外伝3-2 楽しい〈影〉生活?

 そこは敵地。源家を滅ぼした〈影〉の本拠地であることに違いはない。


「2人にはしばらく私が教育係として、〈影〉のことをいろいろ教えてあげる」


 源家に居た頃と同じ笑顔で、同じ口調で、同じ雰囲気で、闇堕ちの雰囲気が全く感じられない優しい声の音色が、今、聡と華恋にとっては恐ろしいもののように思えた。


 華恋が目を覚まし、春が先ほど聡とほぼ同じことを言い、華恋も聡とよく似た反応を返した後、春は一度、準備があると、2人を置いて部屋の外へと出た。


 逃げよう、という提案は双方しなかった。ここがどこかも分からない。部屋の外に行ってもどちらに行けば逃げられるのか分からない。その状態で逃走という反抗的な態度をとっても無意味なように感じたのだ。


「明奈……大丈夫かな」


 華恋が唐突に口にしたのは、置いてきてしまった明奈のことだった。


「きっと、あの子だけは、優しい2人の師匠に可愛がってもらえていればいいけど……」


「そうだね。でも僕らだっていつか」


「無理だよ」


 華恋は俯いて泣きそうな顔で呟く。


「私なんて数ある人間の1人に過ぎないから。私が誘拐されたら、光様だってもう死んだものだと思ってすぐに忘れてしまうわ。きっと」


「そんなこと……ないよ!」


「あなたは、まだきっと可能性はある。和幸さんにとってあなたは弟子だった。だけど、私は違う。私はただの部下。そん次期ご当主様のような方に覚えていてもらえるほどの存在じゃない」


「でも……」


「逃げたくないわけじゃない。だけど、逃げたところで、私、生きていけるのかな」


 華恋の寂しさを伴った声に答えられる言葉を、今の聡は持っていなかった。


「ごめん。今そんなことを言ってもしょうがないよね。もう、大丈夫」


「いや。僕も軽率だった。そんなことないなんて言っちゃって」


「暗いことばかり考えちゃだめだよね。一緒に頑張ろう」


 聡が頷くと同時に扉が開いた。


 春が戻ってきたのだ。


 聡と華恋はつい敵の襲来と同じくらいの警戒度で身構えてしまう。


「その態度は傷つくなぁ。私、一応前も教育係だったじゃない。それにさっきも言ったけど、私、あなたたち2人をどうにかしようなんて思ってないのよ?」


 春の手には、二着の服が抱えられている。それは一見して春の着ているものによく似ていることが窺える。


「上着だからその上から着てね。出かけましょう?」


「出かける……?」


「まずは、私たち〈影〉についていろいろ教えておかないとね? まずはアジトを案内しながら、〈影〉という組織についていろいろと説明しておこうかな」


 与えられた上着を着用した2人が、


「すごい似合ってる……!」


 嬉しそうに笑いながら手招きする春に2人はついて行く。




 扉を出た先、2人は最初自分の目を疑った。


「これは……?」


「すごいでしょう」


 そこは確かに街のようではあったが、木製の巨大な海賊船、そして倭の街並みとは思えないような建物や道が数多く存在する。建物も床も基本的には黒単色で、所々に緑や青のラインが入って彩りを表現しているのが特徴だ。


 その建築様式も倭のものというよりは、海外の建物に影響を受けているような印象を受ける。


 海が近いのか潮の香りが漂っていて、少し歩いたところで湖と言っても差し支えないほどの大きな水辺があり、船も止まっている。


「一応行っておくけど、ここも倭よ。別に海外に来たわけじゃない。ここは、関東区域を支配していた旧北条領南部にあった巨大なテーマパークの跡地で、長い間手を付けられていなかっところを改装して造られた、〈影〉のアジトの1つ」


「え……?」


「たぶん私たちのイメージは、どこか薄暗いところに隠れ住んでいるようなドブネズミみたいな印象を持っているかもしれないわね。まあ、一部ではそれは合ってる。各地にある活動用のアジトは地下や山のトンネルの中にあることも多いからね。でも、こんなふうにちゃんとした街のような形をした拠点もいくらかはあるのよ」


