棒に振るなんて。やはりテメェはオレと違うな」


 それを見届けた健司ケンジは、腹立ちまぎれに言い捨てる。


「――なにが勇気だ。くだらねェ。そんなもん、力の前になんの役に立つってんだよ。せっかくのオレの好意を断りやがって。もう知るか。てめェなんか」


 そして、身捨てるように視線を外す。


「――さて、これからどうしようか」


 健司ケンジはその場に独り立ち止まったまま考え込む。涼子リョウコはもはやどうでもよくなっていた。涼子リョウコに二度目の唾液ツバを吐きつけられた時は続行する気でいたが、横槍を入れて来た勇吾ユウゴとやり取りしているうちに、その気が失せてしまった。だが、復讐を続行する気までは失せておらず、


「――そうだ。今までこのオレを散々イジメやがった華族の子弟や子女どもが残っていたぜ」


 その対象をあらたに見出す。


「――あと、オレと同じ身分と境遇でありながら逆恨みしやがったイジメられっ子の連中にも思い知らせねェとな。それと、あいつやアイツ――あ、あいつにも――」


 それも、際限なく。

 そこへ――


「――おまいかっ! 平崎院の屋敷で暴れとる少年っちゅうのはっ!」


 非難がましい確認の詰問が飛んで来た。

 健司ケンジは気分を害したような目つきでその方角を睨みつけると、そこには、黒の戦闘服と様々な光学兵器で武装された二個小隊ほどの集団が、横一列に並んで光線長銃レイ・ライフルを構えていた。

「――もうやめろっ! 警察が来おおったからには、これ以上の狼藉は許さへんでっ!」

 その中央に立っている集団のリーダーらしき男子が、相手に抵抗の断念を強制する脅しを発する。

 それを関西弁で実行する超常特区の警察官と言えば、龍堂寺イサオ以外には考えられなかった。

 イサオの左右に並ぶ武装集団も、超常特区の警察署に所属する精鋭部隊――強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズである。


(――しかし、なんて惨状なんや――)


 半壊した平崎院タエの庭園を一通り見回したイサオは、強気に発したそれとは裏腹な感想を内心でつぶやく。事情は現場近くにいた蓬莱院良樹ヨシキや窪津院亜紀アキから手短に聞いていたが、これほどになっていたとは、予想の範疇を越えていた。


「――おそいニャ、龍堂寺。今までなにをしてたニャ――」


 負傷者を背負っている有芽ユメが、イサオの背後から非難の声を浴びせる。避難の足をいったん止めて。


「――そないなことうたって、しゃーないやろ。不測の事態が多発してもうたんやから」


 イサオ健司ケンジから視線を外さずに弁解する。真犯人が現場に現れ、馬脚を表したら、テレポート交通管制センターの空間転移テレポートで即座に駆けつける段取りを、現場の仲間たちとあらかじめつけていたのだが、それがついに到来した瞬間、現場との音信が不通となり、現場の状況が不明になってしまったのだ。これでは現場へ直接空間転移テレポートするのは不可能であった。なので、イサオは現場付近に集団の空間転移テレポートアウトが最適な場所に空間転移テレポートしてからその足で現場へ急行するしかなかった。そして、その選定に多少の時間を要した結果、このタイミングでの登場と相なったのだった。


「……気を、つけ、て。あの、男子……」

「――わかっとる、浜崎寺。念動力能力者サイコキネストなんやろ、あいつ」


 有芽ユメと同じ行動を取っているユイに、イサオはこれも振り向かずに答える。


「……それも、相当強力な……」


 そうつけ加えたイサオの額から冷たい汗がにじみ出る。現場の有様を一望すれば、容易に想像がつく。だが、かといって逃げ出すわけにはいかなかった。現場に取り残されている一般人や負傷者を見捨てて。


「――ちっ。面倒なヤツらが来やがったぜ」


 その間、平崎院タエの庭園に駆けつけてきた武装集団が、警察の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズであることを、健司ケンジは認識すると、吐き捨てるかのように舌打ちする。


「――まァ、いい。オレの力で蹴散らしてやる。オレがイジメられている時にかぎって助けに来ねェ役立たずな連中なんざ、それこそ要らねェぜっ!」


 そして、そのように思い直すと、心の底からこみ上げて来た怒りを声に出して噴出させる。


「――抵抗する気なら容赦なく発砲するでェッ! 大人しゅうせいっ!」


 イサオは警告するが、ともすれば恐怖で上ずりそうな声調であった。


「――うるせェッ! このオレに命令するなァッ!!」


 健司ケンジが拒絶の意思を怒声として示すと、自身の念動力サイコキネシスの力を開放する。

 その直後であった。

 庭園の地面が上下左右にゆれ出したのは。

 光線長銃レイ・ライフルを構えていた強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズは、なす術もなく人工の地震に翻弄され、標的に定めていた狙点を外してしまう。そして、それを修正しようとして、それどころでないことに気づく。

 目の前の光景を見て。

 それは、信じられない光景であった。

 庭園を彩っているありとあらゆる物体オブジェクトの破片と瓦礫が、健司ケンジを中心に浮遊し始めたのだ。

 大小問わず、無数に。


「――アカンっ! これはヤバいっ!」


 イサオも眼前の光景に戦慄を覚える。これが目の前にいる緑川健司ケンジの仕業であることは、疑いの余地がなかった。

 垂直に浮遊した無数の破片や瓦礫は、いったん宙に止まる。

 嵐の前の静けささながらに。


「――全員、回避ィッ!! 物陰に隠れるんヤァッ!!」


 イサオ強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズに下した命令は、ほとんど悲鳴に等しかった。

 その命令を強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの隊員たちが実行に移したのは、ほぼ同時であった。

 物体オブジェクトの豪雨が水平に降り注いだのも。


「――キャアァッ!!」


 平崎院タエの屋敷の外へ避難していた亜紀アキが、思わず悲鳴を上げる。

 凄まじい轟音と爆風にあおられて。


「……なんて力だ……」


 平崎院タエの屋敷から舞い上がった大量の粉塵や破片と瓦礫を見上げて、良樹ヨシキは愕然となる。これはもはや、治安活動で収められる段階レベルではない。軍事行動の段階レベルである。早急に本国に事態を報告しないと、取り返しがつかなくなる。超常特区には、正規の軍隊が駐屯する軍事基地すら設置されてないのだから。

「……ユウちゃん、アイちゃん、みんな……」


 ようやく意識が回復したリンも、しばらくの間、茫然と立ち尽くすが、


「……助けないと……」


 我に返ると、おぼつかない足取りで走り出す。


「――ダメよ、リンちゃんっ!」


 それを、亜紀アキが慌てて引きとめる。背後からリンの肩を掴んで。


「――あなたも有芽ユメちゃんやユイちゃんの二の舞になるだけだわっ! ましてや、そんな頼りない状態でなにができるっていうのっ!」

「……でも……」


 リンが言いよどんでいると、平崎院タエの屋敷から、一人の少女が、爆風に乗ってこちらに転がり込んで来た。

 全身粉塵まみれの上に息絶え絶えの状態で、命からがらとはまさにこの事を指していた。

 だが、その少女はアイでも有芽ユメでもユイでもなかった。

 ジャーナリストの下村明美アケミであった。


「――どうなってるのっ!? いったい――」


 リン明美アケミに詰め寄るが、詰め寄られた明美アケミは、リンが伸ばした手を振り払い、脇目も振らずに走り出す。


「――ちょっと待ちなさいよっ! 逃げるのなら、せめてアタシたちに屋敷内の状況を説明してからに――」


 だが、亜紀アキの口から放った制止と要求の言葉は、一目散に走り去って行く明美アケミの耳に届くことなく、そのまま姿を消した。

 ジャーナリストとしての使命を現場にかなぐり捨てて……。


『……………………』


 そんな明美アケミの後姿を、亜紀アキリンはただ黙然と見送るしかなかった。屋敷内に残っている人たちの中で、こちらの精神感応テレパシー通話に応じる者が誰一人いない以上、そこからの脱出に成功した明美アケミだけが唯一の頼りだったのだが……。

