外伝3-17 天城家領での潜入作戦

 天城家本家領内。


 広大な林の中に用意された、山奥の宿泊場と戦闘訓練場。


 宿泊場は温泉街にあるようなホテルのような内装、個室は和室と洋室の2室と洗面場があるそれなりに良い部屋がある。そして1階にはバイキング会場があって、お風呂も温泉、さらに宿泊場専門の従業員がいるとなれば、もうそれでお金がとれるだろう。


 しかし実際に宿泊するのは、天城家の一部の人間だけだ。ホテルの周りは森に覆われている。そこに至る道もなく、この辺り一帯は結界も張られていて、外部の人間がたどり着くこともできない以上、一般客が来るのはあり得ない話だ。


 宿泊場の近くには、見晴らしの良い戦闘訓練場がある。


 ここまで言えば分かる通り、ここは戦闘訓練を行う合宿施設ということだ。


 この場にたどり着いた者は昼間に厳し修業を行い、夜にその体を癒すという日々を送る。


 聡が〈影〉の一員となってから2年。


 今、聡はこの場所にいた。先輩である陽火と共に。


 所謂潜入作戦である。目的は以前も話があった通り、天城家への先制攻撃を行うため。


 まずは天城家の傭兵として半年戦い、その後実績を認められることで正式に天城家の構成員となった。


 天城家派実力主義を掲げる筆頭の領地であり、人間であろうと〈人〉であろうと有能な者を優遇して、無能を切り捨てる社会を築き上げて続けている。


 当然、あらゆる面で優秀な素質を持つ〈人〉の方が優遇されていることが多く、一見すると人間を蔑ろにしているとも見ることができるため、親人間派の他2家とは一線を画している。


 それでも徹底した実力主義のこの領では、中には人間が一地方の領主を務めているところもあり、親人間派を謳う八十葉家でも見られないその光景が、人間側からすれば、よくも悪くも正直な領地として一定の評価を受けている。


 そのような社会の中でも、〈人〉になり厳しい訓練を受けてきた陽火と聡が後れを取ることはなく異例の本家構成員へ昇格を叶えるだけの成果をあげることは容易かった。


 そして今、1か月後に控えた本家戦闘員になるための最終審査へ向けて、天城家からの使者と共に審査に向けた修業を行っているのだ。





 戦闘訓練場で爆発が起こる。


 幾度も。幾度も。しかし襲撃ではない。


 女性2人と男性1人が訓練場の端でベンチに座り、見つめる先で繰り広げられている戦いをよく見ている。


 女性の内1人は陽火だ。2年前に比べ紅い焦げ茶の長く伸びた髪はそのままに、燃えるような色に似合う凛々しさを増した女性となっていた。


 しかしそれをいうのなら隣の女子も負けてはいない。


 ポニーテールと整った顔、領内では美人だと噂されるが、その一方で禍々しい黒赤の光を帯びる剣を振るう姿から、次期当主の弟、天城来人てんじょうらいとの一番剣になるだろう言われている剣術少女。


 その名前は季里きり


 そしてその2人の近くにいるのは、2人の師匠を務める天城家幹部戦闘員、天樹俊人あまぎとしひと。どんな所でもワイシャツと青のスラックスを着ているため、それだけでこの人在りと分かりやすい。


