外伝1-11 天を見よ、裁きの光はここに(前編)

 援軍の出現により、劣勢を跳ね除ける八十葉軍。

 敵が増えたことによって攻撃の的が、光だけではなく、様々な方面へと分散していく。

 それだけでも今の光にとってはありがたいことだった。

 今まで相手の攻撃を相殺するためにしか使えなかった〈星光の涙〉を今度は攻撃に使うことができる。

 これにより、攻撃の手数は10倍以上となり、先ほどまで劣勢を強いられていた相手でも、容赦なく戦いに行けるのだ。

 放つ大量の光弾は、もちろん攻撃力の高い必殺の閃光だが使い道はそれだけではない。相手がこの弾丸を恐れるのならば、その恐怖心を利用して相手を自分の主導で動かすことができる。

 そして、自分の狙い通りに動いた的であれば、矢で撃ち抜くのは、そうでないときに比べて断然簡単だ。

(真似させてもらうわ。和幸)

 光は人間の知り合いの中でも特に、親しくしている青年の姿を思い浮かべる。

 テイルは万能粒子、想像が確かなものであれば、粒子の力をもってその想像を現実化する。青年も弓使いであり、彼が使う奥義の1つを光は捉えた敵を討つために真似をする。

「〈十迅・皇星〉」

 光はエネルギーを凝縮した矢を1発放つ。その矢は途中で10本に分裂し、そのすべてが螺旋を描きながら向かって行く。

 先ほど、手で自身の弓を受け止めたあの男に、今度は先ほどとは比較にならない威力の矢が迫る。

 その男がテイルによって再現した力は明らかに防御よりのものだった。それは仲間を守るために盾になるための力。しかし、それは逆に言えば、その男が倒れれば、敵側の盾を潰したということになる。

「ぬおおお!」

 自分の力を最大限に発揮し、その矢を受けようとするが、まるで紙細工に鋭い針を貫通させるように、呆気なくその男は貫かれ絶命した。

 まず1人。

 先ほど光を取り囲んでいた強者を、光は1人ずつ始末していく。

 その余裕ができたのは、死地に自分のために飛び込んできた彼らのおかげであり、他にはない。

(彼らのために、勝たなければ……!)

 絶望の色になりかけていた光の目には、すでにほのかな希望が宿り始めていた。

 当主が、これほどまでに気分を好転させるのは、部下である彼らの優秀さあってのことだ。

 光の耳には常に、七星に一任した部下への指示の声が聞こえる。問題がありそうな指示には介入するつもりだったが今までの様子を訊く限り問題はない。

『本家からの援護は光様に回せ! こちらには必要はない!。敵に数人危険リストに該当する奴がいる。そいつらを片付けることが我々の勝利につながる。なに? 気にするなと言っているんだ!』

 七星の統率により的確に行われる援護により、光は戦いに集中できる。

 ようやく訪れた攻撃のチャンスを駆使し、光は容赦なく光弾の雨を敵に降らし、敵を穿っていく。

 全体的な戦況は徐々に良くなっていくように見えている。

 しかし、光は全く逆のことを考えていた。

(援軍が来たことと、戦況がひっくり返せることは同義じゃない。恐らく私がここから全力で戦い続けても、今この街にいる敵を倒して優位になるまであと15分はかかる。司は……私にはこれで打ち止めの男ととは思えない)

 事件の全貌はまだ見えない。

 自分が気が付いた時には、八十葉家に救うガンは想像以上になっていて、十分に裏を調べることはできずに今に至った。もしかしたら八十葉宗一からの手紙がなければ、今、最後の抵抗をすることすら不可能になっていたかもしれない。

 司はかつてからそれほどの執念と念入りな準備をして今日を迎えたのだ。

 そんな男が、状況の好転を許すだろうか。それが光が抱いていた疑念だった。

 そして、その心配は現実となる。

『光様! 七星様! 上空に〈アルピュイア〉と思われる物体が出現! その数1000、砲撃を放ってきます!』

 七星の指示を待たず、光は部下たちに指示を出した。

「障壁展開。空からの襲撃を防いで!」

『だめです、障壁装置が壊されてます』

「ならその下敵の砲撃から本家の砲台を守る! 今潰されたら火力が足りなくなる!」

『報告します、本家本領に向けて新たに5000の援軍が確認されました! そのうち2000が飛行兵です! 援軍およそ10分で到着します! アルピュイアの新型だけで被害が3割強、これ以上の飛行兵が来ればもちません!』

