第56話 outbreak of war「戦争勃発」
明奈を追うべきか、それとも〈魔界殿〉で苦しむ彼らを守るか。今の奨には究極の選択が迫られていた。
奨は、最も近くにいた春に話しかけ、症状を把握する。
「結構……キツイねこれ。体に力が、入らない感じ」
島全体に及ぶこの結界の中ではいかに襲撃者を迎え撃とうと人員を導入しても、その人員が使い物にならない。
テイルが使われるようになってから、大型の機械は戦争に用いられなくなった。精密機械はかなりの製造コストがかかる。なにより、1人で大型機械を簡単に壊すような凄まじい火力を使うことは当たり前で壊されてしまう。
ではこの状況を誰が助けるというのだ。始まる大規模侵攻を前になすすべがないまま虐殺が起こる。
奨は立ちふさがる襲撃者たちを見る。武器は構えているものの、奨が目立った行動を起こさない状態では仕掛けてこないらしい。目的は明らかに、明奈を追わないように奨を足止めすることだ。
腕輪、という言葉を意識したとき、奨は結界をもう一度観察する。
「しかし……これが悪夢か」
奨は黒く染まった空を見る。そして阿鼻叫喚な地獄と化した世界の人々の悲鳴を聴く。
テイルでものを実体化させたければ、それが現実にあるかのごとく具体的な想像ができないといけない。
つまり、今目の前に広がっている暗黒世界は、瑠美の頭の中に強く焼き付いているイメージであることに疑いの余地はない。彼女は自分の頭の中に、人々が死にゆく世界を秘めていたのだ。
「あるいは、腕輪の呪いか」
他の者に語ったことはないが、腕輪をつけたその日から奨は悪夢にうなされることが多くなった。特に腕輪にある〈惨華〉を使った日はひどく、次に目を覚ますまで永遠に見る。
内容は毎回同じ。助けてくれなかったことを恨んでいるような顔をした莉愛が何度も自分を斬り殺しに来る。師匠の剣技は天下無双と呼ばれた北条一刀流を剣技にて破った神業。叶うはずもない。
そして、奨の心が折れると莉愛は言う。一緒に殺そうと。その後は地獄だ。自分では嫌だと思っているはずなのに、莉愛と共に人々を切断するのはとても楽しい。目が覚めた後、自分がいずれあんな化け物になるかと思うと恐ろしくてたまらない。
「アイツも、もしかするとこの地獄をずっと見せられてたのか……」
奨を思考の中から呼び戻したのは、巨大な爆発だった。迎賓館の2階以上がすべて吹っ飛ぶ。2階からたちあがる煙を抜けて2人の〈人〉が飛び降りてくる。
「いやあ、なかなか骨が折れた」
御門有也が余裕の笑みを浮かべながら天城と共に降りてきた。周りに落ちてきた死屍累々はこの男によるものだとすぐにわかる。
「結界の中で無事だったのか?」
「この程度の地獄、僕の修練の環境と大差ない。まあ、他の者が耐えるには慣れが必要だから倒れるのも無理はないさ」
心底不服だと訴えながら体が動かない天城正人は飛び降りた後もその場であおむけになる。
「クソ……借りができたな御門」
「いいよ、天城君の弱ったレアな表情を見れたし。まずはこの結界を何とかしよう」
御門は3枚の呪符を天に向かって投げる。呪符は自動で浮遊し上空へと消えていった。そして遠くで欠片のような発火の後、音沙汰もなくなる。しかし変化は明らかに訪れた。
「お……」
先ほどまで本当に顔色が悪そうな明人が一転、元気に戻った。そしてそれは明人だけでなく、その場で動けなくなっていた全員に同じ状況の改善が見られる。空の色はそのままで何の変化もないが嬉しい出来事だ。
「御門君、ありがと……」
「光、諸々のお礼は後だ。結界が破られた今、ぞろぞろと腕輪持ちの軍団が来るかもしれない。すぐに動こう」
明人、和幸、光もやることはすでに決まっていた。奨はすぐに1枚の画面を空中に展開する。
画面では源家本領のマップの道を、赤い点が移動している。
「妙だな。連中、方向的には源家本家に向かっているぞ」
奨が調べていたのは明奈につけた発信機の場所。源閃と戦う直前に渡したものだが今も明奈は持ち続けていた。
「行くんだろ?」
明人に確認をとる奨。明人の返事はもちろん肯定だった。和幸と光も、自分の従者を取り返すために追うと。