 そうしている間にも、平崎院タエの屋敷から、爆風と轟音が絶えることなく起き続けている。


「――ハハハハハハハハッ! どうしたどうしたっ! もっと抵抗してオレをたのしませろよっ! これじゃ、一方的すぎてつまんねェぞっ!」


 それらを引き起こしている張本人は、麻薬中毒者よろしく、ハイな状態で庭園の物体オブジェクトや、その破片や瓦礫を投げ続けている。

 念動力サイコキネシスの力で、手当たり次第、八方に。

 むろん、狙いも当てずっぽうで、当人すら相手を認識していない。

 無差別攻撃も当然であることも。

 完全に自分の力に酔っていた。

 健司ケンジにかぎらず、混沌カオスと化したこの状況を正確に把握している者は、皆無であったろう。

 庭園に舞い上がった砂塵がここまで高密度では。

 そして、手近に投げる物がなくなると、爆風と轟音はようやく収まった。

 それにともない、舞い上がった砂塵の密度は次第に薄くなる。

 庭園につかの間の静寂が宿る。

 反攻の気配はどこにも感じられなかった。


「――フッ。なんだ。もう終わりか。あっけねェなァ」


 健司ケンジは拍子抜けな表情と口調で、砂塵が収まりつつある庭園を見回しながら言い放つが、返って来たのはやはり静寂であった。


「――ま、それだけオレの力が強大だってことだな」


 それを確認すると、満面の笑みを浮かべて独語する。


「――クククク。そうだとも。無敵の力を手に入れたオレに、怖いものなんざねェんだ。なんせ弱肉強食の身分構成ヒエラルキーの頂点に立ったんだからなァ。強襲攻撃部隊こいつらを蹴散らしたことで、やっと実感が沸いて来たよ。くっくックっクッ。最高の気分だぜェ」


 健司ケンジの眼には、限界まで肥大化した自我の光が、昼間の陽月さながらの強さでギラついていた。


「――はぁーっはっはッハっハッ! ハァーッはっはッハっハッ!」


 そして、顔を上げて大声で笑い出す。

 静寂な空気が無慈悲なまでに引き裂かれる。


「……しっかりするニャ、ユイたん……」


 弱々しい声が聴こえて来たのは、そんな時であった。


「……ユイちゃん、しっかりして……」


 地面に伏している病弱で虚弱体質な友達を、アイ有芽ユメに続いて声をかける。二人とも全身粉塵まみれで、半ば横たわった状態でユイに寄り添っているが、それだけで済んだのは、ユイが二人をかばってくれたからであった。

 水平に飛来した破片と瓦礫の豪雨から、自身を盾にして。

 普通なら即死は必至であったが、直前に硬氣功を全身に張りめぐらせていたので、落命はしなかったものの、涼子リョウコと同様、瀕死の状態であった。

 硬氣功だけなら、涼子リョウコタエさえも凌ぐ硬度と防御力を誇るユイですら、あの豪雨の前では、決壊寸前まで追いやられたのだった。


「――なんだ。もしかして、お前らをかばったのか、こいつ――」


 そこへ、ユイを瀕死に追いやった張本人が、収まり始めた砂塵の中を歩いて来る。

 罪悪感の欠片もない表情でアイ有芽ユメを見下ろして。


「――だとしたら、バカなヤロウだぜ。そんな力があるくらいなら、こんな弱いヤツらなんかほっといて、一人で逃げた方が賢明だろうに」

「――ニャんだとォ~ッ?!」


 有芽ユメが怒りの声を上げる。全身の毛を逆なでて威嚇する猫のように。


「――その病弱なツラ、見覚えがあるぞ。あの武術トーナメントで準優勝した士族の子女だな。だったらなおさらバカなヤツだぜ」

「――だまりなさいっ! アタシたちをかばってくれたアタシの友達をバカにしないでっ!」


 アイも怒気で荒げた声を健司ケンジに放つ。


「――アンタだってついこの間まではこんな目にあわされていたのよっ! その辛さは誰よりも身をもって知っているはずなのに、どうしてそんなことが言えるのっ!」

「――そんなことしてもなんの利益タシにもならねェからさ。弱者を助けるなんて」


 健司ケンジは事もなげに答える。


「――しょせん、この世は弱肉強食。力こそがすべて。弱者なんざ強者の糧にしかならねェんだよ。オレはそれを教えれられたんだ。オレをイジメる華族の子弟や子女どもから、イヤというほどになァ」

「――それは違うわ。だってユウちゃんは――」

「うるせェッ! ごちゃゴチャと言いやがって。弱者が強者に意見するんじゃねェッ!!」


 健司ケンジの声が怒りと苛立ちの雷鳴となってとどろく。


「――てめェら弱者はだまって強者のされるがままにすりゃいいんだよォッ! いい加減にしねェと、てめェも海音寺や平崎院のような目に遭わせるぞォッ!」


 その脅迫に、アイは恐怖と怯みの色を見せる。毅然とした表情をたもつには、あまりにも酷な脅迫内容であった。アイをかばいかけた有芽ユメも、それ以上の行動や言動も取れず、沈黙する。


「――そうだ。その表情カオだ。それでいいんだよ。てめェら弱者は、強者の気分次第なんだからなァ。それを――」

「忘れるなとでも言いたいのか?」


 健司ケンジのセリフを先取りしたその声は、双方の横合いから聴こえて来たものだった。


「――だれだっ!?」


 驚いた健司ケンジは、誰何の声を上げながら、その方角に視線を向ける。

 庭園を覆いつくしていた砂塵は、この時になってようやく収まり、視界が鮮明クリアになった。

 しかし、その庭園は原型の面影すらない瓦礫の更地と化してしまっていた。

 壁や塀はほとんど残っておらず、屋敷も半壊し、樹木にいたっては根こそぎ持っていかれ、どこにも見当たらなかった。

 強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズを始めとする負傷者たちも、瓦礫の中に半ば埋まりかけた状態で庭園のあちこちに横たわっている。

 立っている者は、アイ有芽ユメも含め、皆無であった。

 緑川健司ケンジ以外――

 ――に、もう一人……。

 それが、健司ケンジのセリフを先取りした人物であった。


「――テメェは――」


 健司ケンジの表情と声が加速度的にけわしくなる。

 毅然とたたずむその人物と正対して。


「――そういえば、まだ見かけてなかったなァ」


 眼光もそれに相応しいぎらつきを放つ。


「――やっと姿を現したか。てっきりあるじを見捨ててとんずらしちまったんかと思ってたぜ。小野寺家の忠実な下僕さんよォ」


 陸上防衛高等学校の学生服ブレザーにオールバックの髪型をしたツリ目の少年に対して。


「……アニャタは……」


 有芽ユメがその人物の容姿を認めると、驚きと茫然をないまぜた表情で見つめる。

 先日、陸上競技場で初めて顔を合わせた、噂に名高い少年との再会を、思わぬ場所で果たしたことで。


「――――――――っ!!」


 有芽ユメと同様の対象を視認したアイは、その瞬間、表情を喜色に輝かせる。


「――ヤマトタケルッ!」


 と、叫んで。




「――すいぶんとやりたい放題やってくれたなァ」


 タケルは静かな怒りを湛えた表情と口調で健司ケンジに言い放つ。


「――この代償ツケ、高くつくぜェ」


 だが、健司ケンジはタケルの宣告を鼻先で笑う。


「――はっ! だからなんだよっ! そんなもん、踏み倒してやるっ! このオレの力でなっ!」


 胸を張って豪語する健司ケンジを、勇吾ユウゴことタケルは、処置なしと言いたげに首を横に振るが、健司ケンジは構わず続ける。


「――そうさ、力さえあれば、なにをやったって許されるんだ。しょせん、この世は――」

「弱肉強食。力こそすべて、か」


 タケルはまたもや相手のセリフを先取りする。


「――ああ、その通りさ。弱者は強者に何をされても文句は言えねェんだ。そういう仕組みになってるんだからな、この世の中は」


 健司ケンジはなんの疑いもなく肯定する。その表情はむしろ誇らしげであった。それを見て、タケルはげんなりとした表情で小さなため息をつくと、おもむろに口を開く。


「……オレさァ、お前みたいな主義や主張を高々と掲げて振り回すヤツを、イヤっていうほど知ってるんだよ。まァ、その大半は小さい頃から親父やお袋に聞かされて知った第二次幕末の頃の昔話なんだけどさァ。そしてな、オレはその都度疑問に思うんだよ」


