外伝2 エピローグ 1/3 別れの時

「これより地下道へと向かう! 皆、はぐれずに、先導する井天と前を行く人間についていけ! 行くぞ!」

 しばらく経ち、東堂の声に従い、人間たちは移動を開始した。

 その中で東堂と夢原、吉里、そしてレオンと数人のアジトメンバー。そして昇と彼に肩を貸している友達2人、季里と明奈はその場に残る。

 そこで横になっている壮志郎と内也を囲んでいる。

「……壮志郎……」

「やばい……眠い。隊長……時間がもうないかも」

「行かないで……。もう、君まで私を置いてかないで」

「そのつもりはなかったんすけどね……。すんません。……格好悪いっすね」

「そんなことない。あなたは、本当にヒーローだったよ」

「へへ……嬉しいな……!」

 2人の保有テイル粒子はもう0に近い。今も減少を続けていずれは0になるだろう。

 このままいけば、きっと2人の意識は永遠に闇に葬られることになるだろう。そして体は生きていても、二度と目覚めることはない。

 それは、実質的な死亡と同じ。医療に携わる者は、基本的にそうなった人間の治療は諦めている。

 この場に居る全ての者を生かした英雄だけ、無事に帰還することを許されない現実に、昇も、林太郎も如月も、季里も、決して心穏やかにその結末を迎えることはできない。

「まあ、そう、暗い顔すんなよ……」

 壮志郎が昇に語り掛けた。

「俺が助かってあんたが死ぬとか、違うだろ」

「そんな事、ないっての。俺は、お前を信じた。お前は、それに応えた。お前は、いいヤツだ。会えてよかった」

「そんなこと言うなよ!」

「何、辛気臭い顔してる。お前は勝ったんだから、胸を張れ! 良い顔で、外へ行け。戦いに犠牲はつきものだ。それが今回は、たまたま、俺と内也だったって話だ。俺達は少なくとも、お前らが良い顔で行くことを、望んでる」

「……ありがとな」

「ああ。……そうだ、壮志郎の友達の2人」

 壮志郎は次に、林太郎と如月に言った。

「お前ら、反逆軍に憧れてるって、言ってたな」

「え、はい……」

「なら、頼みがある。俺らの代わりになってくれよ。夢原隊に入ってほしい。まあ、……すぐにとはいかないだろうけど。でも、隊長、ああ見えて、寂しがりやだから。見知らぬ奴よりは、すこしでも縁があった方がいいと思う。隊長……どうでしょう?」

「……壮志郎。ありがと。最後まで、私のために」

「へへ……」

 嬉しそうに壮志郎は微笑む。目の前の隊長に最後に褒められ、嬉しかったのだ。

 しかし、その声に元気がなくなってくる。

「あ……、あと、ちょっと……。う……後はまとめて、みんな、楽しかった……あ……とう……お」

 口が動かなくなった。

 その後すぐ、目を閉じて、もう二度と開かなかった。テイルが0になってしまったことを示していた。

 東堂がその場で刀を鞘から抜く。

「何を……!」

 夢原が、壮志郎と内也を庇うように立ちはだかった。

「死なせてやろう。もう二度と目覚めないのならば、転生を願い、早く送り出してやったほうがいい」

「やめて」

「夢原。まさかとは思うが、こいつらを連れて帰るのか? もう二度と何もできない人形と同じだ。いるだけ、お前の心の負担になる。そしてこいつらを養おうというのなら、金額的な負担にもなる。それは、こいつらも望まないことだろう」

「でも、まだ死んでない! お願い。ちゃんと面倒は見るから。心の整理はつけるから。今は、もうやめて……!」

「夢原。心の整理というのは、雑念がある状態ではできない。罪は俺が背負ってやる。俺を恨んでも構わん。だが、俺は、お前がもう、お前が何かを背負って発狂することだけは避けたい。なら、覚悟ができそうな今のうちに、諦めさせてやる」

