第四巻 -欲して止まない緑川健司の力への渇望-

第1話 序章

「……ううっ……」


 人気のない深夜の路地裏から、苦しげな声がそよ風に乗ってあちこちに運ばれて行く。


「……う、う~ん……」

「……くっ……」


 それも複数であった。

 アスファルトで敷きつめられた地面には、声の主らしき三つの人影が、それぞれの姿勢で横たわっている。

 全員、十代半ばの少女たちである。

 身にまとっている陸上防衛高等学校の学生服ブレザーはうっすらと血と土に汚れ、顔面にいたってはアザにまみれていた。

 誰がどう見ても暴行を受けたものとしか思えなかった。

 ただ、無抵抗で受けたとは思えない証拠に、三人の少女のものらしき光線槍レイ・スピアなどの得物が、持ち主たちのそばに散乱している。

 相手と闘った末の結果であることは疑いの余地はなかった。


「――けっ、他愛もねェ」


 このセリフは、そんな三人の少女を見下ろしている一個の人影が、吐き捨てるように言い放ったそれであった。


「――やはりこれがオレたちの本当の実力なんだ」

「そうだそうだ。あんな条件では発揮できるわけがねェ」


 そして、こちらも複数であった。

 全員、これも十代半ばの少年たちである。

 三人がに見つけている衣服も、陸上防衛高等学校の学生服ブレザーである。

 その手には、三人の少女たちと同じ得物が握られている。


「――やはりオレたちはギアプという力があってこそ本領を発揮するタイプなんだ」

「――ああ。これさえ使えれば、あの傲慢なオンナどもやエセ優等生に負けたりなんかしねェ」

「――その証拠に、この三人と試しに一対一サシで闘ったらあっけなく勝ったんだ。これなら絶対にアイツらに勝てる」


 一人の少年が握り拳を作って言うと、もう一人の少年が不安そうに眉をひそめる。


「――けどいいのか。こんな闇討ちみたいなことをして。もし警察や学校にバレたら、オレたち……」


 だが、その不安を打ち消したのは、さらにもう一人の少年であった。


「――そのあたりは大丈夫さ。アイツの擬態カムフラージュは完璧だし、オレたちに代わって濡れ衣を着せる役回りはもうみつくろっている」

「……それってもしかして……」

「――ああ。アイツしかいねェだろ。運やまぐれで高評価されやがって。これで一気に評価をドン底まで叩き落してやる。詐欺まがいの戦法で優勝するからだ。そのツケ、利子込みで返してやるぜ」


 そう言った少年の表情は、憎悪を丹念にすり潰した憎悪そのものであった。


「――あとは、あの傲慢な二人に決闘を申し込んで勝てば、オレたちは評価はうなぎのぼり。あのエセ優等生を越えること間違いないぜ」

「――オレたちの家はそれで名門の士族にまで成り上がったんだ。当主オヤジの期待に応えるためなら、手段なんか選んでいられるか。なりふりかまわずやってやるぜ」

「――ああ。この前の大会の結果に、当主オヤジからこれ以上ないくらいの叱責を受けたからな。あんな苦行、二度とゴメンだぜ」

「――しょせん、この世は弱肉強食。力こそすべて。それがこの世の摂理。弱いヤツは強いヤツになにをされてもしかたねェんた。それはアイツだって言ってることだしな。そのセリフ、あの時の借りも含めて、そっくりそのまま返してやる」


 不安そうだった少年が、それを打ち消した上に、憎悪を込めて宣言する。


「――これさえあれば、負ける気がしねェ。アイツらは元より、第二次幕末で武功を挙げた連中にだって――」


 悦に入った表情と口調で言った少年は、右耳の裏に装着してある三日月状の小型機器に触れる。

 愛おしそうな手つきで。

 他の二人の少年も、それに倣う。

 その足元には、少年たちが闘って倒した三人の少女が苦しげに伏しているが、三人の少年は気にも留めずに無視している。

 まるで路傍の石ころように。

 そして、その場から立ち去る際、それにふさわしい扱いでそれぞれ蹴飛ばした。

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