「本家へ退きながら攻撃を続行しなさい。とにかくまずはアルピュイアを落とす。私が今からそっちに戻る! それまで踏ん張れ!」

 光は部下に指示を出して、本家へと帰ろうとするが、それを阻止するのは爆発を起こす使い手。

「逃がしはしない」

「邪魔よ……!」

 八十葉家本家から爆発が立て続けに起こる。見ると上空のアルピュイアの怒涛の砲撃に徐々に被害を被っているようだ。

 今あの建物には数多く支援兵が集っている。そんな彼らをみすみす見殺しにできるほど、光は非常にはなれなかった。

 この男を倒すのに全力戦闘で2分はかかる。そう判断した光は、部下たちの奮戦を信じ、2分間一切の支援をしないで目の前の戦いに集中することに。

「心躍るね……当主」

「悪いけれど時間がないの。すぐに殺してあげる」

「いいね……そうでなくては、八十葉光」

 



 司は援軍が来ることは予想していた。そして第一陣が壊滅するだろうと思っていた。

「しかし、こればかりは予想外だな。八十葉光はもう少し消耗するかと思っていたが、こちらの精鋭がほとんど全滅した」

 指令を出しながら自分の近くの近衛に話をする。

「しかし、優勢は覆りません。徐々に相手の兵も撤退の様子を見せています。相手を押し込めるのも時間の問題かと」

「余裕は良くないな。相手に時間を与えないのが戦いの鉄則だぞ?」

「これは……失礼しました」

「いや、良い気持ちになるのは分かる。ここまでの根回しがようやく花開こうとしているのだから。しかし、だからこそ相手にプレッシャーをかけるために、最後の一手を使う」

 司は娘に連絡を取る。

 司は光を生ぬるい小娘だと侮っている。

 それは戦闘力の話ではなく精神的な話だ。光は当主としては優しすぎるのだ。

 人を友好を結ぶことができても人を支配する方法を知らない。当主とは民のために働くのではなく、当主が目指すもののために民を使うもの。司の当主としての正しい姿はそのようなものだ。

 その点においてあの八十葉光は、部下を大切にし、民を守り、傘下をも友好的にという態度をとっている。

 その態度を貫くために、部下も傘下も民すらも積極的に犠牲にできない。

「そう、甘いあの小娘に止めの一撃をくれてやろうか。受け入れようが拒もうが、今の八十葉光を否定するには十分なこと。信念を折るか、信念と共に沈むか。最高の見ものだな」

 後方での部下への指示に集中していた司だったが、光の絶望した顔を見るために、処刑人とともに前線へと向かう。





 光は本家へと戻ってきた。

 本家を狙うアルピュイアを迎撃し、何とか空のアルピュイア部隊を壊滅させたが、すでにあと3分で援軍が到着する。

 現在本家にいる人間は約300人。援軍として街で戦っていたのは100人。地の利は八十葉家側にあるとは言え、数の差は埋まりようもなく、すでに半数以上が負傷し戦えない状態になっている。

 その様子を見て心を痛める光。

「光様、逃げますか?」

「……いいえ、逃げている場合じゃない。すぐに対応しなくては」

 本家の玄関、多くの部下がそろっているところに七星の姿がないことに気が付く。

 部下にけが人の治療と本家からの攻撃に備えるように指示した後、七星元に連絡を取ろうとする光。

 それを制止したのは元の部下だった。

「光様お待ちください。それは筆頭が望みません」

「なんで?」

「筆頭は時間を稼ぐために、屋上で結界を張るつもりです」

 元がテイルによって使う武器は、強固な板を生み出す、それだけのものだ。しかしその板は元のテイルとリンクし続けて、元のテイルが尽きるまで、破壊されても高速に自動修復が行われ続けることで突破されない。故に刃として投げつけることも、盾として機能させることもできる。

