第70話 two years later, she become a red butterfly「2年後 傭兵『太刀川明奈』」

 源家本島の戦いから2年。


 〈影〉を名乗る、腕輪を使用するテロリストの集団は、その勢力を確実に伸ばしている。


 各地で旧源家本領で行っていたようなテロ行為が基本の動きだったが、確実に成果をあげていることで、以前に比べ〈人〉の統べる世に陰りが出てきたのは周知の事実である。


 噂では本島の戦いで攫った子供がそろそろ成熟する頃で、決着をつける為の大戦争をそろそろ起こすとか。


 支配される側に疑念を持つ若者が最近は自ら〈影〉の一員になるべく離反者も出てきている。〈影〉の勢力は徐々に増していく一方だ。


 元々、覇権を握るための12家の争いが続く世の中だったが、最近は〈影〉という13個目の勢力の影響もあり、争いが数多く巻き起こり、人間だけでなく誰もが生きづらい世の中へと変わっていく。


 そんな世の中だが、面白い噂が人々を騒がせていた。最初は小さな都市伝説、それが半年も続き、ずっと新しい活躍が耳に届けば人々の話題になる。


 銃も使う女剣士が、世を乱すテロリストである〈影〉を成敗する。少年少女が心躍らせるヒーロー、この場合はヒロインかもしれないが、そんな存在が最近の人間や、さらには〈人〉の興味を引いていた。


「まったく、マスコミにも困ったものね」


 街中を優雅に歩く1人の女性が、すれ違いざまに聞こえるその噂に耳を傾けため息をつく。


「しょうがないさ。このご時世〈影〉の連中は恐怖そのものだ。そんなやつらを殺して回っているって実績は、確かにこの辺りの人間や〈人〉を喜ばせるには違いない」


 反逆軍、独立魔装部隊の紋章が襟の内側につけられた私服型の隊服を身に纏う青年が、隣を歩く女性のため息に反応して口を開く。


「あいつら、現場を見たら卒倒するわよ」


「確かに」


 光が和幸に見せたのは、ある山奥の社の位置情報。そこは〈影〉が何かをしているという噂がささやかれていた。しかしそれだけではない。その付近で『彼女』の目撃情報があったのだ。






   *********************


 ――今にして思えば、私という人間は狂っていた。


 救いの手を差し伸べられても、破綻の道から外れることをしなかった。末路で奇跡的に、己の悲願を叶えたとしても、私自身に報いはないことを理解している。


 正常な生物ならば、己の生存と幸福ために行動するべきだ。それが悪意に満ちたものであっても、結果を伴わなくとも、道程には、自分が何かを得られると信じて行動しているはずだ。


 それでも、私はこの無益な道を歩き続けている。


   *********************



 




 今も明奈は旅を続けている。誰かに助けを求めることもなく、どこかに落ち着くこともなく。奨と同じように傭兵として転戦しながら実力を伸ばし続けていた。


 傭兵『太刀川 明奈』。彼女は太刀川の名を継いだ。右に短剣や日本刀、左手に大きめの拳銃という、珍しいスタイルで戦う彼女は、傭兵として各地を転戦し、数多くの危機と死線をくぐり、今に至る。


 お金を稼ぐためではなく己を鍛えるためなのか、あえて危険に身を晒す、奇妙な戦い方をすることで有名だった。それでも勝率も8割を超える高さということで、名乗りを上げれば確実に雇ってもらえるほどには名が売れている。


