第43話 I say "I love you"「覚悟と告白」

 和幸がメディカルケア室と言ったその部屋は、会議室と隣とは思えないほど様子が違う。部屋はシルバーの鉄壁に覆われ、大きな機械を隣にするベッドが何個か存在する。


 その中の1つで奨は横になっている。目を閉じ、時折痛みで唸っている。心配された後遺症はやはり発生していた。


 倒れてから2日。明人は腕輪の機能を停止させるため、現在もセキュリティを破るために腕輪にコードを繋ぎ、電子画面とにらめっこしながらキーボードをたたいている。


「……ちっ」


 これまでにないほどかなり機嫌が悪い。時折飴を舐めながら、エラーが出たら罵詈雑言を画面に吐き続けている。


 明人は特に時間との勝負で焦っている。本人が〈人〉になるのは嫌がっているからこそ、変化を始める進行度50パーセントに到達する前に腕輪の軌道を止めなければならない。


 その事情もあり奨の看病は明奈の仕事になる。夜などは和幸が代わるものの日中は、ベッドで苦しむ奨の汗を拭き奨が吐き出した血の処理をし、目の前で苦しんでいる師匠の姿をしっかりと目に焼き付けている。


「明奈、辛かったらいつでも休んで」


 明人の配慮に首を振るのは、奨の現状に責任を感じているからだった。


 なぜあの時源閃のところまで素直に連れていかれてしまったのか。あの場でなんとしてでも逃げ出すのが正解だった。たとえ警戒されていたとしても春と歩いている時点で行動を起こすべきだった。


 結局自分が判断を間違えてしまったからこの惨劇を起こしたことになる。明奈はそう思っていた。


 恩人をここまで苦しめる結果になった、自分の無力を恨むしかない。そして愚かさを恨むしかない。


「先輩……」


 再びうめき声を発し、口を真っ赤に染めた奨。そしてそれを聞きまた心配そうな顔になる明人。


 明奈は2人がもし落ち着いたら、しっかりと謝ろうと心に決めた。嫌われるのは怖かったが、2人が好きだからこそ、謝罪はしっかりしなければいけないと思った。


 明奈は奨の手を握り目を閉じた。その手もひどく傷ついていて、それを感じた明奈は目を細め黙り込む。


「これで、10回目だ」


「え……?」


 明人の言葉の意味が分からず困惑する明奈。明人はすかさず説明を始める。


「この部屋に来てお前がそうしたのはこれで10回目だ。1回休んできなさい。ずっと看病していただろう」


「でも、先輩も不眠不休で作業をしています。私が、先にお休みをいただくわけにはいきません」


 明人が困った顔をしても、明奈はその場から動こうとしなかった。


「私のせいで奨先輩がこうなったんです。だから、私は、許してもらえるためなら、なんでもします」


(……自分を責めているのか)


 明人は我慢が出来なくなり、ハッキングを続けていた手を止める。今の明人は残念ながら感情を抑えられる状態ではない。


「先輩?」


 明奈の手を取り部屋の外へ。明奈は明人が何を考えたのか全く予想できなかったものの、その手に抗わずついて行く。


 部屋の外で待機していた和幸が、

「まだ交代には早いんじゃないか?」

 と疑問をぶつけるものの、明人は隈のできた細い目で和幸を睨む。


「俺の今までの努力がぶっ壊されないように、維持だけしといてくれ」


「そんな無茶な」


「うるせー、俺は今とってもそれどころじゃないんだよ」


 既に徹夜を続けている現状、とうとう頭がおかしくなったのか。和幸は、まあ仕方ないか、とつぶやき奨のいる部屋に入っていく。聡は主である和幸について行きサポートに回った。


 今、部屋には明人と明奈が2人。


「先輩……?」


(私のせいなのに、その私があんな顔をしたことに、怒ってるんだ。ああ。そんなことも気づかないなんて、やっぱり私、愚図なんだ……)


「……その、いずれ謝ろうと思って。今は奨先輩の治療に集中すべきかと判断しまして、その」


「謝るってのは、何にだ」


 明奈を見るその目は、いつになく真剣なものだった。


 明奈は普段は自分に向けられない顔を見て、何を言えばよいのか分からず黙りこくってしまう。


 このような状況は、明奈にとっても教育機関に居た頃に何度かあった。教育係に迫られ、自分の罪を認め、反省をするよう厳しい言葉を投げられるのだ。


 それでも嘘を言うのは良くないと思い、明奈は今の自分の思いをしっかりと言葉にする。


「私のせいで奨先輩も明人先輩も死にかけました。ごめんなさい、私のせいです……! 本当は、こんなことにならないようにって、頑張ろうって思ってたのに……結局、お2人にまた、迷惑をかけてしまいました」







 明人は思う。目の前で泣きそうな彼女を見て。


(泣きそうな顔だ。そんなつもりはなかった)


 責めているのではない。師匠が未熟な弟子を守るために命をかけるのは当然のことだから怒っているつもりはなかった。


(否、そんなことはないかもしれない。無理矢理連れ出してるし、俺だって怖い顔になっているんだろう)


 事実。こうして、尋問のように明奈と向かいあっている。


 明奈にとって怖いに決まっている。


(それに俺は怒っているのは間違いない)


(でもそれは明奈が自分を責めている今の状況にだ)


 どうして彼女が泣かなければいけない。

 どうして彼女が謝らなければいけない。

 まだ彼女は13歳だ。自分より3歳も年下で右も左も分からない子供なのだ。

 失敗を責める必要なんて誰にもどこにもない。

 こうして無事に隣に居てくれるだけで嬉しいのだから。


(だから、役に立てなかったと、泣く必要はないんだ)


 必死に涙をこらえている顔。本当にそんな顔は見たくはない。


 一目惚れをしたのは彼女が笑っているところを見てだった。


 それくらい、彼女が笑っているのが好きだ。なのになぜ彼女を泣かせようとしている?