 そして今回七星元がやろうとしていることは、この八十葉家本領を追おう障壁を作り出し援軍の侵入を防ぐことだ。

 しかしそれはかなりの危険が伴う。

 攻撃を受ければ受けるほど、自動修復が進み元のテイルが奪われる。そしてそれは当然攻撃を受ける数が多ければ多いほど破損個所も増え修復するための使用テイルも増える。

 光にはこの状況において元が想像以上の無茶をすることしか考えられない。

 テイル粒子が0になればたとえ心臓が動いていても意識は二度と戻らないのだ。それはすなわち死と同義。

「すぐに止めないと!」

「ダメです! 光様は、少しでも体をお休めください! 光様さえ何とかなれば我々もまだ戦えます」

「だめよ……それじゃ、死んじゃう。私は、元を殺したくない……」

「光様! あの方も言っていた! あの方も我々も、その存在は光様の栄光ある未来によって報われると、その礎になることは光栄であり、それを否定されることは、我々への侮辱なのですよ!」

「でも……」

 守らなければ。守らなければ。

 光の頭は、いつの間にかそれでいっぱいだった。

 自分が起こした不始末のせいで臣下に死んでほしくなかった。だからこそ本来は1人で戦うつもりだった。

 いま、目の前には負傷者ばかりが居るこの時点で、そんな言い訳は通じない状況であり、死んでほしくないという綺麗ごとが通じないのは分かっていたが、せめてみすみす1人を死なせに行くのは気持ちの問題として嫌だった。

 光は屋上へと向かう。

 最速で、最短で。窓から外に出て、〈爆動〉を使ってハイジャンプ。

 そして七星がいる屋上へとたどり着いた。

 そこで気が付いたのは、七星は重傷だったこと。しかし、それでも無理を通し障壁を展開しようとしていること。

「何やってるの!」

 光の怒声に、七星は応える。

「……邪魔をしないでください。光様。俺は、ここで死にます。でも援軍を止められればまだチャンスはある。もしも俺らが死んだら〈落星〉を使って、この街ごと吹き飛ばせばいい。そうすれば戦いには勝てます。光様は逃げられる」

「そんなこと……!」

「光様! 俺達はあなたを生かすためにここに来たんだ!」

 光は首を振る。

 見捨てられないと。

 そして示し合わせたかのように、光を呼ぶ声が本家の外から響いた。

「八十葉光!」

 司仁の声だった。

 本家の正門前。今いる本家から、正門まではやや遠いが高さがあるためしっかりと見える。

 はりつけにされている鈴の姿があった。すでに拷問を受けた後なのか目には光が灯っていない。

 そして近くには、このためだけに呼ばれた処刑人、そして司仁が居た。

「あれは……」

「野郎……!」

 七星が明らかな怒りの顔になる。それは相手の狙いを瞬間で把握したからだ。

 司はその七星の予想通りの答えをいう。

「3分間待ってやる。この女を処刑されたくなければ、すぐに本家を明け渡し、この地を、八十葉家領を去れ! この街を、本家を、そして八十葉家領を俺に明け渡すという契約書を部屋に残してな!」

 さもなければ鈴の命はない。それは言うまでもないだろう。

 光はすぐに助けに向かおうとしたが、ここから攻撃しても司や部下が全力で凌ぐだろう。その間に鈴が殺される。

(なんで、あの子はずっと頑張ってきただけなのに。どうして……こんな目に……私が……私のせい)

 八十葉家当主は決断できなかった。

「光、鈴の気持ちを考えろ!」

「死にたくないに決まってる! あの子は、家族に楽させたいから近衛になった! こんなところで」

 七星は一度目を閉じ言うべきことをまとめて再び光を諭した。

「たった1人を助けるために、投降は論外として無茶するのもだめだ。当主。どうかここは非常な判断を。このまま継戦すれば光明も見える」

 数多くが自分のせいで傷ついているというのに、自分の我が儘を通すために継戦しろというのか。

 光は言いたかった。

 そして迷う光に追い打ちをかけたのは司の一言だった。

「いいか。もしお前がここで人間である近衛を見捨てたら、お前は我々と同類だ! お前は自分の勝利のために人間を犠牲にした〈人〉。そんなお前が人間と〈人〉の融和? 笑い話にもほどがあるな! お前は二度とそのふざけた大義を晒せなくなるなぁ! それが嫌ならこの領をよこせ! どのみちお前は失う! 選べ、何を失うのかを!」

 そして、遠くの鈴の声が聞こえる。

「光……さま……タス……テ」

 遠隔通信による音声であり本物かどうかは分からない。

 しかし、それはもはやどうでもいいことだ。

 鈴と今までの自分の正義か。

 それとも八十葉家と言う名の自分の故郷か。

 どちらかを失わなければいけないところまで追いつめられてしまったのだと、光は、実感してしまった。

 それは司家当主の戯言だったとしても、部下に裏切られ、本家へと追い詰められ、挙句の果てに部下を見殺しにしなければいけなくなった時点で。

「光様、しっかり」

 光は何もしゃべれなくなってただそこに立ち尽くした。

 心に渦巻く後悔と自責、そしていかに自分が無力だったかという絶望。

 そして、兄への謝罪だった。

(兄上……! ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。どうか、私を許してください……!)