「今日も酷いもんだな……」


 その師匠のぼやきは戦闘場で戦闘訓練を現在進行形で行っている2人を見てだ。


 陽火は、2か月ほど共に過ごし、今や友人のように話しかけられる隣の季里に、師匠のボヤキに関連するつぶやきをした。


「おばあちゃん。今日はいつにもまして気合入ってるね」


「うん」


 対して季里は、戦っているうちの少年1人を目で追っていた。


 陽火は男の子を見つめる可憐なお隣を見てからかいたくなり、ほっぺをぷにっと引っ張った。


「ふぅ、にゃによ」


「そんなに彼が心配なのー? 本当に相思相愛ね、貴方たち」


「相思相愛じゃない。相棒を心配するのは普通でしょ?」


「そんな目には見えなかったわ」


 厳しい訓練をこれまで乗り越えてきた2人はそれなりに仲良くなってきている。最近は相部屋で隣どうしで横になり、どちらかが寝落ちするまで雑談にふけることも多い。


 陽火にとっては初めての友達らしい相手ができて、それなりにそれが楽しい日々だった。


「そろそろ休憩しないのかな……?」


「おばあちゃん、男には厳しいからねー」


 そのおばあちゃんなる女性。天樹トメ。齢150、それでも現役の天城家幹部戦闘員。


 天城家本家より、本家の〈人〉を含めても、天城家で10本の指に入る最強戦士の1人。


「あんたたち! もうへばったのかい!」


 今もおばあちゃんと評すには失礼だと思ってしまうような見事な肉体を披露し、目の前で倒れている2人に檄を飛ばす。


「が……うぁ」


 倒れているうちの1人は聡だった。


 男子3日会わざれば刮目して見よ、という言葉が倭にはあるが、2年の時を経て、聡の体はかなり逞しくなっていた。2年前の元師匠、野田和幸に匹敵するレベルだ。


 しかし男らしさなら隣で、

「があ……このクソばばぁ……2人でかかってるのに」

 と大っぴらに悪口を言う彼の方があるだろう。


 オールバックにした髪型はトレードマーク、目つきは良いとは言えず、それなりに仕上がっている肉体と所々にある傷、そして目に見えなくとも、獣のような猛獣のような覇気を纏っている男。


 季里の相棒である彼は、天江昇あまえのぼるという名前だ。


 婆と呼ばれお気に召さなかった師匠は、弟子に追加の一撃、渾身のげんこつを食らわせる。


「ぐああ」


「あんたも頭が悪い子だねぇ。あたしゃ永遠の16歳だと言っているだろう」


「その見た目で16とかありえな」


 もう一撃。


「うわあ」


 何とか立ち上がろうとしていた昇は、その2回の攻撃を受けて再び崩れ落ちる。


 その様子を見ていた聡は、昇の健気な時間稼ぎもあり再び立ち上がった。トメもそれで満足したのか、

「ほう……根性がついてきたじゃないか」

 とつぶやきながら昇に更なる厳しい言葉を浴びせた。


「昇! 何寝てんだい! 男ならしゃんとしな!」


「無理いうな……」


 昇の言うことは間違いではない。現在1時間ぶっ通しで体術の訓練をしている。訓練と言うがトメとの喧嘩である。そして止めは健気に2人を相手に圧倒的な武をもって叩き潰しづけているのだ。


 聡も昇も体は既にボロボロ、ちなみに止めは無傷でぴんぴんしている。


「女の子が見てるだろ! 情けない面を見せるんじゃないよ」


「くそ、のうのうと言ってくれやがる……」


 陽火と季里の関係と、昇と聡の関係はよく似ている。この2人もこれまでの厳しい修行の中で絆を育んできた。むしろ、師匠となっている人が厳しい分、厳しい試練を乗り越えてきた分その絆も深くなっているというものだ。


「昇! 大丈夫か?」


 聡の呼び声に昇は必死に体を起こして答える。


「お……う! なんの、まだまだぁ」


「行くぞ!」


「ああ、聡! 行くぜクソばばぁ!」


 今日は必ず2人で1撃は入れるのだと、ホテルの中で誓い合い、多くの作戦を立ててきた。朝ごはんも2人で共にして、ここまで備えてきた。


 作戦はここまで全て叩き潰されているが、それでも、その2人の友情の誓いは消えない。


「うおおおお!」


「はぁあ!」


 もはや意地で立ち続け、戦おうとする2人に、少し笑みを見せたトメ。


「いいね……男になってきたじゃないか! どんどんあたしの胸を貸してやるよ」


 無慈悲にその気合を圧倒するその顔は、慈悲深い笑みを見せていた。






(ああ。楽しい)


 自分も反逆軍に入っていたら、こんな日々があったのかもしれない。もしそうであれば、どれほど良かっただろうか。


 今、それを実感している。


(でも……)


 その日々はもうすぐ終わる。


 〈影〉として戦わなければいけない日が来る。


 上層部からの秘匿通信で来た命令には『試験の日に襲撃が決まったわ。あなたたちは誘拐班に合流して援護して』とあった。

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