16杯 熱心
サクラは夜の公園を歩く。
夜に出歩くのは、ましてや一人など危険だと分かっているが、じっとしている事は出来なかった。
あれだけ危険な目にあいながらも、また身を危険に晒してしまう。
それでも構わない。
なぜなら、満弦はもっと危険な目にあっているかもしれないのだ。
そもそも怒られたり、注意されて聞く耳を持った事など今までに一度もない。
相手の言う事を聞くのは自分より腕力がある時だけで、満弦はそんな気持ちを分かち合える、数少ない人間の一人なのだ。
出来るだけ人気を避けて歩くが、探しているのも人なのだ。だが満弦もどこかに隠れているかもしれない。
無意識にそう考えたのか、自然とより人気のない、満弦と最後に会った公園に足が向いていた。
◇
「間に合ってくれ!」
魁は声に出して念じ、絶望的だと思いながらも全力で走った。
真一は警察にも連絡すると言っていたが、そちらも間に合わないだろう。
問題の建物が見える。連絡を受けてから約二十分か。
何とか逃げていてくれれば……と願って階段を駆け上がり、ビリヤード場のドアを開ける。
だが魁の目に映ったのは、床や壁に飛び散った夥しい血と散乱した肉片だった。
制服の切れ端らしい布片も落ちている。
そしてその惨状の中、悠々と蟇目が椅子を回す。
「よう。遅かったな」
◇
「満弦?」
サクラは暗がりにうずくまる人影らしきものを見つけて声をかける。
遠くて顔は分からないが、公園のトイレの裏に隠れているのだ。変異種ではないだろう、と安心して近づく。
「た、助けて……」
「満弦なの?」
サクラは我を忘れて駆け寄る。
体育座りで顔を伏せている男の両肩に手を置き、軽く揺さぶる。
「うう……」
と呻いて上げられた顔は満弦の物ではなかった。
サクラの期待に満ちた顔は、ふっと失望の色に染まる。
「た、助けてよ」
溜め息を付いて立ち上がり。
「こんな所にいたら危ないわよ。早く帰りなさい」
自分は絶対に従わないであろう言葉を男に投げかけ、立ち去ろうと踵を返す。
「もうダメなんだ……。抑えられないんだ……」
何がよ、とウザいものを見るような視線を向ける。
「これ以上……、抑えられないんだばあああ」
男の泣き顔は更にいびつに歪み、開けられた口は大きく、大き過ぎるくらいに開いた。
口にはびっしりと牙が生え、体がもこもこと膨れ上がる。
ひいっ! と悲鳴を上げて逃げ出すサクラの後ろで、変異種は雄叫びを上げた。
◇
「ぐっ!」
と魁は歯を食いしばり、刀を抜く。
蟇目に斬り掛かろうと一歩踏み出した時、ガタッと横から二つの影が飛び出した。
伏兵か? と対応しようとしたが、怒りに任せて蟇目しか目に入っていなかった為、そのタックルをまともに受けた。
しまった! と倒れた魁は態勢を立て直そうとするが、抱き着いて来た影は子供のような泣き声を上げる。
目を丸くした魁は、耳を押さえている蟇目を見る。
「そいつらが泣き叫ぶもんだから、早く殺せって言ったんだが……このガキどもは聞かなくてな」
足元の肉片を見る。
尚もすがり付く二人、優美と明美を宥めるように離し、逃げるよう言い聞かせる。
二人を外へ出すと蟇目に向き直った。
「そういう事ですか。でもお礼の必要はないんでしょうね」
「当然だ。他人が誰を殺そうと、俺の知った事じゃあない」
魁は刀を構えた。
◇
サクラは夜の公園を走る。
だが走るのに適していない靴は危なっかしい音を響かせ、地面の突起に引っかかる。
靴が脱げ、サクラは派手に転倒した。
肘と腰を打ち、立ち上がれずに地面を這う。
痛む肘に呻きながら携帯を取り出す。
魁の番号は知らない。さすがに聞くのは憚られたからだ。
真一に電話し、あわあわと現在位置を伝える。それとも伝えるべきは最期の言葉だったか?
大丈夫だ。バイクに乗った変身ヒーローはこのタイミングでも間に合っている。
しかし魁はバイクに乗っていなかったな……と考えた時に背後からドスドスと足音が近づく。
変異種は咆哮した。
初めて見た奴と同じだ。獣そのもので理性も知性も感じられない。交渉も取引も通用しない。時間稼ぎも出来そうにない。
だが爪を振り下ろした変異種は、突然何かに弾かれたように吹っ飛んだ。
◇
小学校低学年層に人気のアニメがある。毎週日曜日の朝に放送し、もうかれこれ十年は続いている長寿アニメだ。
極普通の小学生の女の子が、宇宙からやってきた小さな生物の力で超能力が使えるようになり、仲間を増やして悪と戦う魔法少女物のドタバタコメディ。
マーケティングも広く、アニメを見た事がない人でも一度くらいは絵を見た事はあるというメジャーな物だ。
主に小学生の女の子に絶大な支持を受けるアニメだが、大きなお友達が量販店で大量に大人買いする光景も珍しくない。
その可愛らしいアニメの主題歌の軽快なメロディーが、壮絶な戦いを繰り広げる二人の間に流れていた。
変異した蟇目は壁を蹴って跳躍し、屋内を縦横無尽に跳び回りながら攻撃を繰り出す。
魁はその攻撃を流れる水の如く受け流しているが、全力疾走してここに辿り着いたため、やや疲労の色が見える。
蟇目は攻撃を止め、先程から軽快なメロディーを奏でる魁の肩辺りを指した。
「お前、ワザとやってんのか? 出るなら出ろ。興が削げるだろ」
魁は息を整えながら携帯を叩く。
『た、大変です! サクラさんが!』
通話するなり真一が叫び、状況を伝える。
魁は通話を切り、蟇目を見る。
「勝負は預けます。図らずとは言え二人を助けてくれた事には違いありません。必ず再戦すると約束します」
「おいおい、ふざけんなよ! 何回仕切りなおしゃ、気が済むんだ!」
承諾しない蟇目に構わず階段を駆け下り、外へと飛び出す。
蟇目は跳躍すると窓をぶち破り、下方を走る魁の姿を捉える。
このまま飛び降りざまに背後から攻撃するか、と本能的な衝動に駆られるが、
「ちぃっ」
青毛の変異種は振り上げた爪を下ろした。
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