仕事の効率

 2030年、日本の会社は軒並み前代未聞の人手不足に陥っていた。少子高齢化が進み、労働者が減り続けていたからだ。中には公務員に不平をぶつける物も現れたが、それは虚しく失敗に終わった。役所ですら新しく打開策を練る余裕が無くなっていたからだ。

 そんな仕事の効率化が求められるようになった世の中で、ある新しい発明品が登場した。L社の開発した「Lai」と呼ばれる人工知能だ。会社の今までの売り上げや社員の傾向などから業務の問題点を洗い出し、それを改善するにはどうしたら良いのかをまとめた提案書を自動的に作成するのだ。

 この発明は素晴らしい物だった。

 最初は1部の企業が実験的に取り入れただけだったが、やがてそれが効果を上げ始めると、新しい物に目がないIT企業や外資系企業がこぞって導入し始めた。

 しかも、このLaiの特に優れている所は、今までに収集したデータから分析・提案をさらに効率的に処理できるように進化する所だ。これなら、いくら相手をする会社が増えても問題ない。


 俺はL社の社員で、Laiを導入した会社のサポートを担当していた。と言っても、実際にやっている事はLaiが導き出してくれた提案書を相手の会社に送ってやるだけなのだから、気楽な仕事だった。

「ちょっといいかな?」

 昼休憩をとっていると、同僚のP氏が話しかけてきた。

 P氏は、Laiの開発者だ。開発が終わった今は動作をチェックして、不具合が発生していないか確認する仕事をしている。

「何だ、何かあったのか?」

「君が担当してる所に、O社という会社があるだろう?その事なんだが、実はO社の業績が導入から殆ど上がっていないんだ。」

「まあ、そんなに変な事じゃないだろう。たまたま時期が悪かったとか……」

 俺がO社にLaiと契約を結んだのはだいたい3ヶ月前の事だ。それから業績が上がっていなかったとしても、それほど大事ではないと思った。

「いや、それだけなら良い。問題なのは、Laiの提案書を出す頻度がどんどん低くなっている事だ。初めのうちは何とか改善させようと色々試行錯誤していたみたいなんだが、最近はもう全然提案書を出さなくなってしまった。」

 ほら、これ、と言って見せられたタブレット端末の画面には、はっきりと右肩下がりになっている棒グラフが映っている。

 さすがの俺も、これには驚いた。そういえば、最後にO社に提案書を送ったのは3週間ぐらい前だ。「まるでやる気を失ってしまったみたいなんだ。学習性無気力――という言葉が適切なのかは分からないけど、とにかくもう仕事の効率化を諦めてしまってる、そんな感じなんだ。他の会社はそんな事ないのに。―それで、君なら原因が分かるんじゃないかと思って」

 急に言われても、すぐには原因は思い浮かばなかった。

 分からないな、と返すとP氏はそうか、と言って残念そうに肩を落とした。自分の作ったシステムが上手く動作していないというのは不安なものなんだろう、と思った。

 俺はO社とのやり取りを思い起こした。しかし、やり取りといっても提案書を送るのと、あとはたまに向こうから来る連絡に返信するぐらいで――

 何か原因が見つかったら連絡してくれ、と言って部屋を出ようとするP氏を呼び止めた。

「心当たりが見つかった」

「本当かい?一体、どんな……」

「まあ、見ておけ。良いものを見せてやるから……実は今日、1時にO社から連絡が来ることになってるんだ。もうすぐだ」と言って、俺は席を立って部屋の隅に置いてある固定電話の前に向かった。今となっては、メールやテレビ電話のおかげで殆ど使われなくなってしまっている代物だ。周りにはうっすら埃が積もっていた。

 電話のベルが鳴った。

「今どき、このご時世に固定電話でやりとりしてるのか。それは確かに非・効率的な気が……」

「いや、それどころじゃないよ。」

 そう言って俺が受話器を取ると、向こうから聞こえてきたのは向こうの社員の業務連絡ではなく、少しイントネーションのおかしい女性の音声だった。

 P氏も何かを察したみたいだ。

 奇妙な機械音と共に、不鮮明に印刷された紙が少しずつ出てきた。

 おそらく、Laiの判断は正しかったのだろう。

 俺がO社は諦めよう、と言うと、P氏も静かに頷いた。








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