第49話 unwanted contract「協力契約」

 連行された先は、1か月ぶりの迎賓館。以前卒業式で訪れた部屋の中には多くの〈人〉達が存在していた。その中には八十葉光や天城正人の姿もある。


 そして、源鋼もまた、源家の代表としてこの場に姿を見せていた。明人は周りを見る。そして、浮かない顔をしている明奈の気分が少しでも軽くなるように話しかけた。


「周りにいるのは、御門家の戦闘兵だな」


「皆さん、御門様と同じ呪術というのを使うのですか?」


「そうだな。俺達が何をしようと逃がさないために多彩な術の使い手を集めて部屋を囲んでるんだろうな。ああ、でも、光さんの周りにいるのは八十葉家の近衛だろう、天城は1人なのかな?」


 もちろんこのような話で気分が軽くなるはずもない。


 一方で奨は源鋼に訊く。


「次期当主は元気か?」


 挑発のつもりはない。もはやヤケになっているというのが正しいだろう。鋼は迷いなく淡々と問いに答えたのは、特に隠す理由がなかったから。


「今は病室で療養中だ。お前に撥ね飛ばされた腕の代わりの義手も用意しなければいけないからな」


 数日が経った今でも奨に怒りを向ける様子はなかった。


 和幸のもとに近づいていく〈人〉が1人。


「てめえ、反逆軍の野田和幸だな。殺してやるから喜べ」


 天城正人に恨みを持たれている理由は和幸も承知している。


「あんたの所の奴をぶっ飛ばしたのは悪かった。でも俺からじゃなくて、お前の所の奴が殺しに来たから防衛しただけだ」


 和幸も正人に生意気にも言い返す。もはやこちらもやけくそになって、今のうちに言いたい放題しておこうという魂胆。


 怖いもの知らずとなりいろいろ言う2人を見て、従者である明奈と聡はこれ以上生意気なことをやめた方がいいのでは、と心の中で思ってしまう。態度によっては刑が軽くなることだってこの時代でも皆無ではないのだ。


 そんな2人の思いは完全に無視され、往生際の悪い減らず口は続く。


「お前が人間のくせにウチのもん撤退に追い込んだから、俺らがどれだけ隣の他の連中に舐められたか。死刑だ死刑」


 ここで座っていた光が口を開く。


「正人。あんたの所のいざこざは、話が終わってからにして」


「はあ?」


 不機嫌そうに光へ睨み返すが、近くの御門がわざとらしくため息をして困った顔をする。正人は舌打ちをして一度引き下がった。


 周りを人に囲まれて、それでもなお委縮することも敬意を持つこともない捕縛者たち。


 通常であれば、情状酌量の余地なしとして即極刑もおかしくないのだが、御門から出たのは刑の話ではなかった。


「君たちを捕まえたのは実は、閃君を殺す寸前まで追いつめたことへの罰を下すためだけじゃないんだ」


 奨は全面的に信用していない。


「源閃と俺が戦い、俺が生きて戻ったことが誰かに知られれば、それは〈人〉が管理する社会において、冠位の家の威光に陰りが出る。お前らの立場も世論的に危うくなるだろう」


「そんな悲観的にならなくてもいいだろう? 仕方ない。予定とは違うが、まずはその心配から取り除いていこうか。でも君ぃ、若いのにそんなネガティブじゃ生きてて大変だぞ?」


 この場で話をするのは主に御門だけのようでで、従者たちは一切部屋で待機をしている他の戦闘員は口を開かずただ奨達を監視していた。


 御門は数枚の契約書を奨達に見せる。


 現代で一般的に使われている契約は呪術契約と言い、3代前の御門家当主が開発したものだ。契約書を呪符とし契約にかかわるすべての人間がテイルを注入ことにより効力を発動。契約違反をした者は心臓を破裂させられる呪術を掛けられる。


「よく読んでもらえば分かると思うけれど、ここには君たちの今後の処遇について書かれている。取引だ。君たちも力を貸してほしい」


 契約の内容は、襲撃者に関する捜査への協力と事件解決後は八十葉家か御門家、反逆軍のいずれかに所属し以後、管轄地域の保護をうけること。簡潔にまとめればこのような内容になっている。


「俺としてはお前らの処遇が納得のいかない話なんだが」


 天城正人が文句を言ったが、それを光がたしなめる。


「でも今回は余計な問題が出ないよう妥協案で済ます。それは貴方も分かっているはずよ?」


「まあな、お前の出した破格の条件も俺としては魅力的だったし、今回は諦めることにするけどよ」


 奨達が関わる契約は、先ほどの内容で終わりだったが、そのほかにも契約書にはかなりの文面が書かれていた。


 そのうちの1つには、今回の契約において、八十葉光がこの島に残る源家の子供たちを売る際に、天城家に優先的に譲るという契約も入っている。代わりに天城は今回の奨達の不問の件にこれ以上口出しはしないということ。


「光。お前、随分と奴らに入れ込んでるんだな?」


「前にボディーガードをやってもらった時から、私の手元に置いておきたいって日頃から思ってたのよ」


「まったく、親人間派の考えは度し難いぜ。有能な奴を使うこと自体はいいが、連中は奴隷だろう?」


 明人と奨も口をそろえて、手元に置いておきたいは本気だったのか、と驚いている。そして当時光が予言した通りになっている自分達が恥ずかしくなったののか、明人はうなだれていた。


 一方で、そんな背景を知るはずのない和幸からはまっとうな質問が飛び出す。


「俺達に何をさせようってんだ?」


 それもすでに決まっているようで御門が即答。


「奨君と明人君にはちょっとした実験に付き合ってもらうつもりだ。腕輪と長く付き合ってきた君たちなら、僕らの見落としている何かに気づくかもしれない。君はとりあえず戦力としてかな。来たる襲撃者たちの本格戦争を前にね」


「本格戦争だと……?」


「徐々に向こうのやることが過激になってきている。人間の若者が誘拐される数も増えている。そのうち、連中は大規模な誘拐作戦を行うだろう」


 そして御門は残りの明奈と聡にも命令を下す、と思いきや。

「君たちは最初別室で待機だ。実験は余計な人に見られたくなくてね。しばらくは待っていてくれ」

 と言われる。


 つまりこの後、明奈は暇になり、さらに主の手伝いもできないということになってしまった。明人のサポートをしようと思っていた明奈は拍子抜けし、どうすればいいか分からなくなってしまう。


「じゃあ、私とお話しましょう!」


 そこに1人、嬉しそうに立候補をする光。


「これからあなたは私のものになるのだから、いろいろとあなたのことも知っておきたいわ!」


 最初部屋に入ったときの威厳はどこへやら。光はおもちゃを得た子供ように大はしゃぎしていた。


 奨は明人を見る。うなだれていた明人だったが、恥ずかしさが去った後は浮かない顔で話を聞いていた。


「明人、悪いな。お前のことだ。〈人〉のところに所属することになるのは、あまりいい気分じゃないと思うが」


「いいって。死刑じゃないだけマシだ。明奈が無事なら、俺はそれでいいんだ」


 奨と明人は契約書にテイルを注ぎ込む。そして和幸もテイルそ注ぎ、契約者全員のテイルを注入された契約書は燃え、契約者全員に印を刻み込み消えた。


 奨達は〈人〉である御門、八十葉、天城の元に実質的に囚われてしまった。

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