第68話 good-bye「素晴らしい夢の先のため」

 炎の巻き込まれたはずの奨がうつ伏せに倒れていた。


「私が滅ぼしたいものを焼却し、私の前に跪かせたい者の闘志と体力を燃やして尽くす。神に至る力を手にした私にはこんなこともできるの。驚いた?」


 全身が限界を迎え、奨は全く動けなくなってしまったが、それでも確かに奨は生きていた。


「すごいなー奨は。私と戦えるなんて。これで腕輪の力を完全にしちゃったらどうなるんだろう……とても楽しみ」


 春は体の自動修復を行っていたため外見に傷はないが、その分自動修復でテイルを使っているため。自分がどれほど苦戦したかはテイルの減りでよくわかる。


 鋼を倒すのに使ったテイルは3割ほど。それでも鋼の最大保有数の3倍もあるが、残り7割を残した状態で奨と戦っていた。


 しかしもう後5分ほどしか残っていない。平均的な〈人〉が体内に持てるテイルの半分ほどは残っていたが、奨の最後の攻撃も予想が外れていたら今度こそアウト。修復も不可能で死んでいただろう。


「奨……今度は離さない……ずっと、ずっと一緒だからね」


 春は彼らの方に向き直った。

 



 


 ここまでで天城、御門、八十葉は自身に残っていたテイルをほとんど使ってしまっている。今、春と戦える者は存在しない。


「先輩、先輩!」


 奨から反応は返ってこない。動けないほどの体に疲労とダメージを蓄積してしまっているのだ。


 もう逃げる方法はない。そう悟った。


(いや。違う)


 泣き言を封殺して明奈の顔を見る。もう泣いているその顔も愛おしく、ここで失くすわけにはいかないと、明人は思った。


 約束を違えることにはなるが、あと少し、ほんの少し抗うだけのテイルが残っているのは自分しかいないと己を鼓舞する。いずれ渡そうと思っていたデバイスと共に、明奈へと近づいていく。


 御門は明人が何かをするだろうと察し、その時間を稼ぐべく、

「春ちゃん」

 御門が春に語り掛ける。


「そんなことをして莉愛が喜ぶと思っているのかい?」


「もちろん。私には声が聞こえる。倭を統べるに十分な力が集まった、人々の祈りと希望、悲嘆と絶望の集合体の声。その力を手に入れ、私は莉愛先生の復讐と理想を果たす。その先の未来を見れば、きっとお喜びになるでしょう」


 春の思考は、今の人間、そして〈人〉であっても到達できない思考まで高められている。相対する御門は困惑を隠せない。


「さあ、おしゃべりはここまでね」


 春は再び〈惨華〉と構えを取る。繰り出した剣から相手が〈無惨華月〉を使うのは目に見えていた。


 対して、御門も、八十葉も、天城も、次の〈無惨華月〉を防ぐことは難しい。いかに強くても残りのテイルが少なければ何もできない。最強を誇る徳位の〈人〉唯一の弱点と言えるだろう。


「ここまでかなり計画は乱されたけど、最後は私たちの勝ちよ。冠位」






「明奈。いいか?」


 春は少なくとも、御門、八十葉、天城をまとめて討伐するつもりである。和幸も、電池を失くし、何かができるはずもない。故に全員が無事に次の攻撃を切り抜けられない。明人もそれは分かっている。


 それこそ、誰かがここで最後に欠片ほど残ったテイルをすべて使い切らないと、逃げ切れない。テイルを使い切ったら意識が消え植物状態に陥る。それは死と同義だろう。それでも、誰かがやらなければいけないのだ。


