回想 学び舎の夢
(前書き ※本編から一度離れてます)
決戦直前。
昇は仮眠をとっていた。
浅い眠りにおいては夢を見る条件が整うらしい。
昇が見ていたのは、最初、季里と戦う前に見たあの幸せな頃の光景。
「ん……」
「ふわあああああ」
この男、寺子屋での授業を真面目に受けていない悪い子なのだ。得意なことは喧嘩、もっともこの世界の喧嘩というのはただの殴り合いではなく、れっきとした武器を使用する戦闘を意味する。
否、子供と言うのはもう失礼だろう。彼はもう13歳でありもうすぐ立派な新成人になるいい大人なのだ。
「……やばい、今何時だ」
教室の時計を見るとすでに午後の5時を過ぎている。
「うわあ、これ完全にアイツにどやされるじゃん……」
昇の頭の中には2人の人間が思い浮かんでいた。
そして起きたのを見計らったかのように、教室に1人の大人が入ってきたのだった。
「やっと起きたのか?」
「うわ」
「うわ、とはなんだ」
寺子屋を経営し、昇や他10人程度の教育を一手に引き受けている先生が、呆れた顔で昇に話しかける。
やれやれと首を振り、
「たまには授業をしっかり聞け」
という
「なんだよ、つまんねー授業にしっかり出てるだけ感謝してほしいぜ」
と悪態をつくのも日常だ。
ここは〈寺子屋〉、勉強する場所であることは昇も理解している。
「物好きだねぇ。このご時世、よく子供集めて先生ごっこするつもりになったんだか」
昇の言うことはあながち嘘ではない。寺子屋は教育機関ではあるのだが、設立した個人が資金繰り、授業、学んでいる子供の管理などに至るまですべてを行わなければならない。
そして子供の教育に関わるためにここまでの激務をこなしても、この世界ではかなり疎まれている職業となっているのだ。
学校を運営する十二家にとって、寺子屋は目障りなのだ。なぜならそこで育つ人間は自分達の教育を受けていないため、自分達に都合のいい存在に人間が育たないからだ。
さらに、〈人〉に支配されている人間からすれば、寺子屋は特に〈人〉の影響を受けずに自由に学び、生活しているように見えるようで嫉妬の目で見られることも多い。
それでも、この先生がなぜこの職を選んだのか、昇はよく知っている。
「趣味悪いよなお前は。俺達が勉強だるいー、わかんないーって苦しんでいる顔が可愛いから好きとかさ」
目の前の先生が、とても愉快に笑う。
そして目の前の教え子に今日の鍛錬を促す。
「遊んでいる暇はあるのかー昇くん。このままだと職がないまま、食いっぱぐれるぞ?」
未来が未だ真っ暗な昇に、もしも自分に勝てれば、警備員として雇ってあげなくもないという約束からのこと。
「へ、絶対あんた倒すからな。喧嘩で負けてられるかってえの。余裕も今のうちだぜ、先生」
昇はこれでも、このクラスで面倒を見てくれている先生には感謝している。元々親を〈人〉による理不尽な仕事量と内容により労災で亡くし、自身も同じ末路を辿るところだったのを、この先生に引き取ってもらっている。
12家の中でも伊東家は人間差別主義だ。人間を〈人〉の家畜であると定義し、いくら酷使したり、趣味で殺したりしても〈人〉には何の罪もない。
そのような土地柄の中で、自分の面倒を見てくれるこの人にはいつか恩返しをしたいという気持ちがあった。
しかし勉強は苦手、意見が合わないときに妥協するのも苦手、そして喧嘩っ早いし喧嘩が得意という、ヤンキーまっしぐらに育ってしまった昇は、なにかと平凡な人生を送りにくい体質となってしまったのだ。
そんな昇にとって、警備員の話は喧嘩が好きな昇にとっては、慎みを覚えさえすればとても適性のある仕事なのである。
その仕事をして先生の役に立てるなら、と昇が考えるくらいに、この寺子屋に昇は愛着を持っていた。
「ならさっさと特訓続けろ。俺が相手をしてやれるのも、あと何回か」
「そうだなぁ、うっし」
すぐに外へと出ていく昇。
教室を出て、外の広場に出ようとした時に、クラスメイトの