(俺は、俺のせいで彼女が負った傷をどうすればいい?)


 奨みたいに、俺は格好よく人を導けない。八十葉光みたいに、人の心を動かすほどのカリスマはない。


 それは自覚している。


(……すぐにとは言わない。いつか必ず主と従者ではなく。仲間として笑いあえるような関係になりたいと願うなら)


 それを、この場でしっかりと言い、そして行動を起こすべきだ。自分の思いを、言葉にして、行動で示すべきだ。


(せめて、せめて俺と奨のことで、悲しまないでほしい。役に立てなかったことを悔いないでほしい。もっと我が儘でいいし甘えてほしい。君とどんな形でも、もっと遠慮のない関係になりたい。それだけは確かな本心だ)






 明奈は怒られる気、もしかすると怒りから罰が下されるかもとまで恐れていた。しかし、返ってきたのは、明奈にとっては単刀直入に言って、明奈からすれば理解不能な返答だった。


「俺も、きっと奨も、君は恨んでいない。むしろ感謝してる」

「でも、私のせいでお2人に痛い思いをさせてしまいました!」


「それは明奈のせいじゃない。俺達が望んだことだ」

「でも……私が捕まらなければ、私を放っておいてくれれば、先輩たちは」


「怒るぞ。もう二度と、放っておいてくれれば、とか言うな」

「でも……でも。私、今まで先輩にいっぱい良くしてもらったのに、助けてもらったこともあるのに、何の恩も返せていません! だから、こんな時ぐらい役に立ちたかったのに。何か恩返しがしたかったのに」


「俺はもう、これまでにないほどの大きな恩を君に貰った」

「私は本来、先輩たちの従者で、なのに私はこんなに、先輩たちと一緒に居て、頂いてばかりで。だから、わたしこそこの幸せを、恩と感じているんです」


「それでも、一番の恩をもらっているのは俺なんだよ」

「そんなこと、私は」



「俺はたった1人生き残って、奨に拾われて旅をしてきた。ずっと死を隣り合わせの旅だった。奨の目的を果たすために、必死に戦ってここまで来た」


 その独白は、頭で一文も考えてもいないはずなのに、自然に出てきた。


「それは俺の生きる目的じゃない。俺はあの時からもう帰る場所も本気で生涯をかけて叶えたい夢もない。でも今は、もし奨と俺の生きる道が違えて、2人の旅が終わったら、命を賭けて叶えたい夢ができた」


「夢、ですか……?」


 ぽかんとした顔で明人を見る明奈。明人は今から言う内容が恥ずかしく言葉にしづらいと思ったものの、明人ははぐらかさない。


「俺は、君が好きだ。だからこれからも、たとえ奨と道を違えたとしても、君と一緒にいたい」


「え……?」


 好き。


 源家の図書室の中の何かの本でしか、ストレートにその言葉を伝えたところを見たことがない。明奈にはその言葉があまりにも鮮烈だった。


「だから俺は君を守りたい。俺がそう望んでいるからこそ、君が危機になったら何度でも助ける。俺がそう望んだから。迷惑をかけあいながらでも一緒に生きよう」


 好きだ。


 頭の中で繰り返し響く意外過ぎる明人の告白に、明奈は頭をいっぱいにされた。


 しかし嫌と言うわけではなかった。むしろ、自分に好意を持ってくれていることがとてつもなく嬉しかった。


 それは本当に、

「明奈……?」

 うれし涙を流して、明人を困惑させるほど。


「ああ、俺、何かひどいことを」


「いえ、いいえ! その、私にはもったいないほどの光栄です……先輩!」


 なぜそれが嬉しいか、明奈に自覚はなかった。それでも明人からの重い好意をとても嬉しく感じるほどには、好意を持っていることに間違いなかった。


「先輩……分かりました。私ももっと先輩の仲間になれるよう努力します。自分をもっと大切にします! どうかその夢を私にも叶えさせてください」


 明奈はこの時、初めて、心が弾むという感覚を味わった。







 明奈の表情も晴れ、明人もご機嫌にキーボードを素早く叩く。再び交代した後の明奈と明人を見て、和幸はやや怖いほどの雰囲気の違いを感じ取り、言葉を失う。


 奨の容態もそこからみるみる回復し、腕輪を強制停止が叶ったのはそこからわずか3時間後のこと。


「何かあったんですかね……?」


 聡の問いに、主である和幸は答える。


「イチャイチャしやがって。全く」


「そうですね、僕も、何年も一緒に過ごしてきましたけど、彼女があんな生き生きとしているところ、初めて見ました」

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