第42話 ばいばいきん
しかしながら。
401号室の件とは違い、僕には既に「ゾンビがいるかも」という心構えと警戒があったから、さほど取り乱すことは無かった。
「といや!」
僕はヤツの腹を前蹴りするように押し込み、バランスを崩したところで
思ったとおりだ。
現実に現れたゾンビは映画みたいに個体として極めて強力で危険な存在ってモノではないらしい。
Bカップ娘を拘束するときだって(その時はゾンビなんて知らずに対処したけど)あっけないものだったし、後で思えばスプラッタ女だって
とは言え、今思えば呼び鈴を鳴らしたのはマズかったかもしれないな。
扉を開けたら目の前に居たのは少々面食らったし、もう少し油断してたら危なかったかもしれない。
今後の教訓としておこう。
そんなことを考えながら、ゾンビをうつ伏せにして手足を結束バンドで拘束する。
そして、この部屋にあったタオルで口に猿轡をして床に放置することにした。
401号室の件は混乱していたからやりすぎてしまっただけであって、殺意があったわけではない。
無力化したいま、それ以上の危害を加えるつもりはないのだ。
……まあ、面倒を見るつもりもないのだけど、放置したら流石にいつか死んじゃうよな?
ゾンビだけでなく、昏睡状態の感染者もそうだけど、どうしたもんかな。
山田さんは面倒見切れないって言ってたし、僕も実際に何人も遭遇してみてあらためてそう思った。
では「じゃあ見殺しで♡」と簡単に割り切れないところがあるからなあ。
僕はつい2日前までは良識ある普通のサラリーマンだったのだから。
何はともあれ、早いうちに山田さんに相談したいところだな。
現在は16:00。
マンション探索の仕上げとして、Bカップ娘の様子を見に行くことにした。
大柄な男は昏睡状態のままだった。
転がしておいた場所からピクリとも動いていない。
Bカップ娘はベッドから落ちていた。
というか、大柄男のすぐ傍にいた。
ぐぬぬ、妬けるぜ。
彼女は僕を認識するや、身を捩って這いよってきている。
簀巻きにされているので、まるで芋虫のように。
その目には命乞いをする憐れな獲物のものではなく、逆に獲物を目の前にした捕食者のソレだ。
401号室の惨劇を見るに、やはりゾンビの食料は映画同様に生きた人間の肉なんだろうか。
そうであるとするなら、Bカップ娘のこの行動は僕を美味しそうなごはんと認識してのことかもしれない。
たまったもんじゃないね、コリャ。
……でも、なんだろう。
少しの時間同じ部屋にいただけなのに、僕はこのBカップに少しだけ情のようなものが湧いていることに気付く。
まあ、ゾンビ言うても勝手に僕がそう言ってるだけで、一応この娘も人間。
生きてりゃ腹も減るだろう。
「さあ、僕の頭をお食べ」
思わず某国民的ヒーローのセリフが口から出たが、本当に食べさせるつもりはないぞ。
その代わりと言っては何だが、僕は自分の部屋に戻り、先ほど買い込んでおいた食料の中から微妙に賞味期限が過ぎたアンパンを持ってきて、Bカップ娘の猿ぐつわを解き、口元にそっと差し出した。
バクンッ!!
……っと、ここで手を噛まれるとかアホなお約束はしないぞ。
てか、アンパン食べるんだな。
アンパン食べるゾンビとか、映画とかだったら絶対にありえない絵だよな。
ふむ、事実は小説より奇なりってヤツだね。
そんな風に無駄に感動してる僕をよそに、Bカップ娘は夢中で目の前のアンパンを食べ尽くした。
そして再び僕を狙う目に戻ってしまったことから、やはり彼女にとって僕の存在はアンパン同様の「食料」のカテゴリーにあるらしい。
「うげー、悪食さんかー」
現実のゾンビは「アンパンを食べる」のではなく、「アンパンも人肉も食べる」ということらしい。
救いねぇな。
僕はペットボトルの水の蓋を取ると、Bカップ娘の口に無理矢理注ぎ込む。
大半が零れてしまったが、しっかり喉を潤せたかどうかまで確認してやるような義理はないし、そもそも会話や意思の疎通が成立しないのだから確かめようがない。
そして再びBカップ娘に猿ぐつわをし、簀巻き状態のままベッドに放りこむ。
「じゃあ、ばいばいきーん」
僕はBカップ娘の熱い視線を背中に感じつつ、この部屋を後にした。
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