 険悪な雰囲気となってしまった2人。吉里も今回ばかりはどちらの言い分も理解できるため、どちらに味方をするべきか決めかねる。

 全員が恐ろしいムードを感じている中で、1人、その2人の間に割って入った人間がいた。

「少しお待ちを。私の話を聞いてください」

 明奈が、懐から、話に必要だったのか、まだ使われていない腕輪を出す。

「私がそもそも、この地に流れ着いたのも、〈影〉を追ってきたからです。反逆軍や……季里なら、少しは知っていると思う」

 昇は、季里に言葉にせず目線で、それが本当かを訪ねる。

「兄が真紀に使っていた、人間を〈人〉に変えるオーバーテクノロジーじみた腕輪、それを生産して利用しているテロ集団のことね。各地で人間の子供をさらっては、〈人〉に変えて自分達の先兵としている。そしてもうすぐ倭に革命を起こすとかどうとか」

「マジなテロ集団だな。本当に」

 そこで昇は今まで何故聞かなかったのか不思議に思った。明奈が何もなのかについて。

「明奈、お前、もしかしてどこかの」

「馬鹿言うな。私はフリーの傭兵だ。1人で〈影〉を追っている。それは嘘じゃない」

「でも、相手は集団だぞ。1人でどうにかなるような」

「まあ、そんなことはどうでもいい。自分の命への可愛さなんて2年前に捨てたから、お前が気に留めることじゃない。話を戻すぞ。その中で私は、この腕輪の情報集めや研究をずっと行ってきた。この腕輪から人間を解放する手段を探してきた」

 明奈は、デバイスを使い、この場の全ての人間を前に自分の中にある、ある映像の記憶を再び想起して、彼らに見せる。

 目を閉ざしている子供に、まだ少女っぽさが残る18歳前後の女性がゆっくりと腕輪を装着する。その腕輪は白銀に輝き、今まで起きる様子がなかった人間の子が睡眠から覚醒するかのように目をゆっくりとあけた。

 明奈がこの映像の状況を説明する。

「この子供はテイルが0になり、植物状態だった。それをこの女と奴の部下どもが腕輪をつけて覚醒させることができた。おそらく、腕輪には、テイルが0になった状態から人間を回復させる可能性があると予想できる。ただし、他の家がそれを真似して同じように、テイルを失った人間に、〈影〉から奪った腕輪で覚醒実験を行ったところ成功例は一度もない」

「つまり、腕輪だけでは要素が足りないと?」

「それが具体的に何かは分からない。それはきっと〈影〉に迫ることができれば分かって来るはずだ」

「なるほど……」

 各地で人間の誘拐や暴動を起こしているこの連中のことは、反逆軍も〈人〉も敵視している。本来倭は12の徳位の〈人〉の家が覇を争う第二次戦国時代であるはずが、人間と〈人〉に加えどちらにもつかない第3勢力として脅威となりつつある。

 いずれ反逆軍も〈影〉と戦う時が訪れる。その可能性は十分高い。

「〈影〉を追い詰めることができれば、きっと刈谷さんも西さんも元に戻すことができます。東堂さん、これで彼らを殺さない理由になりませんか?」

「……どうしてその情報を我々に公開した。あ、いや、君を疑っているつもりはない。だが、俺と夢原の争いを止める義理は、君にはない。もしかすると、値千金の情報かもしれないぞ。売ることだってできたはずだ」

「お世話になりましたから。そのお礼とでも思ってください。私も、ここで険悪には終わりたくない。私にはどうしても、夢原さんの気持ちが分かってしまうので……そのままにはしておけませんでした」