 先ほど社で〈影〉の企みをまた1つ潰したのも、実はある筋から名指しで依頼のメールを受けたからだ。


「最近は〈影〉に関わる標的が公に依頼として出されているからありがたいな……」


 紅色の蝶が、明奈が普通に歩いているにも関わらず、まるで明奈を花と勘違いしているかのようにぴたりと止まって動かない。


 明奈はくすぐったいと思いながらも振り払うことはしなかった。


 依頼主に依頼完了のメッセージを送ると、すぐに返答が来る。


『これで誘拐された彼らも解放される。ありがとう、太刀川さん』


 お礼を言われ、嬉しさのあまり微笑んだ。


 蝶が飛びたつ。笑っている明奈の周りを再びふわふわと飛び始めた。


「あなたは不思議ね。でも、もしも――」


 最後まで明奈の言葉を聞くことなくその蝶は飛び去った。そして明奈もまた異変に気が付く。


 社からの帰り道。無人の建物へ至る道に人通りがあるわけもなく、明奈がここに来るまではただ1人だった。それが今、帰り道では多くの腕輪をつけた者たちに歓迎されている。


「もう嗅ぎつけたのね。ふふ……」


 明奈が村まで戻ってくると、そこではすぐに明奈を追おうとしていた腕輪使いの戦士たちが明奈を歓迎する。


 明奈を挑発した。相手はたった1人と高を括っているのだろう。


「春様への供物を。死罪に値する」


 ――狂喜した。それは礼を述べられ嬉しく笑った少女と同一人物とは思えない笑みだった。


「ぁははははハはハハはハはハハははは!」


 相手は腕輪持ち。数多く目の前に立ちはだかっているというのに、明奈の顔に絶望の色は全く見せていない。


 むしろとても楽しそうに笑っている。さすがに腕輪持ちの連中も感情がないわけではないので、囲まれている明奈がそのような笑いをするのを不気味に思ってしまう。


 しかし本人にとっては何も不気味ではない。これが今の明奈の生きる理由。そして目的なのだ。


 銃と日本刀をその手に、剣先を向け叫ぶ。


「あの女への道を阻むのなら……貴様らの首を残らずね飛ばし、女神とやらの前に晒してやる!」


 明奈はたった1人で、目の前の腕輪持ちの集団に戦いを挑んだ。






 数日後。


 死体が転がる道に八十葉光と御門家の捜索隊、そして和幸が訪れる。


「……はあ。もう見慣れたけど」


 楽に殺すつもりがないのが見え透いている。血だまりが数多くの場所にできていた跡が残っていた。そして死体も無事に人の形を保っているものが数えるほどしかない。


「明奈ちゃん……」


 源家から本土へ帰ってきたその日から明奈は姿を消した。足取りは掴んでいるが肝心の本人が捕まりたくはないのか姿を見せない。


 細かいことまでは分からないが、全国で銃と刀という、まさに奨と明人の弟子にふさわしい武装をした少女が目撃されている。


 聞く噂は2つ。


 人々を助け慕われているという良い噂。そして、1人で〈影〉殺しを続けているという悪い噂。本来なら旅をして2年などとても無事で生きていられない。どこかで野垂れ死ぬが捕まって生き地獄にあっていてもおかしくはないのだ。


「御門からもらった呪符で、この地の記憶を呼び起こしたら。明奈の様子が映った」


 和幸が光に、明奈の情報が見つかったことを報告する。


「次の行き先とか、呟いてないかな……」


 あの巨大組織である八十葉家が、こんな些細な情報を期待するほどに、明奈は長い間孤独を貫いて戦い続けているのだ。





「助けてくれ……」


 映像は無様に命乞いする腕輪の使い手と、それに向けて銃口を向けている明奈の姿を映し出している。銃使いは銃口を額につけ、許しを乞うように己を見上げるその男に向かって、元々の目的を果たそうとする。


「訊きたいことは2つ。まず、あの女の居場所を吐け」


「俺達のような末端に、今あの方がどこにいるかなど知らされない! 俺達が死のうとあの方は動かない」


「そうか。情報提供ありがとう」


「な、なあ。銃をどけてくれ。俺はしゃべった。俺はしゃべったぞ」


 生への希望が目の前に訪れたのを感じ、腕輪をつけた男は少し笑みを浮かべる。しかし、明奈は銃口をその男に向け続けた。


「あ、ああ。嘘……だよな……? 俺は、死にたくない。死にたくない。気に入らないならなんだってやる! だから」


 明奈は気味の悪い笑顔を見せながら、優しく語りかける。明奈は銃口のトリガーに迷いなく指を添えた。


「大義のためと人々の幸福を踏みにじり、他者を平然とした顔で傷つけ、その命を玩具のように扱いながら、その口は救世を謳う。この世の悪に違いないお前らは、殺しの兵器に成り下がった私同様に今生の救いはない。そうは思わない?」


「やだ、やだぁあああああああああ!」


 一発の銃声が響く。


 次の瞬間。その男はもう動かなくなっていた。






 和幸も光も絶句した。


 明奈は2年の間たった1人戦いに身をおくことで、明らかに精神が故障してしまっている。彼女はまだ2年前の事件に囚われているのだろう。それは誰から見てもすぐに分かる。


「もうだめよ。限界よ。このままじゃ、明奈ちゃんは戻れなくなる!」


 光の叫びに耳を傾けながら、和幸は天を見上げ一言。


「明人……明奈は必ず助ける。もう少し待っていてくれ」


 独り言を呟きながら今の記録ももう一度再生した。


 あれから2年。明人の最期の願いを叶えられていない2人は焦りを感じ始めていた。







「先輩……やりました。また……殺しましたよ」


 たった1枚、愛すべき先輩2人が映るたった1枚の写真を見て、そして満足げに目を閉じる。


 無茶な戦いはもう慣れている。その結果受ける傷で体はボロボロだ。外見上は綺麗に繕うことができても、戦場を越えるたびに心に刻まれる痛みが、明奈の精神を徐々に摩耗させていた。


 それでも大切な生きる目的だけは失わないでここにいる。


「先輩。今日も、あいつらの仲間を殺しましたよ」


 思い出の写真を見ながら、ここに来る前に作っておいたお手製のおにぎりをほおばる。


「……待ってて、ください。必ず、あの女を殺します」


 夢を語るように明奈の声色は弾んでいた。ただ1つの生きる道を見つけ、その道をスキップしながら踏み抜いている。


 行き先が地獄だとしても、明奈は自らの命を燃やし尽くし、自分からすべてを奪ったあの女へと復讐するために、安寧の日々を拒絶して戦い続けながら、日々を楽しく生きている。


 彼女の大いなる望みは、このまま行けども叶わないだろう。しかし、己の無力を今更嘆くことなく、明奈は明日も戦い続けるだろう。


 紅色の蝶を見て、明奈はあの時呟こうとしたのは『もしも私に羽があったならきっとあなたと同じ色だね』という言葉。


 今の彼女の雰囲気は、旅をしていた頃の師匠2人によく似ている。

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