 ここでいったん言葉を切ると、しばらくの間を置いてから、ふたたび口を開く。


「――どうしてそんなに退化したがるのかなって?」

「――退化だとォ?!」


 聞き捨てならないタケルのセリフに、健司ケンジの片眉が跳ね上がる。タケルは澄ました顔で続きを述べる。


「――だってそうだろう。それってただの自然の摂理じゃねェか。オレたちは人間だぜ。自然に生きる野生の動物じゃねェんだぞ。せっかく弱肉強食という無慈悲な自然の摂理からの脱却に成功し、一生物いちせいぶつとして決定的な進化を遂げたっていうのに、なんでわざわざ逆戻りせにゃならねェんだよ。これを退化と呼ばずしてなんて呼べってんだ」


 思いも寄らぬタケルの見解と論法に、健司ケンジはとっさに反論できず、言葉に詰まる。


「……じゃ、なんだよ? テメェが言う、決定的な進化っていうのは」


 押し殺した声で問いただしたのは、だいぶってからであった。


「――そりゃ決まってんだろ」


 タケルは当然のごとく答えた。


「――強者の自制と弱者の救済さ」


 それは、弱肉強食とは真逆というべき内容であった。


「――お前の言う世の中とやらをよく見てみろよ。人間以外でこれらを実践している生物って他に存在するか? 少なくてもオレは知らねェなァ」


 そして、身振り手振りを交えて持論を展開する。


「――これらの行為は人間ヒト人間ヒトであることを示す唯一無二の尊い証だ。そして同時に誇りでもある。それらをかなぐり捨てた人間なんざ、人間じゃねェ。人間の形をしたただの野生動物――と言ったら、野生動物に失礼だな。野生動物あいつらはただ生きるために弱肉強食という自然の摂理にやむなくしたがってるんだ。文字通りの意味で。野生動物あいつらとしては、余興や復讐などのために己の力を使う輩と一緒になんかされたくねェだろうし」


 それは、辛辣極まりない評論と感想であった。


「~~オレは野生動物以下だと言いてェのかァ~~」


 健司ケンジの声と顔に憎悪と怒気がはらむ。


「――別にお前だけに限ったことじゃねェさ。お前をイジメていたあの華族の子弟や子女も同類だよ。勇吾ユウゴだってそのように言ってただろ」


 タケルの正体を知っているリンが聞けば、苦笑すること間違いなしのセリフを、当人は言ってのける。


「――だから、オレはお前を止める。これ以上、弱者たちを傷つけさせないためにも。そして、強者が振るう暴力は、たとえ誰だろうと、誰に対しても決して許さない。これこそ強者の使命ってヤツだ。エラそうに言わせてもらうとすればな」

「――おもしれェッ! やれるもんならやって見ろォッ!!」


 健司ケンジは好戦的で嗜虐的サディスティックな笑みを浮かべて咆える。

 両者の間に殺気立った空気が張りつめる。

 ――までもなく、タケルは半壊した屋敷の壁に叩きつけられた。

 緑川健司ケンジ念動力サイコキネシスで、勢いよく。

 咆えると同時に解き放ったのだ。


「――タケルっ!!」


 健司ケンジの足元に伏しているアイが悲鳴を上げる。


「――ハァーッはっはッハっハッ! 口ほどにもねェぜっ! 散々エラそうなことほざきやがって。なにが強者の自制だっ! なにが弱者の救済だっ! そんなもん、それこそ一生物いちせいぶつとして退化した証だぜっ!」


 それに対して、健司ケンジは高笑いを上げる。

 屋敷の壁に深くめり込んだタケルの身体や手足は、奇怪な角度で折れ曲がっている。

 骨折は必至であった。

 人体なら。


「――なっ?!」


 そして、その後に起きた光景を見て、健司ケンジは驚きに喉をつまらせる。

 タケルの人体が青白色に発光し、溶け込むように消滅したのだ。

 壁にそんな形でついた人体の痕を残して。


「――精神体分身の術アストラル・アバターっ!」


 一部始終を見ていたアイが、思わず叫ぶ。そう、健司ケンジ念動力サイコキネシスで吹き飛ばしたのは、ヤマトタケルがその能力で作り出した当人そっくりの精神アストラル体だったのだ。


「――じゃ、本体はどこニャッ!」


 有芽ユメが慌ただしく周囲を見回す。それはアイも同様であった。

 健司ケンジもまた足元に倒れている女子たちのように首を巡らせ――ずにそこから素早く離れる。

 長大な青白色の剣閃がそこの空気をなぎ払ったのは、その直後であった。

 間一髪――否、間半髪と言ってよかった。

 それだけきわどかったのだ。

 タケルの早斬りを回避するのが。


「……くっ、躱されたか……」


 タケルは悔しさに舌打ちしかけながらも、健司ケンジがいた場所――アイたち三人の女子のところへ駆け寄る。本来ならタケルの姿を模した精神アストラル体との討論に、健司ケンジが熱中しているうちにそれで倒したかったのだが、すぐには実行できなかった。さきほど、タケルこと勇吾ユウゴが、健司ケンジ念動力サイコキネシスで投げつけられた涼子リョウコを受け止め、吹っ飛ばされた衝撃のダメージが、まだ残っていたので。勇吾ユウゴのつたない復氣功では、迅速な回復は望めず、そうこうしているうちに、健司ケンジアイたちに接触し、危険な兆候を見せ始めたため、気をそらす目的で精神アストラル体に扮したタケルの分身を、砂塵が収まりつつある健司ケンジの前で具現化させたのだった。この時点ではまだ本体は全快には届いておらず、討論をふっかけたのも、回復までの時間を稼ぐためであった。そして、ようやく全快し、気配を殺して健司ケンジの背後から早斬りを放ったのだが、前述の通り失敗に終わってしまったのである。


「――大丈夫かっ!?」


 アイたちにたどり着いたタケルは、安否の声をかける。


「……アタイとアイたんは大丈夫だけど、ユイたんが……」


 有芽ユメが今にも泣きそうな顔で自分たちの状態と状況を説明する。


「……負傷者が多すぎて、全員助け切れねェ……」


 瓦礫の更地と化した庭園を見回して、タケルは苦々しい表情と声でつぶやくが、いつまでもそんなことをしているわけにはいかなかった。こんな状態にした張本人を、タケルは見やる。

 ――正確には『見上げる』、だが。


「――ふぅ、あぶねェアブネぇ……」


 健司ケンジは冷や汗まじりに安堵の息をつく。

 タケルたちを見下ろしながら。


「――宙に浮いてるっ?!」


 アイが驚愕の声を上げる。

 足場のない空間にたたずむ健司ケンジを目撃して。


「――別に驚くことでも不思議でもニャいニャ。念動力サイコキネシスが使えるのニャら」


 同じく見上げている有芽ユメが、落ち着いた声で告げる。人体はもとより、百キロは届くほどの物体を、なんの苦もなく同時に投げつけるほどの力が、健司ケンジ念動力サイコキネシスにはあるのだ。空中に自身の身体を持ち上げることくらい、健司ケンジにとっては造作もない行為である。


「――危うくやられるところだったぜ」


 上空に回避した健司ケンジは、別に勇吾ユウゴことタケルの早斬りに反応して取ったとっさの行動ではなかった。地上で少しでも危険な気配を感じたら、即、念動力サイコキネシスで自身を上方へ避難する判断を、念動力サイコキネシスのギアプを構成するそのひとつ、思考記録ログ入力プログラミングされてあるのだ。でなければ、反応が不可能に近い初見殺しの早斬りを躱せるわけがない。そして、その『少しでも危険な気配を感じたら』というところも、念動力サイコキネシスでの戦闘に関するありとあらゆる経験が蓄積された見聞記録ログによってもたらされたものである。行動アクション記録ログに至っては、言うまでもない。


「――精神エネルギーの消費がさらに激しくなるが、これも使っておくか。念のために」


 上空を浮遊している健司ケンジを、タケルは悔しげな表情で見上げながら、現在の状況に苦慮していた。ここまで距離を取られたら、光線剣レイ・ソードの早斬りも光線銃レイ・ガンの閃弾も届かない。一方、健司ケンジは、念動力サイコキネシスという、物体を投げつけたり、相手を掴んだり、自身を飛翔したりすることも可能な、まさに強大無比な力を有している。とはいえ、決して万能ではない。念動力サイコキネシスが物体に作用させるその射程距離レンジや、そのエネルギー源である精神エネルギーは有限のはずである。現に前者は、空中に高く浮遊しているゆえに、手頃な物体を付近から持ち上げて投げつけたり、相手を掴んだりすることができないでいる。そして後者は、強大なだけに、精神エネルギーの消耗が著しい。健司ケンジ念動力サイコキネシス射程距離レンジ外に留まり続けながらでの消耗戦なら、いずれ勝機は巡ってくるだろうが、それまでにどれだけの人的・物的被害が拡大するか、見当もつかない。しかも、健司ケンジ念動力サイコキネシス射程距離レンジ外に留まり続けること自体が至難である。二次元の地上を駆け回ることしかできないタケルと、三次元の空中を自在に飛び回れる健司ケンジでは、機動可能な範囲の次元が、文字通りの意味で違うのだ。ゆえに、健司ケンジの精神エネルギーが尽きるまで、その間合いを保ち続けられる自信が、タケルこと勇吾ユウゴにはなかった。