 春が向かっていく先は、水辺に泊まっている大きな豪華客船らしい。


「ちょっと広すぎて、久しぶりに来ると道に迷いそう……」


 そうは言いながらも特に行き止まりにぶつかることはなく歩き続ける。


 その途中、聡と華恋は、向かい側から、1人の〈影〉の隊員と面識のある子供1人とすれ違う。


「……27番?」


「そうだね」


 自分達の他にも源家領で源家に育てられていた子供の多くが囚われていることが窺える。


「お疲れ様でーす」


 春は隊員に挨拶をする。


「これは、春様。数年にわたる任務、お疲れさまでした」


「あれ、ばくくんのチームメンバーでしょ貴方。私のこと知っているの?」


「むしろそれはこちらの台詞です。よく一般兵の私を覚えていましたね。こちらが覚えているのは当然、6人いるチーフの1人であり、我ら〈影〉の最高戦力の1人となれば」


「敬語はいいのよ。別にさして年齢は変わらない。もしかするとあなたの方が上かも?」


「年齢の話じゃない。階級が違いますからね。一応僕らは春さんたちのチームの味方ですし、悪態をつく理由もない」


「それねー。なんで同じ組織の中で内部構想があるのやら」


「一枚岩の組織なんてありませんよ。この世のどこを探してもね」


 愛想よく遠慮なく話している2人は、まるで学校での友達を話しているような、それこそ華恋や聡が源家でばったりと出会った後、なんとない会話をしたのと同じような雰囲気。


 秘密組織に所属する2人とは考えられないようなラフなものだった。


「22番だ」


 そして向こう側の同級生が華恋に話しかけた時も、春と話をしている男は止めなかった。


(意外と必要ないところでは寛容なのかな……?)


 華恋はそんなことを思いながら対応する。


「大丈夫? 63番……名前があったら、知らないので勘弁ね」


「この人に呼び名はつけてもらった。千晴だって」


「へえ……私は華恋よ」


「春さんにつけてもらったの?」


「これは、光様にね。どうやら春さんはそれでいいみたい」


 聡は華恋と話している旧67番、千晴がぱあっと明るい顔をしていることに疑念の意を抱く。


「随分と、嬉しそうな」


「ええ。楽しいわ。ここでの生活は。私を雇った今居家の扱いに比べたら天と地ほどの差よ。自分の部屋があって、3食しっかり食べられて、自由に勉強できる時間もくれる。訓練は厳しいし、嫌なことはあるけど、私は、その、悪くないと思ってる。源家の時と同じくらいに」


 楽しい。


(嘘だ……)


 聡も華恋も驚きのあまり言葉を失う。囚われの身であるのに楽しいというのはどういうことなのか。


「……春さん。もしかして彼ら」


「ええ。まだ起きたばっかりなの。私たちのことを知ってもらうのはこれから」


「そうですか。ならその反応も無理もない。では、これから忙しいでしょう。呼び止めてすみません」


「気にしないで」


「行こうか、千晴」


「はい。じゃあまたね。今度はゆっくり話をしましょ」


 〈影〉の男と千晴は、華恋と聡の進行方向と逆へ歩いていく。


 春はその背中を見届けながら言った。


「〈影〉の子供にはあんな風に、隊員がしばらく一緒に、教育係としてつくのよ。あなたたちには私。あの千晴って子にはあの人。それで、必要なことを全部教え終わるまでは一緒に行動する。いわば初期研修ってやつね」


 春もまた再び歩き出す。聡と華恋はまた、それについて行った。


 その頭の中は先ほどの千晴の態度について考えている。


 マインドコントロールや洗脳をされたのか、はたまた催眠にでもかけられているのか。誘拐された現状で『楽しい』という言葉が出てきたことがとても不気味だった。


「……〈影〉は、〈人〉の世を終わらせるための革命軍。少なくとも私はそう思っている」


「革命。つまり多くの血を流すつもりだと……?」


 華恋の小さな質問に春は迷いなくうなずいた。


「ええ。きっとそうなるでしょうね。源家でやったみたいに。だけど、それは各地で非道な目にあう人間を救い、人間にとって素晴らしい世を築くため。だから、誘拐した人間には本当にちゃんとした環境を与えて、〈人〉どもとは少しでも違うということを実感してもらいたい。まあ、自分達に協力してもらう戦闘員にしているあたり、連中と同じになっちゃってるのは――馬鹿な話だけどねぇ」


 春は大きくため息をつく。


 しかし、自分についてくる2人の心配を和らげるためか口は止めなかった。


「まずはこれから行動をよく共にするだろう仲間に会って貰おうと思ってるの。今から向かうのはいつもの集合場所なのよ

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