第75話 退治屋の話⑥


「きゃあぁぁぁぁっ!!」


「美鈴!」


数分の追いかけっこの結果、ついに美鈴がゾンビの一体に追い付められた。

キタチューバスターズでいちばん身軽なのが彼女とは言え、体力がいちばん無いのも彼女であったからだ。


「来ないでよ!」


美鈴は慌ててエアガンを捨てて鉄パイプに持ち替えようとするが、タッチの差でゾンビが美鈴に組み付くほうが早かった。いや、例え鉄パイプを出すのが一瞬早かったとしても、もう素手であるゾンビの間合いであり、ダメージを与えることはできなかったであろう。


「いやぁっ!」


美鈴は地面に押し倒され、ゾンビは彼女に馬乗りになる。

美鈴はゾンビの顎と右腕を押さえ、必死に噛みつきから逃れようと踏ん張る。


「な、なにこれ、力、す、すごいし」


現実のゾンビは、映画のようにリミッターが外れたりしてパワーアップしているなんてことはない。生命活動を極力抑えて生き延びている彼らは、普通の成人と比較して六割程度の力しか出せないのだ。

故に普通のゾンビなら、中学女子である美鈴でも押し除けることはできたかもしれない。しかしながら美鈴を襲うゾンビの顎は、ゾンビとは思えない力で少しずつ美鈴の首筋へと近づいて行くのだった。自衛隊員は一般人とは鍛え方が違うということだろうか。


「いやあぁぁぁぁっ!!」


(ああっ! もう駄目だっ!)


将吾も中島も、美鈴自身もそう思った時である。


「うおおおおぉぉぉっ!!」


ドカッ!


何かがゾンビにぶち当たり、そしてゾンビは派手に吹っ飛んでいった。


「み、美鈴に、て、手を出すなっ!!」


正であった。


「こ、殺すぞコノヤロウ」


美鈴の斜め前には、仁王のように立ち、鬼の形相でゾンビを睨む正がいた。


「正……っ!?」


美鈴は自分に今の今まで襲い掛かって命の危機が頭から抜ける程に驚いていた。

昔から図体ばかりでかくて気の弱い正。

彼がいじめられる度に美鈴がかばい、そしてやり返す。二人は姉弟のような関係であった。そう思っていた。


『もう! 男ならもっとしかりするし!』


『ううう、でも、でもぉ。。。』


泣き虫の正。


その彼が、こんな表情をすることを見たことが無かったからだ。


「うおおおおぉぉぉっ!!」


バキッ!!


正は再び雄たけびをあげると、立ち上がろうとしていたゾンビを思いきりブン殴った。


「「え?」」


その場の全員が目を丸くする。

正に殴られたゾンビは、まるで高速で車に跳ね飛ばされたかの様に5,6m程すっ飛んで行ったからだ。

しかも、殴った手はゾンビに噛まれて大出血中の左腕で、だ。

美鈴の頭に「あ、正は左利きだし」とか、今はどうでもいいことがよぎった。


「み、美鈴に、て、手を……」


しかし、正の奮闘はここまで。

彼はそこまで言うと、表情は緩み、力なく地面に崩れ落ちてしまったのだ。


「た、正っ!?」


美鈴は正に駆け寄り、そして正をガクガクと揺さぶる。

呼吸はある。死んではいない。失血で気を失ったのか、ゾンビ感染により昏睡状態になったのかは判断できなかったが。


「と、とにかくだし!」


美鈴は自らのシャツの裾を引き破ると、正の左腕に包帯代わりに縛り付けた。

勢いで結構なところまでシャツが破れてしまい、白いブラジャーの一部が顔を覗かせてしまっている。中学生にしてはなかなかのモノを持っているとブラジャー越しでもバレてしまったのだが……彼女にとっては今はかまっている場合ではなかった。


ぐ……がが……


ホッとしたのもつかの間。

そんな彼女たちを、非情にもゾンビは待ってはくれないようだ。

正にぶっ飛ばされたゾンビも、何事も無かったかの様に立ち上がりつつあった。


美鈴がふと横を見ると、勝やんも地面に倒れてピクリとも動かなくなっていた。


「ど、どうすりゃいいし?」


事態は、何も変わっていないのだ。

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