「……くっ、どうすれば……」


 有効な策が見出せず、歯ぎしりするタケル。

 ――の右側面から――


「――もろうたっ!」


 という声が上がった。

 それも、歓喜に満ちた。

 上空にいる健司ケンジを見上げていたアイ有芽ユメが、それが聴こえた方角に視線を向けると、


『――龍堂寺っ!?』


 の、姿を認めて思わずハモらせる。

 全身自身の血と砂塵で彩られていたが、その傷だらけの表情カオに会心の笑みが閃いた。

 両手で構えている光線長銃レイ・ライフルの銃口からも。

 青白い閃弾が健司ケンジに向かって飛来する。

 それを見て、タケルはイサオと同様、勝利を確信する。光線銃レイ・ガンよりも射程が長い光線長銃レイ・ライフルなら、空高く漂う健司ケンジに充分とどく。その上、健司ケンジの付近に、手頃な物体がないため、それで閃弾を防ぐこともできない。しかも、精神エネルギーに類する閃弾は、例え生粋の念動力能力者サイコキネストでも、念動力サイコキネシスの物理作用を受けつけないので、空中で止めたり逸らしたりすることもかなわない。特に最後のが決定的であった。

 ――のに、

 青白色の閃弾は健司ケンジの手前で弾けるように四散した……。


『――なっ?!』


 図らずも、驚愕の呻きを同時に漏らす四人の少年少女。そして、その謎にいち早く気づいたタケルが、


「……ビーム撹乱かくらん幕……」


 と、言い当てる。


「――さっさと張っておいて正解だったぜ。空中に飛んだら、格好の的になっちまうからな。特に射撃の」


 健司ケンジは額ににじみ出た冷や汗をぬぐいながらつぶやく。まさしく、タケルの言った通りであった。


「――くそォッ!! 千載一遇の好機チャンスやったのにっ!」


 イサオ光線長銃レイ・ライフルを地面に打ち捨てんばかりの勢いで地団駄を踏む。さきほと、物体の破片や瓦礫の水平豪雨を受ける直前、間一髪の差で硬氣功が間に合ったものの、ユイ涼子リョウコほどではないので、負傷した上に気絶してしまい、瓦礫に半ば埋もれた状態で今まで横たわっていた。そして、意識が回復した時には、手元には光線長銃レイ・ライフルが、上方には健司ケンジの姿が、それぞれあることを確認した。健司ケンジがこちらの存在に気づいてないことも。そのように状況を判断したイサオは、自分の身体が思い通りに動くことを祈って、その通りに立ち上がり、光線長銃レイ・ライフルの銃口を上空に漂う健司ケンジに定めて発砲したのだ。これも想像イメージ通りに動いた不意打ち同然の射撃は、だが、相手には通じなかった。


「――まだ動けるヤツがいるのかよォ。しぶてェなァ」


 半壊した屋敷の屋根に降り立った健司ケンジは、うんざり気味に喉をうならせる。


「――いい加減にしろってんだァッ!!」


 そして、叫ぶように言い放つと、半壊した屋敷がゆれ始める。


「――あいつ、今度は屋敷の残骸や瓦礫を――」


 口に出して判断したタケルは、右と背後の順で顧みると、


「――オレが健司あいつを引き付けるっ! その間にお前たちは庭園ここから避難しろっ!」


 そう叫び残して駆け出す。

 健司ケンジに向かって。


「――タケルっ!」

「――無理ニャッ!」


 アイ有芽ユメが遠ざかるタケルの背中に対してそれぞれ叫び返す。だが、それでもタケルは止まらない。二人の女子と負傷者たちを守るために。


「……くっ……」


 二人の女子と同等の扱いを受けたイサオは、自分の無力さとタケルに対する悪感情に激しくいきどおるが、それを長く続けさせるわけにはいかなかった。ユイ特殊攻撃部隊アサルトアタッカーズの隊員を始めとする負傷者たちを一人でも多く連れて早急に避難しないと。そのためにも、まだ動けそうなアイ有芽ユメに協力を求めるべく、二人のところまで駆け寄るのだった。



 

 半壊状態だった平崎院タエの屋敷は、ついに全壊し、庭園と同様の更地となった。

 地上を駆け回るヤマトタケルへの投擲材料としてムダなく使われた、それは結果であった。

 緑川健司ケンジは低空を浮遊しながら、念動力サイコキネシスでもぎ取った屋敷の残骸をヤマトタケルに投げ続ける。

 休む間も与えず、次々と。

 激突の衝撃で地面が揺れ動き、破片が飛び散り、土煙が舞い上がる。

 その間隙を縫うように、ヤマトタケルは回避し続ける。

 立て続けに飛来する屋敷の残骸を、紙一重の差で。

 しかし、回避しきれなかった残骸のひとつが、タケルに直撃する。

 ――が、それは精神体分身の術アストラル・アバターで具現化させた精神アストラル体なので、本体は無傷である。

 ――とは、とても言い切れなかった。

 本体も次々と降り注がれる残骸の豪雨に身をさらしている以上、その余波によるダメージは、到底まぬがれえないのだから。

 自ら望んだこととはいえ。

 直撃を受けた精神アストラル体が四散すると、タケルは次の精神アストラル体を幽体離脱の要領で迅速かつ本体そっくりに具現化させ、相手に的を絞らせることなく、前後左右に動いて散らし続け、時にはその精神アストラル体を盾にして(螺旋円楯スパイラルシールドでは防御力不足なので)、投擲された残骸の直撃を防いでいるが、それで精一杯――というより、それしか取れる手段がなかった。光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガンなどといったたぐい光学兵器ビームウエポンは、ビーム撹乱幕の前では効果がなく、それは精神エネルギーの塊である精神体分身の術アストラル・アバターも同様であった。なので、健司ケンジ精神アストラル体を接近させても無意味以外の何者でもないが、かといって本体が徒手空拳で接近戦を挑むのは、無意味どころか自殺行為である。現在は健司ケンジ念動力サイコキネシスが及ばないギリギリの間合いで、残骸の投擲攻撃をかろうじて凌いでいるが、そこから一歩でも接近したら、涼子リョウコのように動きを封じられ、あのような末路をたどるのは目に見えている。しかも、タケルこと勇吾ユウゴは、その涼子リョウコのように全身を硬氣功で張り巡らせることができない。早斬りのような局所的にしか氣功術を巡らせられないのだ。涼子リョウコをぶつけられたダメージ回復の際に使用した、ユイに遠く及ばない復氣功が全身に行きわたったのは、人体のツボを押さえる要領でそこにその氣を局所集中させたからで、これは復氣功にしかできない芸当であり、それ以外の硬氣功などに応用するのは、少なくても新型の氣功術では技術的に不可能だった。つまり、健司ケンジ念動力サイコキネシスに捕まったら最後、タケルの生殺与奪は相手の気分次第で決まる。涼子リョウコのそれよりも容易に。そして、相手の気分は――これも、言うまでもない。


「……ダメニャ。このままじゃ、られるニャ……」


 なんとか安全圏まで退避した有芽ユメが、絶望のつぶやきをこぼす。

 一方的な防戦を強いられているタケルの姿を遠方から眺めて。

 有芽ユメのそばには、まだ意識が回復していないユイや、そのユイ有芽ユメと共に肩を貸しているアイ、そして負傷した部下の保坂を背負っているイサオが、有芽ユメと同じ方角に、有芽ユメに似た絶望の眼差しを向けて立ち尽くしている。

 彼らに合流していたリン良樹ヨシキ亜紀アキも、彼らとほぼ同様の状態であった。


(……アタシの精神が万全なら……)