昇は焦って走るその足を止めて真紀に言った。
「先生に勝つために今日も鍛錬だぜ。悪いな、最近構ってやれなくて。でも、ちゃんと仕事貰ってから、その……」
満足気に笑みを浮かべ、しっかりと頷く真紀。
「頑張ってね。昇くん」
おしとやかな女性、彼女を表すならこの一言に尽きる。昇や他の皆と同じ境遇でありながら、こちらはまっとうに育ったお嬢様だ。
真紀は昇に向けて、おしゃれな柄のナプキンで包んだ弁当箱を差し出す。
「いいのか?」
「あなたのために作ったの。早く昇くんには、先生に勝ってもらわなくちゃね」
スタミナのつく肉と米多めのお弁当だ。真紀のような女性と付き合いができるこの瞬間に、昇は幸福を間違いなく感じている。
ここまでで分かるだろうが、昇と真紀はいわゆる恋愛関係である。ヤンキー昇は男気だけはあったので、寺子屋で一緒に学んできた、クラスのマドンナに玉砕覚悟で告白をしたのは半年前。
真紀は、最初こそヤンキーは嫌いだと断ったものの、昇のしつこいアタックに心を動かされ、1回だけデートをして判断するという話になった。
しかし昇はやるときはやる男だったのだ。
しっかりと真紀のハートをつかむべく、準備して準備して準備して、真紀を大いに喜ばせたのである。実際には、男が行くのが好きそう場所ばかりで、特に食事もかつ丼と来たときは、さすがにダメかと、クラスメイトは思ったらしいが、意外にも、真紀はそれで恋仲になるのを了承したという。
真紀は、不要な迷いや気遣いはない代わりに、必要な気遣いや心配はしっかりとする、見た目からは想像できない几帳面さに惚れたらしい。
そんなこんなで今に至るのだ。
同級生の真紀ももうすぐ卒業であり、昇に残された時間は少ない。それまでに収入を得る術を見つけて、真紀とともに暮らしたいと思っている。
「頑張ってね」
「おう!」
真紀に手を振り、いつも鍛錬をしている広場へと昇は駆けていく。
木目が見える古臭い廊下を走ると、ガタガタと趣のある音が廊下によく響いた。特に今は話し声も、誰かが何かをやっている音も聞こえない。
そして昇降口を出て、いよいよ広場に。
そこでは、昇が特に仲良くしている友達が先に鍛錬を始めていた。
今の倭は弱肉強食の時代。そこらで命の奪い合いが起きている。それに備え、この世界では自分を守り人を傷つける術を誰しもが持っている必要がある。特に昇やこの〈寺子屋〉で生活する人間の子供は。
「先に始めてるなら、俺も誘えよー!」
昇が来たことに気が付き、男の方がやや不満げに文句を言う。
「遅いぞ昇」
「悪い悪い! いやあ、教室で寝ててさ。ここから俺も混ざるぜ!」
「まったく、これで警備員が勤まるのか不安でならないぞ」
もう1人の女子の方がクスクス笑い始める。
「ホントねー。真紀ちゃんもらうんだから、もっとしっかりした男になりなよ」
「うるせえな」
「女の子は強くてしっかりした男に惚れるんだから」
「それはおめえの価値観だろ。この筋肉好き野郎」
「オイ、野郎とか言うな。私これでもレディなんですけど」
小さい頃から鍛錬はいつも、男友達の
昇が準備を始めると、2人はさっそく、昇を挑発する。
「さ、いっちょ軽くもんでやるかね」
「ネー」
「へへへ、いつも通りだな。喧嘩の始まりだぜ!」
昇のテンションは上がる。鍛錬の時間はいつも自分を高められる時間であり、この2人と、最高の高揚感と共に遊ぶことができる、昇にとっていつも楽しみにしている時間だった。
「いくぜ!」
昇は楽しそうに笑いながらその場を駆けだす――。
林太郎、如月。親友がいた。
恩師がいた。
真紀、将来を約束した愛する人がいた。
「林太郎、如月、真紀。今、助けにいくから」
夢の中の存在を前に昇は誓う。
(しかし……、決戦前夜にこんな夢を見るとは、俺も久しぶりにあいつらに会えるのにワクワクしてるのかな。――ああ、きっとそうだ。きっと――)
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