「そうか。感謝する」

 東堂は刃を鞘に戻した。

「なら俺に、介錯をする理由はなくなった。壮志郎を背負っていいか?」

「御免なさい。ウチも――我が儘だってことは分かってるの」

「気にするな。お前の言いたいことは十分わかるつもりだ。俺達は、同世代の数少ない生き残りだからな」

「お願いね……」

 東堂は脱力しきっている壮志郎を背負いそのままその場を後にする。内也は吉里が背負い、夢原は明奈に、

「ありがとう」

「いえ。お気になさらず」

「ううん。後でしっかりお礼させてね」

 と感謝を述べて、そのまま地下道の方へと歩き始める。

 ――その前に。

「ねえ、あなたたち、名前は?」

 この場で名前を訊かれるべきは、もう如月と林太郎しかいない。

「え……私は如月といいます。隣の男が林太郎です」

「馬鹿、こういう時はフルネームだろ、如月」

 夢原は2人に近づき、そして尋ねた。

「あなたたち、反逆軍に入りたい?」

「はい! その、今の戦いを見て改めてその気持ちは強くなりました! あんなヒーローになりたいです」

「そう……か。なれるよ。その覚悟があれば」

 夢原は2人の手を握る。

「地下道までいろいろと聞かせてほしいわ。壮志郎の代わりに、新しい弟子のこと、よく聞いておかないとね」

 その言葉はすなわち、壮志郎の残した、意志を夢原が肯定的に受け取った証だった。





 地下道を進む。その末尾に、先ほどと交代で肩を貸している季里。その後ろから、明奈がいつもに比べてかなり遅い足でゆっくりとついて行く。

「明奈、大丈夫か、いつもより遅いな」

「……ああ。そうだ」

 明奈が突如立ち止まった。

「おいおい。置いてかれるぞ」

「……私はここでいい」

「はぁ?」

 その真意が分からず昇も季里も、驚いた顔で後ろに振り返る。

 明奈は特に悪びれることも、寂しがることもなく、まるで常識を語るかのように淡々と話し始めた。

「何を驚くことがある。そういう話だろう」

「そういう……?」

 ピンと来ていない昇に季里が、最初の寺子屋であった話を顧みる。

「明奈は、貴方の発電所から仲間を救う手伝いをするって話だったでしょ。つまり明奈が言いたいのはそれが終わった今、もう一緒に行く義理はないってことじゃない」

「そんな、そう寂しいこと言うなよ」

「はぁ。……今回はちょっとした酔狂に付き合っただけだ。本来仕事には報酬が必要だが、今回は……まあ、楽しかったからいい」

「でも、お前、これからどうするんだよ」

「はぁ。はぁ。それはこちらの台詞だな。でも、一応答えておいてやる。私は少しここで休んだら、また〈影〉の足跡を追い連中と戦う旅だ。元々、私の生涯はそのために使うと決めているからな。そればかりは変えるつもりはない。だから、ここでお別れだ。私は、元の目的を果たす旅へ戻る」

 唐突な別れの時。しかし、納得がいかないものではなかった。

 これまでの戦い。明奈がいなければ決して勝つことはできなかっただろうと、昇は確信をもって言える。

 実際寺子屋で会った頃は、昇は未熟者だった。頭も回らなければ十分な知識も力もない。そのまま彼が戦おうとしてもそれは無謀に他ならない状況だった。そんな彼を助け、時には厳しくあたり、時には身をもって彼の行く道を手助けした彼女の存在は大きい。

 彼女を危険な戦いに付き合わせ、かなり負担を強いていたことを昇は理解していた。だからこそ少し後ろめたさも昇にとって、ここが別れの潮時だったと言える。

「そうか」

 昇は彼女がここで分かれるということに異論は挟まなかった。

 その代わり、昇は実質彼女からもらった未来について語る。

「俺は……ちょっと悩んでるんだけど、少なくとも誰かを守れるような戦う人間にはなるつもりだ。おまえみたいに傭兵でもいいし、反逆軍でもいい。あるいは、御門か八十葉か天城は……ちょっと厳しそうだから嫌だけど。人間にもチャンスがあるところで、まずは自分を鍛えようと思う。一度、生活基盤をつくるために俺も京都を目指すよ。その後は〈影〉を、俺も追ってみたい」

「……ほう?」

「真紀を狂わせたあの腕輪で悲劇がおこってるならそれを止められるようになりたい。それにお前や、壮志郎、内也さん、夢原さんへ恩返ししないとな。東堂隊の人や吉里隊の人にも恩返ししないと。俺の夢の1つは叶った。新しい夢が見つかるまでは、しばらく修業と恩返しの道を歩くよ」

「そうか。なら1つアドバイスだ。傭兵は……やめておけ。死ぬときに自己責任になる。きっと。どこかに身を寄せた方がいい。少なくとも、自分の腕に自信を、もてるようになるまでな」