「なら、街と教育機関での迎撃は僕らがやろう。天城。街側を1人で頼む」
「借りを返せってことか。いいぜ。俺もしてやれられたままじゃ気に食わねえ。だが、街の連中の命は保証しないぞ?」
御門は呪符を8枚出し、光、そしてその周りにいる八十葉家従者と和幸、明人に向けて言う。
「君たちは、大切な後輩を取り戻してこい」
呪符は御門の言い終わりと共に燃え尽きる。直後、道をふさいでこちらを睨んでいた襲撃者のいた地面から巨大な炎の柱が上がった。断末魔が響くがそれも消え襲撃者たちは燃え尽きる。
奨は画面を閉じ、周囲に敵がいないか警戒する。
先ほどまでいたはずの春の姿がない。
(……今は無事を信じるしかない)
奨はそう割り切り、明人の方を見る。
「体は平気か?」
「もう大丈夫だ。奨、急ぐぞ。〈爆動〉を器用に使って行けばまだ間に合う」
明人はすでに銃を実体化させていた。そして和幸も弓を構え気合十分だ。そして光は何も持っていないものの、すでに目が、以前源流邸で新葉家の集団を殺した時と同じく本気だ。
明人の目には怒りがにじみ出ている。これほどまでに強い感情を見せる明人を奨は初めて見た。
「6年前のリベンジだ、奨くん。僕はあの腕輪の男を捕らえて事件を解決する。君は今度こそあの子を守れ」
「ああ。任せろ」
御門と奨はともに1階頷きあい、そして奨は走り出した。明人も息を合わせたかのように同時に走り出す。
「和幸、光さん。俺らについてきてくれ」
現状追うための頼りは明人のレーダーのみ、ただ1つの追跡手段を信じ和幸と光は明人の後ろを追い始める。
「さて」
敵の用意周到さを侮っていた。天城正人は暴れ、反抗する者を殺しつくす数多くの戦士たちを、上空から見ながらそのようなことを思っていた。
駅の方にいた源家の兵は全滅。使えそうな若者は気絶させられたの黒い穴の中へと連れ去られている。
街を侵略している襲撃者は数こそ300程度と少ないがその全員が〈人〉と同じ戦闘力を持っている。さらにそれが連携して攻撃をしかけるので、人間ではもちろん、〈人〉であっても勝利をつかむのは難しい。
(これが1つの国の終焉か……目にすることになるとは、愉快というべきだが、いいもんじゃあねえな)
天城家のオリジナルデータ〈支天〉。今天城正人は何もなしで空中に浮いている。この技と〈爆動〉をうまく組み合わせて使うことで、天城家は空を飛びながら戦うことができる。この芸当が可能なのは天城家とその直系の傘下の家のみ。
そして天城家が得意とするのがもう1つ。テイルをエネルギーそのものとして現実化しそれを操る技だ。形質を変化させ身に纏えば鎧でなくても外からの衝撃や破壊力を相殺するエネルギーとして、打ちだせば破壊のためのエネルギーとして。
手のひらを大きく開き、上空から、迎賓館に近づいてくる野蛮な襲撃者の軍団を捉え、手の平をその蟻のように群がる害虫どもに向ける。
天城正人は手に己のテイル粒子を変換して作成した、身長と同じくらいの直径を持つ黄色で熱を伴う球を生成する。
「足掻けよ? この程度を防げないなら、俺と戦うには100年早いってことだからな?」
生成したエネルギー弾を解放する天城正人。次の瞬間、エネルギー弾は弾け分裂し、300以上になった隕石のごとき光撃が降り落ちる。その狙いは島に上陸したすべての襲撃者を狙い、自動で追尾する。
天城正人の攻撃は単純に攻撃力が高い。シールドは突破され、攻撃で相殺することもできない。結果、天城正人のたった1撃によって300人の街の制圧を始めていた襲撃者の数は、70程度まで減った。230人もの襲撃者を一瞬で滅ぼしたのだった。
「天城様! 援軍がきたとの報告が! 数は今度は500人です!」
「なに? あのクソジジイ! いったい何人連れてきてんだぁおい!」
天城はため息をつく。直後、狂喜した。
「あの爺。俺らを本当に殺す気らしいな。俺らがテイルを使い切るまで粘るつもりか?」
天城は新たな援軍のもとへと飛翔する。
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