 その時七星は初めて、光が涙を流したのを見た。




 元々、司家当主の目的は勝つことだ。

 そして勝利と八十葉光の死亡は同義ではない。

 司仁はそれを前提において、今回の本家への攻撃をすべて企てた。

「効いているな」

 屋上で立ち尽くしている光を見て、司は勝利を確信する。

「ここまで我らが同胞は見事だった。あれこそが俺が求めた八十葉光の終わりの姿だ」

「処刑はしないのでしょうか?」

「必要ない。敗北を認めさせるのが一番だからな。だが、鈴は処刑しろ」

「ですが、それは……」

「首は落とすな。心臓を貫け。そしてその死体を奴に送り返そうじゃないか。しっかりと、向こうが降伏宣言したのを見計らってな。なあにここまでやったのだ。最後にあの小娘の絶望を見るのも一興だろう」

 顔を隠した処刑人に合図を出した司は、光の決断を待った。

 もちろんその間にも援軍はやってきている。当主の光がフリーズしているその時間が、援軍到着への時間稼ぎになる。戦いを続けようが、続けまいが、司の優位は盤石なものだ。

 そしてその吉報を待つ傍ら、処刑人に鈴を刺殺することを命じた。

 処刑人は司に一礼し、その男が見ている前で磔にされている鈴に尋ねる。

「何か言い残したことは?」

 それに対して、鈴の答えはこうだ。

「光様をこうまでしていじめることに何の意味があるんだ、司仁」

 その声が聞こえた司は答える。

「司家はかねてより八十葉家を負かしてやりたかった。完膚なきまでに。そして気が熟した。残念だったな、お前はそういうタイミングで近衛になってしまった。その哀れな運命を恨め」

「お前らは嫌いだ、大嫌いだ! ……地獄に堕ちろ」

 処刑人は腰に付けた直刀を鞘から抜く。

 そして鈴に近づいた。

「ごめんなさい、光様……」

 鈴は目を閉じて、それと同時に鈴に刃が迫った。

 司は、それを笑みを浮かべながら見守る。






(……あれ?)

 鈴は刺された痛みを感じなかった。そしてなぜから体の拘束が外れた感覚を得る。

 そして自分は誰かに抱きかかえられていた。

「……え?」

 それは処刑人だった。

 処刑人は自身の顔を覆っていた仮面を取り外す。

「……大丈夫か?」

「あなたは……」

「茶番は終わりだぁ!」

 服に特徴的なエムブレムがつけられている。そのエムブレムは京都反逆軍、独立魔装部隊の紋章だった。

「貴様……!」

 さすがの司もこれは予想外だった。なぜなら処刑人は間違いなく司仁本人が選び、桜花に監視を担当させていたのだから。

「俺を見てる場合じゃないぜ? 司仁」

 その言葉通り、次の瞬間、磔を見学していたこの司の軍に強力な光の剣が雨のように降り注ぐ。

 勝利を確信し、詰め寄っていた司家第一軍は、この攻撃を持って壊滅。

 司と数少ない精鋭はそれを凌いだが、八十葉光意外にこの凄烈な攻撃ができる人間に多くの者が心当たりがなかった。

 軌道を逆算し、司の近衛がその攻撃を放っただろう、上空の敵を見ようとする。

「薄汚い反逆者風情が、誰の許しを得て面を上げる?」

 その敵を見ようとした近衛の顔に、強力な光の弾丸が降り注ぎ、顔が跡形もなく消える。

「愚者は愚者らしく、相応の無様を晒しながら」

 その男は空中から司軍を見定め、宣言する。

「死ね」

 司は失念していた。

 光だけではない。もう1人、〈星光の涙〉を使える存在がこの世にはいたと。

「何故、貴様がここに、八十葉宗一!」

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