「お前はそうなのかよ」

「はぁ。私は、特殊だ。どこかに、身を寄せるわけには、いかない身だからな。まあ、私の、言う通りにする、必要はないさ」

 昇は拳を突き出す。

「ありがとな。お前にも必ず、恩は返す。だから、今はさよならとは言わない。またな、だ」

 昇は季里を見る。季里も快くその誘いにのり、昇の拳の隣に、自分の握り手を置く。

「今までありがとう、私にとっても、貴方は憧れよ。明奈。格好良かった」

「俺達の道はまた交わるぞ。その時は、今度は肩を並べて戦えるようになっておくからさ。今度はお前の夢を、手伝わせてくれ。俺達、もう友達だからな」

 今まで言葉にしたことはなかったが、昇は今の言葉に何の憂いももっていない。

 友達。

 昇と明奈にこれ以上相応しい言葉があるだろうか。

 困難を共有し、共にそれに挑み、時に遠慮ない会話をしながら、最後まで全力で走り抜けた。そこには確かに、友達という言葉がふさわしい絆があったのだ。

 明奈は驚きで目を開き、本当に嬉しそうに、目の前の2人と拳を突き合わせる。

「ああ。私に。こんなにもいい友人ができるなんて。思わなかったよ――ありがとう。楽しかったよ。昇。季里」





 友の背中を見送り、やがて見えなくなった頃。

 明奈は近くの壁に寄りかかり、座り込む。

 実は、明奈は最後の最後まで、デバイスを使っていた。そして自分の見た目を『いつもの自分』にして、昇や皆に見せていた。

 皆、疲労困憊ひろうこんぱいで気づく余裕がないのは助かったところだ。

 心配を掛けたくなかった。昇に。そして他の皆に。

 反逆軍はすごいと明奈は思った。壮志郎や内也はあの状態だが、今も激闘を経てなお精神が安定している。

 昇も季里も、すごいと明奈は思った。これほどの偉業を成し遂げて、笑みを浮かべるだけの元気があった。皮肉ではない。素直に、その体力や精神力がすごいと思った。

 対し、明奈は。無理を通して、ようやく彼らを肩を並べられたことがとても嬉しく、それ以上のことを何も考えられなかった。

(未熟だな。本当に私だけは。でも、本当に……良かった。彼が、間に合って。きっと、幸せになってほしい。大事な人と一緒に。これからも。私みたいに、誰もいなくならないで良かった)

 心から彼を心配できるのは、間違いなく、友達だからだと、明奈は自分を分析する。

 その体は、ひどいものだった。

 女幹部との戦いの頃、左腕に受けたレーザーで火傷をして、さらにそのレーザーの影響で左腕に満足に力が入らなかった。

 昇を勝たせるために、ずっと彼に何をしてあげられるかを考えていた。そして彼を勝たせるための案を何個も考えて、思考実験を繰り返して、いろいろな準備をして、そのせいで、徹夜など当たり前だった。

 そして今日の戦い。テイルもほとんど使い切り、右脚、左脚ともに、戦闘による怪我に加え、これまでの体の過剰酷使の反動に遂に耐え切れず、悲鳴を上げていた。激痛に耐えてここまで来たが、一度座りこんでしまうともう動けない。

「はぁ。はぁ。はぁ」

 頭や、他の数か所の傷から血を流し、服はほぼ濡れている。致命傷は避け、今は止血している者の、その痕は痛々しく存在し、寺子屋で会った頃の、凛とした表情はもうない。

「眠い……」

 ここで意識を手放したら、もう起き上がれない気がした。

 だからこそ明奈は必死に抗う。

「ダメだ。ここで、死ぬわけにはいかない」

 悪夢を思い出す。

 先輩を目の前で失ったあの日のことを。

「私は。殺さなきゃいけない。〈影〉を。あの女を……!」

 意志を強く持った。

 しかし、体が、もう動かなかった。

「あ……、くそ……」

 やがて、その意志すら。もう限界を迎えそうだった。

「だめだって……」

 目を閉じる。




「やっぱり。無茶してたんじゃねえか」

「ね。本当に。……ありがとう。明奈。こんなになるまで……」

「ここまでだとは思わなかったな。……もう肩はいい。俺は無理やり動かすから。運ぼう」

「うん。明奈。もういいよ。後は、ゆっくり休んでてね」

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