 リンは内心で悔しがる。自分の現在の状態を呪いながら。


(……こうなったら、アタシが渡したエスパーダに、望みをかけるしかないわ。良樹ヨシキさんの推測どおり、緑川の念動力サイコキネシスが……)


 そして、祈るように目を閉じる。ヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴに対して。ここからでは、精神感応テレパシー通話を始めとする精神感応テレパシー通信が、健司ケンジの強大な念動力サイコキネシスと、それによる激しい戦闘の影響で、不通にさせられている以上、それしかできることがなかった。


「――ねェ、氣功術で何とかならないの? 氣功波や氣弾のようなものなら、ビーム撹乱幕や念動力サイコキネシスの影響は受けないはずだと思うけど……」


 アイが中二らしい発想で一同に問い質すものの、


「――そんな飛び道具みたいなもの、氣功術にはニャいニャ」


 有芽ユメが無情な答えを下す。氣功術のエネルギー源である生命エネルギー――すなわち、『氣』は、超能力や超脳力のエネルギー源である精神エネルギーのように、体外に放出・実体化が不可能な性質なのだ。氣功術は有機的な肉体にしか作用しないのである。新旧を問わず。


「……そんなァ……」


 それを聞いたアイは激しく落胆する。

 そんな時であった。

 ギリギリの間合いを保っていた健司ケンジとの距離が、ついに詰まってしまったのは。

 タケルの分身ではない。

 本体が、である。

 分身の方は本体との距離が詰まったと同時に、投擲された残骸に押しつぶされていたので、見間違いようがなかった。

 それを健司ケンジは見逃さなかった。


「――もらったァッ!!」


 そして、勝利を確信した咆哮を放つと、自分の念動力サイコキネシスの射程距離に入ったタケルに、その腕を伸ばす。

 念動力サイコキネシスの力を宿した不可視の腕を。

 これまで幾度もそれを試みていたのだが、相手がなかなかその間合いに入らないので、仕方なく手近にある残骸の収集と投擲で射程外の相手に対応していた。しかし、その均衡がついに破れた以上、その必要はなくなった。そして、一度捕まえたら、それで王手詰みチェック・メイトである。その瞬間の到来を見逃すことなく、今までタケルを凝視し続けていた健司ケンジ

 ――の視界が突如真っ白になったのは、まさにその瞬間であった。


「――なっ?!」


 なにが起きたのかわからず、健司ケンジは混乱する。だが、ほぼ同時にそこから急上昇したのは、念動力サイコキネシスでの戦闘のギアプに入力プログラミングされた思考記録ログの判断と見聞記録ログの経験と行動アクション記録ログの行動である。おかげでタケルが弾き飛ばした指弾は、健司ケンジのエスパーダに命中することなく、むなしくその空間を貫いた。距離が詰まったことで、指弾の射程に入った上に、念動力サイコキネシスの力場が、当人の混乱で一瞬ながらも停滞したので、その間隙をタケルは突いたのだ。もし命中していたら、健司ケンジ念動力サイコキネシスは発揮できなくなり、無力化がはかれたのに、


「――惜しいっ!」


 その瞬間を目撃した良樹ヨシキが、思わずそれを声に出したのも、無理はない。戦場から遠く離れていたので、タケルが持つ光線剣レイ・ソードの端末孔から放たれた青白色のフラッシュに目が眩まずに済んだが、そのただ中にいる健司ケンジには効果があった。自分の念動力サイコキネシスで相手を掴む、その瞬間まで凝視していたのだから。それを受けた健司ケンジは、タケルに絡みかけていた念動力サイコキネシスを即座に解くと、即座に上空へ緊急避難したのだった。念動力サイコキネシスでの戦闘のギアプにしたがって。


「――ちっ、小賢しいマネを――」


 十階建てのビルの高さまで上昇した健司ケンジは、忌々しく舌打ちすると、胸のポケットから取り出したサングラスをかける。


「――だが、これで二度と通用しなくなったぜェ。さァ、今度はどうする? 千載一遇の好機チャンスを逃してしまって」


 そして、それ越しに、視力が回復した両眼で、自分を見上げているタケルを見下ろして問いかける。


「…………………………」


 タケルはそれに応じす、口を閉ざしたまま思考を巡らす。これで健司ケンジは二度と念動力サイコキネシスでタケルを掴める距離――すなわち、タケルの指弾が届く距離には入らず、その射程外からの残骸の収集と投擲に終始するだろう。万が一、指弾でエスパーダを撃ち落とされでもしたら、それで終わりなのだから、健司ケンジとしては警戒せざるをえない。そういう意味では、タケルの状況は好転したとも言えるが、それでも厳しい状況であることに変わりはない。むしろ、千載一遇の好機チャンスを逃したことで、状況はさらに悪化した。これ以上、残骸の投擲攻撃を凌ぎ続けるのは、体力スタミナ的にも厳しかった。的の分散と盾の目的で何度も具現化させ続けていた精神体分身の術アストラル・アバターも限界に近づきつつある。併用している並列処理マルチタスクよりも精神エネルギーの消費が大きい能力なので、それも相まって残り少ない。あと二、三回での使用で精神エネルギーは枯渇する見込みである。それに対して、健司ケンジの方は精神エネルギーが枯渇する様子や気配はどこにも見られない。あれだけ強大な念動力サイコキネシスの力を無尽蔵に乱用しているにも関わらず。タケルこと勇吾ユウゴすら上回る精神エネルギー量である。生まれ持った資質なのか、超常特区に住み続けた結果なのかは不明だが、いずれにしても、その潜在的な力を引き出したのは、念動力サイコキネシスと、それでの戦闘に特化したギアプであるのは確かである。このまま消耗戦に引きずり込まれたら、タケルに勝ち目がない事も。


(……リンさえそばにいれば、何とかなるんだが……)


 以前、連続記憶操作事件ではコンビを組み、支援サポート役としてその犯行集団グループと一緒に闘った相棒を、勇吾ユウゴことタケルは想い出す。

 ――と、


(――そう言えば、渡されていたな。リンから、自分のエスパーダを――)


 その事も、ついでのように思い出す。しかし、なんのために渡されたのか、渡した本人の意識と声が、あの時は不明瞭だったので、とりあえず左耳に装着したままの状態で放置していた。しかし、ついに万策が尽き、絶望の諦観が脳裏と胸中を占めつつあるこの状況と心理状態では如何ともしがたく、また、せっかく訪れた小休止インターバルをムダに消費するわけにはいかない事情も相まって、タケルはワラにもすがる思いでリンのエスパーダの中身を吟味する。

 すると、


(――これは――?!)


 その内容に驚くと同時に、


(――よしっ! これなら――)


 タケルの脳裏と胸中から絶望の諦観が消え失せ、代わりに希望の光がともる。

 そしてそれは顔色にも現れた。


「――なんだよ。まだる気か?」


 顔色が変わったタケルのそれを見て、健司ケンジは苛立ち気味な声で問いただすが、返答は行動で示された。

 タケルが打ち放った光線銃レイ・ガンで。

 むろん、有効射程外の上に、ビーム撹乱幕の前では、力なく四散する運命に終わったが、相手に自分の意思を伝えるには充分な行為であった。


「――そうかい。だったお望み通りってやるぜっ!」


 叫びを放った健司ケンジは平崎院タエの屋敷があった高度まで急降下すると、念動力サイコキネシスの力が及ぶ範囲内にあるあらゆる物体を浮遊させ、次々とタケルに投げつける。むろん、相手の指弾が届く距離までは接近せず、つかず離れずの中距離ミドルレンジを堅持する。

 それに対して、タケルは地面を蹴って小刻みに回避し続けるが、どれもとてもきわどく、いつ直撃を受けてもおかしくなかった。


「――ニャにをやってるニャ。自分から挑発しておいて」


 有芽ユメがハラハラした声と表情でタケルの闘いぶりを非難する。ここは少しでも時間を稼いで、消耗した体力スタミナと精神エネルギーの回復をはかるべき状況や状態なのに、なぜ自らそれを放擲するような真似をしたのか、有芽ユメにはタケルの真意を計りかねていた。ましてや、


「――どうして精神体分身の術アストラル・アバターを使わないの? それとも、もう使えないの? 精神エネルギーが尽きかけて」


 と、疑問を呈したアイの自答通りならなおさらである。的が絞られた健司ケンジの残骸投擲攻撃の命中精度は向上し、それに反比例して、タケルの回避精度は相対的に低下する。


(……あと少し、もう少し……)