 それを、明奈にしっかりと伝える。


 その理由は、言葉にしなくても明白だった。


「先輩……?」


 察しのいい明奈はすべてを悟った。明人が犠牲になるつもりだと。


「先輩、やめて……いかないで……ください!」


 明奈は、奨が倒され、明人まで犠牲になることを認められなかった。耐えらずに涙を溢れさせる。


「今君を守れるのは俺だけだ。なら、俺がやる。君を守るのは俺の役目だ」


「私は、先輩を見捨てるのは嫌です!」


 明奈は必死に反論するが、明人はすでに覚悟を決めていた。後輩が必死に伸ばした手をそのまま握らず、代わりに1つのデバイスを握らせる。


「俺のすべてを託す。ごめんな。どうか、どうか幸せに。大好きな明奈」


 申し訳なさそうに明人は明奈を手を1回握る。明奈は、それでも言い続けた。行かないでと。


 しかし、明人は次の瞬間には微笑んでいた。明奈のこれから先の未来を祝福するために。


 生きる意味も戦う意味も今までないと思っていた。ここまで来たのは間違いなく奨への恩義があるからだけだ。この瞬間は違う。明奈を守りたい。そのこれまでにない強い覚悟が心にある。


 彼女の温もりを感じ、そして向かう決意を固めた。


「和幸、光さん、明奈を頼む」


 明奈の涙をその手でぬぐい、もう片方の手で撫で、そして春の方へと振り返った。






 後ろから聞こえる悲鳴を、自分を求める声を必至に無視して、明人は最後のデータを使うため想像する。たった1度でいい。大きな悪から、彼女を守ってくれる


「いいの? あなたを呼んでいるのよ。あの子が」


 春が剣を構えながら明人に話しかける。


「無駄死にね。そんな望みを持ってるのなら、我が儘に誰かを犠牲にしてでも逃げれば望みはあるかもしれない」


「たった1人の少女しか救えなくても無意味なんかじゃないさ、俺達の存在も。だから俺は必ず彼女を守ってみせる」


「そう。あなたは、いい人間ね。世の中がみんなあなたみたいだったらよかったのに」


 春が剣を振り下ろす。


「させない……!」


 その直前、明人の最期の想像が実体化した。彼に残されたテイルがすべて使われ、目の前に大いなる斬撃からすべてを守る巨大な光の盾が現れる。


「え……?」


 盾の維持のために攻撃が続く限りテイルを注ぐ明人。さすがの春も、まさか明人がテイルをすべて使い切ってまでそれを成すとは思っていなかったのだ。その覚悟を甘く見ていたのだ。


 明人の目の前が徐々に暗くなっていく。


「ここ……までか……?」


 それでもやめない。明人は後ろの明奈が逃げ切るまで十分に時間を稼ぐため、その身が動かなくなろうとも使い続ける。


(悪くない人生だった、自由で楽しくて、最後にいい夢まで見られたからな)


 今となっては遠い未来。明奈とともに生きるという夢はもう叶わなくとも、今こうして本気で命を賭けられることを見つけそうして生きることができたことがたまらなく幸せだった。


 そしてそのテイルが尽きる。最後の時間は十分に稼げた。


 もうすぐ消えようとしている意識、二度と目覚めないだろう絶望を前にしても。最後に後ろを見て、無事に逃げた明奈を確認して明人は言う。


「今まで楽しかったぜ。奨。祈ろう、明奈のこれからが、報われる人生になることを」


 そして明人は、春の攻撃を最後まで凌ぎ、攻撃の消滅と共にその場に倒れた。 


 ――春は追撃はしなかった。とどめは刺さなかった。剣先は向けはしたが、そこでその剣を振り下ろせなかった。


 どうしても、最後に自らの誇りと共に栄誉の死を迎えた彼を侮辱する気にはなれなかった。


「奨が悲しむか。それは私も望まないからね。いい覚悟だったわ」


 ため息をつき、春はその場を後にする。






 後の世で〈源家本領の戦い〉と名の残るこの戦いは、襲撃者の集団、組織名称〈影〉の初陣であり長年準備を進めてきていた彼らの完璧な勝利だった。

 この戦いを機に、〈影〉はすべての〈人〉に宣戦布告をすることになる。

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