第11話 エーリオは可哀そう? 人魚は嫌われ者?

「それにしてもエーリオは可哀そうだよ」


 声を落としてチェルヒェが呟く。それはどういうことなのか、私は再び彼の独白に耳を傾けた。


「君は不思議に思わなかったかい? エーリオはこのヴィットリーニ王国の国王の第一子さ。なのにどうして、あんな薄暗くかび臭い場所にいたのか、を」


 私はチェルヒェのその言葉に、私はコクリと一回頷いた。


「エーリオは、呪いを持って生まれてきたんだ。真っ白な肌に真っ黒な髪と瞳を持ってさ。だから、城中の嫌われ者なのさ。そして呪いが漏れないようにと、城の一番奥深くのあんな暗くて冷たい部屋に閉じ込められているわけだねぇ」


 エーリオは呪い持ちの嫌われ者……。だからあんなところに部屋があるのか、納得だ。けれど……。


 ――嫌われ者に献上品を渡すのだろうか?


 私は、そうふと疑問に思う。


「まあ、人魚としてここにやってきた君も似たようなものだけれど……」と、チェルヒェはぼそりと付け足した。


 ――この世界に来たばっかりの私も既に、エーリオと似たような……城中の嫌われ者ってことなの?


「どういうこと?」


 もはや、訳も分からくなって私が思わず口をはさむと、


「人の話は黙って聞くものだよ、アリス……」


 チェルヒェは眉を顰めて私を嗜めるようにそう言った。少しくらいの質問はあっても良い気がするのだが、


「まぁいいさ」と私が内心で大人の余裕を見せる。するとチェルヒェも、


「まぁいいさ」と、やれやれと言わんばかりにため息をついた。


 ――謎のシンクロ、やめてくれ


 もしやチェルヒェは心が読めるのだろうか? と、またまたハテナが浮かんだところで、チェルヒェが話を続けた。


「君はこの城で嫌われ者さ。というか、人魚はそもそもこの世界であまり好かれていないんだ」


 チェルヒェは特大の口をニュッと出現させて、いたずらっぽい口を開いて私に迫りくる。そのまま食べられてしまうのではないか、と私が身を硬めて目を閉じると、バラの甘い香りのする突風がビューっと吹いて、私の髪を乱した。


「人魚が嫌われているのは二つの伝説のせい。人魚の伝説――、人魚の血をすすればどんな呪いもたちまち解かれる。、人魚の涙をひと嘗めすればどんな病もたちまち癒す」


 いつの間にか私の後ろに来ていたチェルヒェが、私の乱れた髪を弄りながら人魚の伝説を話し始める。


 ――なんだ、良い伝説ばかりじゃないか。


 そう思ったのもつかの間、


、人魚は災厄の前兆である。、人魚の血を見たものは呪われる」


 ――ん?


、人魚の肉を食べれば不老不死でハッピーライフ。……」

「ちょっと待って、ちょっと待ってよ!」


 チェルヒェが、二つでは全然済みそうもないくらいに人魚の伝説を列挙するので、私は思わずツッコミを入れてしまった。すると、


「はぁ。アリス……。君はとってもやかましいね」と、チェルヒェはため息混じりにそう言った。いやいやいや、わたしだって本当は茶々を入れたいわけではないんだけれど。

 私が困惑していると、チェルヒェがふうっと息をついてから、子どもに言い聞かせるような口調になってこう言った。


「いいかい、人魚が嫌われる理由はその三と四の方の二つ。災厄の前兆だとか、血を見ると呪われるとか、そんな伝説のあるやつは誰だって良くは思わないだろう?」


 あぁ。なるほど、そう言うことね。でも、


 ――血を見て呪われても、それをすすれば呪いは解かれるんだから、怖がることなくない?


 と水を差すようなことが一瞬頭を過った。すると、チェルヒェが姿を現したかと思うと、ジト目で私を見つめて口を開く。


「じゃぁアリスは、転んでけがした時に、たまたまそこに居合わせた知らないおっさんに傷を舐められても良いわけだね?」


 ――っう。それは嫌かも……。私だったら、例えそのおっさんが呪われても、全力で逃げるかもしれない。あーでも、それじゃ後味悪いな。やっぱり覚悟を決めて……。


 って人魚でもないのに何考えてるんだろ、私。と思ったところで、ハタと気が付く。


 ――こいつやっぱり人の心覗いてやがる!


 私がチェルヒェを睨みつけると、彼は面白がるように眼を細めてクスクスと笑った。


「まぁさ、不吉な君も役に立つかもしれないからってことで、エーリオに献上されたんだよ。んで、エーリオはというと、人魚が献上されたと聞いてから、自分の呪いがやっと解かれると喜んでたってわけ。なのにさぁ、実際に来たのは――」


 ねぇ?と、チェルヒェは意地悪く私の耳元で囁く。


「あーあ。エーリオって可哀そうだよ」


 なんだか、私が悪いと責められているような気がしてくるが、でもさぁ――。


 ――チェルヒェは最初から、私が人魚じゃないと知ってたなら、あらかじめエーリオに教えてあげたらよかったんじゃ? そうすれば彼がぬか喜びすることもなかったのに。


 とちょっとだけ思ってしまった。しかし、チェルヒェは私のその心の声をまたまた読んでか、知らずか、


「そう言えば、どうしてエーリオが君が人魚じゃないって分かったか分かるかい? どうやら、君の瞳は人魚のそれとちょっと違かったらしいね。人魚は漆黒の瞳の中に、僅かにアメジストの色が混じっているらしいんだけれど、君はただの真っ黒の偽物なんだってさ。エーリオが憎々し気に言ってたよ」と、話題をそらした。そして、


「まぁさ、エーリオにバレて良かったんじゃないかと僕は思うね。そうじゃなきゃ、今日の夕食は君がメインディッシュになるところだったんだからさ……ハハッ」と、チェルヒェはサラリと恐ろしいことを言ってケタケタ笑っている。


 そんな彼の捉えどころの無い異常性に、私の背筋に悪寒が走り、この身は僅かに震え上がる。


「さ、最初から私のこと分かってたんだから、違うって言っといてよ……」


 そう言う私の声は少しだけ上擦っていた。けれどもチェルヒェは悪びれもない様子で、


「期待したエーリオをガッカリさせるなんて、そんな可哀そうな事は僕にはできないよ。それに何事も、最初からネタバラシしたら面白くないものだよ」と微笑んで舌を出す。


――こいつ……。


 私がギリリっと拳を握りしめ、ふっ――。


 唐突に、しかし一瞬だけ、私の視界が白黒した。


 と思えば、目の前に切っ先がこちらに向いた弓矢があった。チェルヒェが、飛んできたそれを捕まえたような形でそれを握りしめている。


「え?」


 突然のことに私が言葉を失っていると、


 ――ドシン!


 と重たい音を鳴らして、少し離れたところにある木の上から、黒い何かが落ちてきた――。

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