 タケルは内心であえぎながらも、立て続けに飛来する屋敷の残骸を必死に躱し続ける。

 表情も苦悶に喘いでいるが、目は死んでなかった。

 ――が、ついに訪れてしまった。

 体力スタミナ切れで身体が思い通りに動けなくなる時が。

 タケルの脚がもつれ、その場に倒れかける。


「――もらったっ!」


 それを目撃した健司ケンジが、勝利を確信した雄叫びを上げる。


「――よしっ! 間に合ったっ!」


 かろうじで転倒をまぬがれたタケルも、健司ケンジとほぼ同時に声を上げる。しかし、残骸の投擲攻撃を躱せる態勢ではなかった。もはや、これ以上の回避は不可能だった。

 そして、健司ケンジの周囲に浮遊している無数の屋敷の残骸が、回避態勢が整ってないタケルにむかって一斉に投げ放つ。

 ……ことなく、そのまま地面に落下する。

 空中に浮遊している健司ケンジとともに。


「ぐはっ!」


 地面に叩きつけられた健司ケンジは、ボディブローを喰らったようなうめき声を上げる。低高度だったので、骨折はしてないが、それでも衝撃のダメージは大きく、すぐには起き上がれない。


「……と、どうしたのかしら? 突然、攻撃を止めて着地……というより、墜落するなんて……」


 一同とともに遠望していた亜紀アキが、得心のいかない表情で首をひねる。それは亜紀アキ以外の一同も同様であった。


(――どうやら役に立ったみたいね。アタシが託したエスパーダが――)


 その疑問に唯一答えられるリンが、内心でつぶやく。

 あの時、タケルこと勇吾ユウゴに渡したリンのエスパーダには、ギアプに依存する相手に対してとても有効なギアプが保存されていたのだ。

 すなわち、ギアプ破壊クラッキングが可能なテレハックのギアプが。

 念動力サイコキネシスほどではないにせよ、ギアプ化が難しい類の技能だが、自身がテレハッカーであるリンは、その開発に成功させていたのだ。

 直接接続ダイレクトアクセスが可能な人間に限られた仕様とはいえ。

 これは、元々テレハック自体が違法行為なため、使用にはおのずと直接接続ダイレクトアクセスが必須となるからである。そして、勇吾ユウゴことタケルには、リンほどの射程はないものの、それを有している。タケルは闘いながらこれを駆使して、健司ケンジ念動力サイコキネシスのギアプを破壊し、使えなくさせたのだ。あえて健司ケンジを挑発して接近させたのは、自分の直接接続ダイレクトアクセスの射程に引き込むため。|まだ精神エネルギーが残っていたのに、精神体分身の術アストラル・アバターを使わなかったのは、テレハックに並列処理マルチタスク処理能力リソースを割いたため。体力スタミナ回復の時間稼ぎをせず、ただちに戦闘を続行したのは、相手にこちらの意図を気づかせる隙や余裕を与えないためであった。直接接続ダイレクトアクセスの射程が、指弾のそれよりも長いのも幸いした。


「……ふぅ~っ、なんとか無力化に成功したぜェ。ギリギリもいいところだったけど……」

 ゆっくりと立ち上がったタケルは、大きく吸った息を、長々と吐き出す。むろん、これは安堵のため息である。


「……リンのおかげだよ……」


 恐らく、当の本人もこの事態まで想定して|託したわけではなかったのだろう。せいぜい、氣功術と戦闘のギアプに依存した相手に有効な程度の認識だったに違いない。だが、実際は有効どころか、決定打となった。念動力サイコキネシスとそれでの戦闘のギアプを装備した、生粋ではないが強力な念動力能力者サイコキネストに対して。


「……な、なんだ、いったいっ?! なにが、どうして、念動力サイコキネシスがっ!?」


 その頃、なんとか上体を起こした健司ケンジは、完全に混乱していた。クラッキングで念動力サイコキネシスとそれでの戦闘のギアプを破壊された影響で、これまで保持していた高度な判断力が著しく低下したからである。つまり、元の状態に戻ったのだ。卑屈で卑怯な上に、自分勝手で自己中心的チューなイジメられっ子の緑川健司ケンジに。弱者の立場に逆戻りした健司ケンジに、これ以上の戦闘を継続する意思は、どこにもなかった。


「……と、とにかく、逃げないと……」


 ようやく念動力サイコキネシスが使えなくなったことに気づき、この場から逃走をはかろうと動き出すが、地面に落下したダメージがまだ残っているので、匍匐ほふく前進よろしく、瓦礫と破片に覆われた地面を這って行くしかなかった。ともに落下して舞い上げた残骸の土煙にまぎれれば、なんとか逃げ切れると思って。

 ――いたが、


「――待ちやがれェッ!!」


 怒りと憎しみに満ちた、だが聞き覚えのある制止の声に、その甘い思惑は素粒子レベルで粉砕された。

 健司ケンジは恐怖に引きつった顔であおむけに姿勢を変える。サングラスは落下の衝撃ですでにはずれている。

 健司ケンジの視線の先にある土煙の中から、一人の人物が姿を現す。

 癖のあるショートカットに、男勝りな顔つきをしたその女子は、健司ケンジ念動力サイコキネシスでメッタ打ちにされた海音寺涼子リョウコであった。

 全身、血と土と砂に汚れ切っているが、両眼だけは綺麗に輝いていた。

 獲物を見つけた狩猟者さながらに。

 そして、早歩きよりも速い足取りで、横たわっている健司ケンジにせまる。

 メッタ打ちにされたダメージを感じさせない歩調であった。

 勇吾ユウゴに自身をぶつけられた後、涼子リョウコは塀際の地面に倒れ伏していたが、庭園の中央で繰り広げられている激闘や死闘の間に、復氣功で自身の自己回復に専念していた。瀕死の重傷だったので、時間がかったが、なんとか動けるほどまでに傷が癒え、自身の上体を起こすと、その視界に、地面を這う健司ケンジの姿を、土煙の中から発見した途端、迅速に立ち上がって急接近したのだった。


「~~よくもやってくれたなァ~~」


 舞い上がった土煙が落ち着く中、涼子リョウコは憎悪に滾らせた声で喉をうならせる。

 それは、噴火寸前のマグマに等しかった。


「――ひっ!」


 その迫力に、健司ケンジは一段と恐怖に青ざめ、あおむけのまま下がろうとするが、落下のダメージが抜けてない身体では、それもままならない。瞬く間に詰め寄られ、涼子リョウコに喉笛を掴まれる。

 ――寸前、横合いから伸びて来た第三者の手が、それを阻止する。

 涼子リョウコの手首を掴み止めることで。


「――なにをするっ!!」


 掴み止められた涼子リョウコは、怒りの叫びとともに、その腕を上げ、掴み止めた張本人と間近で正対する。

 ヤマトタケル様式モードの小野寺勇吾ユウゴと。


「――それはこっちのセリフだ。そっちこそなにをしようとしている」


 タケルは非友好的な目つきと口調で涼子リョウコを問いただすが、返答は聞くまでもなかった。


「――そんなの決まってんだろっ! 報復だよっ! 報復っ! オレがやられた分を健司コイツに返すんだよっ! それも、一兆倍にしてなァッ!!」

(――だろうな。やっぱり――)


 と、内心でつぶやくタケルに、涼子リョウコは激しく言い募る。


「――だからその手を離せっ! 邪魔をするなァッ!!」

「――いいや、邪魔をする。いや、邪魔させてもらおうか。真っ向から」

『なっ?!』


 予想だにせぬタケルの返答に、涼子リョウコは驚愕に喉を詰まらせるが、もっと驚いたのは緑川健司ケンジであった。ついさっきまで死んでもおかしくない、文字通りの死闘を強いられた相手を、まるで掌を返すようにかばうなんて。


「――なぜだっ!? なぜ庇うっ!? そんな義理など、誰よりもないはずのお前が、なぜっ!?」


 涼子リョウコは理解に苦しむ表情で問いただす。勇吾ユウゴことタケルは当然の如く答えた。


「――強者が振るう暴力は、たとえ誰だろうと、誰に対しても決して許さない――と、健司そいつに言った手前てまえがあるからさ。だからその手前をひるがえすわけにはいかねェんだよ。その『誰』が、念動力サイコキネシスでの暴力を受けた被害者おまえや、オレを殺そうとした加害者こいつでもな」

『!!』

「――なので、例外も許さない。庇ったり守ったりする対象を、自身の好悪や価値観で選ぶなんて、論外中の論外。海音寺。オレは違うんだよ。性別でその対象を選ぶお前とは」


 強烈な皮肉を込めた痛烈な批判に、涼子リョウコはそれが折れかねないほどに歯ぎしりする。タケルは気にもめずにさっさと語を継ぐ。


「――それよりも、負傷者の救護に当たれよ。報復しかえしする元気があるんなら。健司コイツは警察に任せて。ホラ、さっさと行け」


 駆けつけて来たイサオに引っ立てられる健司ケンジ後目しりめに、タケルは涼子リョウコに指図する。


「――むろん、救護でも性別は選ぶなよ。命はみな平等なんだから」


 皮肉の金槌ハンマーで釘をさすことも忘れずに。


「~~うるせェッ!!」


 だが、涼子リョウコはタケルに掴まれている手首を思いっきり振りほどくと、怒り狂った叫びを上げる。


「――だからなんだってんだよォッ!! てめェの手前なんざ、オレの知ったこっちゃねェッ!! 健司コイツに報復しないかぎり、オレの気は収まらねェんだァッ!!」

「――それを言うなら、こっちだってお前の気なんざ知ったこっちゃねェよ」


 それに対して、タケルは冷静沈着の見本みたいな表情と受け答えであしらう。


「~~いいからどけェッ!! どけってんだァッ!!」


 怒りと憎悪で完全に我を忘れ、怒鳴り続ける涼子リョウコを、タケルは冷め切った眼差しであらためて見つめると、小さなため息をひとつついてから、これもあらためて口を開く。


「……お前さァ、そんなに健司コイツ報復しかえししてェの?」

「当然だろうがァッ!! あそこまで徹底的にやられたんだァッ!! それも、公衆の面前でェッ!! このまま引き下がれるかァッ!! この醜態を晴らさない限りィッ!!」

「――それじゃ、健司コイツに殺されかけたオレの言動や行動は当然ではないと?」

「ああっ、そうだともォッ!! 真逆もいいところだァッ!!」

「――なら、あいつらもそういうことになるな」


 そう言って動かしたタケルの視線に、涼子リョウコも釣られてその方角を見やる。

 瓦礫と残骸で埋め尽くされた地面がどこまでも続いていた。

 緑川健司ケンジが見境なく念動力サイコキネシスを使った、その結果であった。

 一周目時代の日本によく上陸した台風ですら、ここまでの惨状はもたらさなかった。

 その上を、警察や救急隊が、慌ただしく動いたり、大声を上げたりしている。

 瓦礫や残骸になかば埋もれている負傷者を救出すべく。

 救助者の中には、アイ有芽ユメ良樹ヨシキ亜紀アキも含まれていた。

 リンは精神的なダメージがまだ残っているので、救助活動に加わってはいないが。

 だが、タケルが目で指したのは、この四人の男女ではなかった。

 涼子リョウコと同じ氣功術で、涼子リョウコ以上の自己回復力で全快したユイと、本体の勇吾ユウゴであった。

 いま涼子リョウコが面と向かっているタケルは、勇吾ユウゴが|作り出した|タケルそっくりの精神アストラル体なのである。

 勇吾ユウゴ並列処理マルチタスク精神体分身の術アストラル・アバターを駆使して、負傷者の救助と、健司ケンジの報復に執着する涼子リョウコの制止を、同時に実行していたのだ。


「――小野寺と浜崎寺がどうしたってんだっ!?」


 涼子リョウコが視線を固定させたまま不機嫌そうにただす。


「――あの二人が救助しようとしているヤツらをよく見な」


 精神アストラル体のタケルに、涼子リョウコは促されるがままに従う。

 ――が……


「……だれだよ、そいつら?」


 それでも、涼子リョウコの疑問は氷解しない。健司ケンジとの交戦――というより、念動力サイコキネシスによる一方的なサンドバックでエスパーダを紛失したとはいえ、覚えてないのは予想外であった。タケルは右肩を落としかけるが、すぐに態勢を戻すと、苛立ちの微粒子が混じった声でこう告げた。


「――平崎院の取り巻きの一人と、お前と闘った佐味寺三兄弟の一人だよ」


 具体的な固有名詞は用いなかったが、それがかえって通じたようである。涼子リョウコの両眼が得心に見開く。


「――あいつらか」


 涼子リョウコは声を上げて思い出すが、そのあとに到来したのは最初の疑問であった。小野寺勇吾ユウゴと浜崎寺ユイが、その二人を、それぞれ救助しようとしているのはわかったが、それがどうした――と言いかけて、ある事実に気づき、目を見はる。


「――ちょっと待てっ!? あの二人が救助しようとしているのは、普段、学校で自分たちをイジメているイジメっ子どもじゃねェかっ?!」

(――やっと気づいたか……)


 と、言いたげな表情で、タケルは涼子リョウコを見やる。

 ありえないと叫びたげな、その表情カオを。


「……なんでだよ。なんでお前らはそいつらを助けるんだよォッ!? そんな義理、健司コイツと同じく、どこにもないはずなのに、なんで――」

「――基本、多数派だよな。当然を指す事象というのは」

「――っ!!」

「――三対一なんだけど、それでも当然と言えるのか。『一』の方の海音寺」


 正確を期すれば『二対一』なのだが、ここは説得力を持たせるために、あえて『小野寺勇吾ユウゴ』と『ヤマトタケル』を二人分として、勇吾ユウゴことタケルはカウントする。


「~~~~~~~~っ!」


 涼子リョウコは殺人的なまでの眼光でタケルを睨みつけるが、不意に視線を変えて口を開く。

 タケルの背後に控えている――


「――お前はどうなんだっ! お前もタケル《そいつ》と同様、そこにいる健司こいつに殺されかけたんだぞっ! 憎くはねェのかっ!?」


 ――龍堂寺イサオに対して。


「……………………」


 突然、涼子リョウコに質されたイサオは、しばらくの間、口と目を閉ざして沈黙するが、やがて目を開き、確保した健司ケンジを一瞥すると、涼子リョウコの眼をまっすぐ見つめてから口を開く。


「……たしかに、憎くないと言えばウソになるで。こないなことしおおって置きながら、それは無理な話や。せやけど、だからとうて、こいつを私刑リンチしてええなわけがあらへんやろ。目には目をよろしく。ましてや、法の番人たる警察官ならなおさらや。法から逸脱した行為は絶対にせェへんし、させもへん」

「――っ!?」

「――せやから、おまいの行為は一警察官として容認することはでけへん。全力をもってこいつを守る。もし強行するなら、暴行罪としておのれを逮捕する。たとえそれが正当な理由での報復やとしてもな。こいつは器物損壊と傷害の現行犯として警察署しょで扱う。それにかこつけての拷問など、絶対にせェへんっ! 警察の矜持プライドにかけてっ! それこそ論外中の論外やっ!」


 最後のセリフは、タケルこと勇吾ユウゴから盗用したものであったが、盗用された方は異議や非難を申し立てたりせず、満足げに微笑する。


「――これで四対一になったな」

「~~~~~~~~っ!」

「――で、まだ続けるか?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 涼子リョウコの表情は噴火寸前なまでに真っ赤に染め上げるが、爆発するには心理的抵抗感が強すぎた。これ以上続けても自分に同調する者は現れそうにないという……。


「――よしなさい、海音寺。悔しいけど、二人の言う通りだわ……」


 そして、実際に現れた平崎院タエの諦観の諭しが、そのトドメめとなった。タエもまた健司ケンジによって全身ボロボロの状態にされたが、自身に巡らせた復氣功のおかげで、今では動ける程度に回復していた。


「~~オレは、オレはァ……」


 涼子リョウコは全身をわなわなとさせて、あえぐように口を開閉するが、結局、それ以上の語を紡ぐことはできず、うつむいたまま無言で立ち尽くす。

 その様子を見て、タケルとイサオは同時に胸をなでおろし、視線を交わすと、その間に立っている健司ケンジを見やる。


「――これでも、お前は弱肉強食を信奉し続けるのか。強者の自制と弱者の救済を否定するのか。力こそすべてとして。退化した一生物いちせいぶつの証として」

「――すまへんな。警察の力がおまいまで及ばへんかったばかりに、こないな罪を犯させてもうて。これからは、警察の力が世の中のすみずみまで行き届くよう、今まで以上に努力するさかい、今回はおとなしゅうお縄について、罪を償ってや。お願いやから」

「……………………」


 健司ケンジもうつむいたまま無言で全身を震わせて立ち尽くしている。だがそれは、涼子リョウコのように、怒りの矛先を見失い、その矛を完膚なきまでに心ごとへし折られた類の震えではなかった。周囲に見境なく振り回していた憎悪の矛を優しく受け止められ、優しく収めさせてくれた類の震えであった。


「……うっ、うう、ううっ……」


 そして、嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ち、両手と両膝をつく。瓦礫と残骸に埋め尽くされたその地面に、無色透明の雫がこぼれ落ちる。とめどなく、次々と。

 もはや、緑川健司ケンジには、念動力サイコキネシスで暴れまわっていた時のような、限界まで肥大化した自我の陰は、どこにも見受けられなかった。


「――見事な演説と説得だったぜ、龍堂寺」


 勇吾ことタケルは率直な賞賛を相手に送る。


「――ふん。当然やろ。そないなこと」


 イサオは不機嫌そうに応じるが、どことなくまんざらではない様子であった。しかし、それを振り払うかのように、


「――それよりも、おまいには訊きたいことが山ほどあるんや。公私ともども。せっかくの機会や。警察署しょでじっくりと――」


 そこまで言ってタケルに詰め寄ったその時――


 パチパチパチパチ……。


 原型を留めてない平崎院タエの屋敷に、落ち着き払った拍手が鳴りわたった。

 それも、一人分だけの。

 イサオたち一同は、拍手が聴こえた方角に視線を集中させると、やはり一人の人物が、そこに佇んでいた。


「――おまいは――」


 その人物の容姿を見て、イサオは声を上げかける。記憶にある容姿だからである。実見ではなく、勇吾ユウゴアイリンたち三人から見せられた見聞記録ログだが、間違いなかった。クールカットの髪型にさわやかな顔つきをした青年に。


「――ようやく姿を現したか。今回の黒幕――」


 タケルこと勇吾ユウゴが険悪な目つきで睨みながら喉を唸らせる。


「――貝塚シュン


 に、対して。


「――見事な討論だったよ、二人とも。緑川くんとの闘いぶりに劣らず」


 貝塚は惜しみない賞賛を、タケルに続いて、イサオにも送るが、送られた両者は別に喜んだりせず、


「――どうせ特等席で観戦や傍聴をしてたんだろ。健司ケンジの視聴覚にテレハックで感覚同調フィーリングリンクして」

「――貝塚シュンっ! 傷害、器物損壊、および騒乱幇助ほうじょ罪の容疑として逮捕する。神妙に縛につけェッ!」


 タケルは冷淡に、イサオは声高に、それぞれ応じたり宣告したりする。しかし、


「――正直、これほどの戦闘が繰り広げられるとは思わなかったよ。おかげで、貴重な戦闘データが取れて、感謝に堪えない」


 相手はそれに取り合わず、勝手に礼を述べる。


「――それが目的か。戦闘に使える様々なギアプやマインドウイルスを、力が欲しい連中に提供したのは」


 タケルが確認の問いを発した声に熱が帯び始める。


「――ま、そんなところだ」


 貝塚は肩をすくめて答える。悪びれもなく。


「――なぜやっ!? なんのためにそないなことをするっ!」


 その態度に立腹したイサオが、声を荒げて問い質す。


「――戦闘系ギアプの開発のためね、きっと」


 それに答えたのは、中学からの馴染であるリンであった。イサオは驚いた表情でとなりに並んでいるリンの横顔を見やる。どうやらテレハックの強制遮断カットによって負った精神的なダメージは、完全に回復したようである。


「――仕様スペックと適性さえあれば誰にでも使えるギアプの中で、もっとも開発が難しく、かつ、需要の高い、危険な分野だからね、戦闘系のギアプは。おおかた、背後バックには軍関係者を始めとする荒事専門の団体や組織から、資金提供などの援助を受けているんでしょう」

「――たしかに、言われて見ればそうだな。振り返って見ると。なにぶん、趣味で始めたことだからね。あまり意識してないんだよ」

「――それが高じて、気がついたらいつの間にかこうなっていた――というわけか。どうりで、罪の意識もあまりないわけだ」


 貝塚のセリフを皮肉っぽく先取りしたタケルの声がさらに加熱される。嫌悪という熱に当てられて。


「――せやからとうて、逮捕をまぬがれる理由にはならへんでっ! きっちりとおのれが犯した罪を償ってもらおうかっ!」


 それはイサオも同様であった。貝塚はわざとらしい反応リアクションで困惑する。


「――それは困る。刑務所では、せっかく持ち始めた趣味に没頭できなくなる。なにぶん、飽きっぽい性格をしていると、よく言われるのでね」

「――なら好都合や。釈放後の再犯の心配がのうて」


 確保した健司ケンジの身柄を、回復した部下の保坂に預けると、ゆっくりとした歩調で、貝塚に詰め寄り始めるイサオ

 ――よりも早く――


「――てめェかァッ!!」


 涼子リョウコが怒りの咆哮を上げて突進する。見失った怒りの矛先を貝塚に向けて。涼子リョウコにして見れば、当然かつ自然な行動であった。屈辱的で弁解の余地のない敗北を、戦闘でも舌戦でも喫し、途方に暮れていたところへ、その元凶である黒幕の存在を間近で見知ったことで、向かうべき怒りの矛先を見出したのだ。


「――よくもっ! よくもォッ!!」


 涼子リョウコは突進の勢いそのままに振り上げた拳を、貝塚シュンのさわやかな顔に思いっきり叩き込んだ。

 錬氣功で筋力が増強されたそのかいなで。

 貝塚の頭部は砕け散った。

 血と脳漿のうしょうをまき散らして。

 だが、その色は青白一色であった。

 赤や無色透明ではなく。


「――なっ?!」


 思わぬ事態に、殴打した張本人は驚愕と動揺を示すが、それはそれ以外の一同も同様であった。ただし、彼らの場合、それに加えて、涼子リョウコが貝塚を殴殺してしまったと思って、一瞬、ヒヤッとしたが。

 頭部を失った貝塚の身体は、青白色の粒子をまき散らしながら倒れ込むと、そのまま雲散霧消した。

 跡形も残さず、綺麗に……。


「……こ、これは……」


 一連の現象に、涼子リョウコは目を見張る。


「……精神体分身の術アストラル・アバター……」


 絞り出すようにつぶやいたのは、同じ使い手たるタケルこと勇吾ユウゴである。


(――なにも君の専売特許ではないよ。この能力は――)


 勇吾ユウゴの脳内に貝塚の声が聴こえて来た。鼓膜を介さず、直接に。

 精神感応テレパシー通話である。

 それも、テレハックによる――


「――どこやァッ! 出て来いィッ! 隠れてとらんでェッ!」


 勇吾ユウゴと同様に聴こえていたイサオが、周囲を見回しながら怒鳴り声を上げる。


(――いや、ここは隠れ続けさせてもらおうか。もし出て来たら、逮捕されてしまうからね。それは困ると、先刻も言ったはずだよ――)

「――おい、保坂。管理局に連絡して発信元を逆探知しろっ! そして、動ける警官ヤツは総動員して捜索に当たれっ! 絶対に近くにおるはずやっ!」


 イサオは矢継ぎ早に命令や指示を下すが、結局、徒労に終わった。それ以降、貝塚の精神感応テレパシー通話は、消息とともに、完全に途絶えてしまったので……。


「……逃げられたか……」


 タケルはその場に立ち尽くしたままつぶやく。


「……あいつ、凄腕のテレハッカーよ……」


 そこへ、そばに来たリンが、慄然とした表情と口調で伝える。


「……複数以上の相手を同時に、それも迅速かつ易々とマインドセキュリティを突破してテレハックするなんて、アタシですら無理だわ……」

「……………………」

「……もしかしたら、あいつもアンタと同じく……」

「……………………」


 タケルこと勇吾ユウゴは口を閉ざしたままリンの推論に聞き入っている。そして、同時に予感が止まらない。

 自分たちの前に貝塚がふたたび姿を見せるいう予感が。

 止まらない。

 止められない。

 そして何よりも、止められずにはいられない。

 それは、不吉と凶兆で黒く塗りつぶされた、イヤな予感でしかなかったのだから……。

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