五十五話 愛の逃避行
後日フェスタニア公爵は拿捕された。
復活した国王が即座に命令を下し関所の監視を強めていたからである。公爵は取り調べを行った後、公開処刑が行われることとなった。それに伴いフェスタニア公国は事実上、解体されることとなった。
「面を上げよ」
声に従い俺達は顔を上げる。
目の前には玉座に座る国王がいた。
「よくぞ余と民を救ってくれた。深く礼を言うぞ」
「いえ、俺は仲間の為に行動しただけで礼ならエレ――クリスティーナ様に言って欲しい」
「困ったな。我が娘も同じことを言っているのだが。なぁクリスティーナよ」
国王の傍に立つのはドレス姿のエレインだ。
彼女は微笑みを浮かべている。
「義彦様は大変謙虚な方です。どれほど素晴らしく偉大なことを行ったのか自身からはほとんどおっしゃりません。ですが私は直接この目で見てきました。お伝えしたことは紛れもなく事実。この方こそがお父様と国を救ってくださったのです」
「ならば褒美をとらせねばなるまいな」
片膝を突く俺は緊張していた。
ようやくエレインとの……ぐふふ。
そんなことを考えていたが予想は裏切られる。
「爵位と領地を授けてやろう。位は男爵、場所はレイクミラーでよいな。それと金貨五百枚を授けてやろう」
へ……爵位? 領地?
エレインとの初夜は??
きょとんとする俺に国王は眉間に皺を寄せる。
「不満か?」
「い、いえ……」
「お父様。ちゃんとお伝えしたではありませんか、彼は大会を制し見事優勝を成し遂げたのです。ぜひ私との婚姻を」
国王は「ならん」ときっぱりと拒否した。
「あれは余が薬で呆けているのをいいことに、フェスタニアが勝手にした約束事だ。つまり大会は無効。余はお前をこの者に娶らせるなど認めん」
「ですが国王の名で開かれた大会です。それでは民に示しがつきません」
「ならんといったらならん! 余は確かにこの者やお前に深く感謝をしておる! だからといって可愛い娘を差し出すなど、余は断じて認めんからな!」
「お父様!」
「うぐっ……今日は解散だ! 後日話をする!」
親子喧嘩が勃発し、俺に褒美を渡すという話は日を改めることとなった。
謁見の部屋を出る際、エレインが国王の胸ぐらを掴んでいるのを見てしまったのは内緒だ。
しかし大会が無効とは。
なんの為にあんなに頑張ったのか分からないな。
はぁぁ、酒でも飲んで寝るか。
「――で、何ももらえなかったでござるか?」
「いいじゃん。アタシは結構楽しめたけど」
「お前はな。俺は戦闘狂いじゃねぇんだ」
「ミャ」
酒場で飯を喰らいつつ酒を飲む。
顔をそろえるのは俺とリリアとロナウド。それとピーちゃんだ。
テーブルには積み重なった皿が存在感を放つ。
「おや、こんなところにいたのか」
「義彦達も食事に来てたんだね」
ブライトとピトが俺達を見つけて微笑む。
二人は隣の席に座って注文をした。
「修行は上手くいってるのか?」
「まだなんともかな。でも弓って僕に合ってる気がするんだ」
「フッ、ピトはなかなか筋が良い。私も教え甲斐があるというものだ」
現在ブライトはピトの専属指導員として王都に身を置いている。
聞けば彼は元々王都に来る予定ではなかったそうだ。しかし、あの黒い靄に取り憑かれてしまい、本意ではない行動と言動をとりつづけていた。言ってみれば彼も今回の被害者なのである。
戦いが終わった後、彼からはきちんと謝罪をもらったし特に今は思うところはない。
「でもケントがどこかに行っちゃったのは寂しいな。シーラとは上手くやっているかな」
「それについては保証しよう。私は取り憑かれている間、彼女から本心を聞いていた。彼女は一片たりともスタークに心を奪われてはいなかったのだ。決して打算的な行動からああしたのではないと断言する」
「そうだよね。シーラはそういうの苦手な子だったし。二人が幸せになってくれれば僕も嬉しいよ」
ピトはケントの残していった仮面を取り出して眺める。
きっともう鬼になろうなんてあいつは考えていないだろうな。
俺は肉を飲み込んでからブライトに気になることを質問した。
「なんで俺の鑑定に引っかからなかったんだ? 今までアレが取り憑いた相手は一発で分かってたのにさ」
「アレは人の奥に隠れることができる。そのせいで鑑定では見通すことができなかったのかもしれない。今後も充分に気をつけることだ」
人の奥か……それってすげぇ厄介だよな。
誰が敵なのか分からないんじゃ手の打ちようがない。
それこそ味方面して近づいてくる可能性だってあるわけだからさ。
しかも今の俺達には殺す手段がないときている。
どうにかしないとなぁ。
ブライトは俺の胸を指さした。
「取り憑かれている間、私はアレの言葉を闇の奥で聞いていた。アレはその鎧をひどく警戒していたようだ。それとそこの猫も」
「ミャ?」
肉にがっついていたピーちゃんが反応する。
ブライトはピーちゃんを撫でて顔を緩ませた。
するとロナウドがピーちゃんを守るように抱きかかえる。
「駄目でござるよ! ピーちゃんは拙者のモフでござる!」
「くっ、少しくらいいいではないか」
「許さぬでござる! このモフは拙者だけのものでござるよ!」
「待て! もうひと撫でだけ!」
ロナウドは目元を緩めてピーちゃんを撫でまくる。
ブライトは悔しそうに「ぐぬぬぬ」と唸った。
なんだブライトもモフ好きだったのか。
「あむっ、なぁ義彦。これからどうするんだ?」
「あ? ああ……」
片頬を食べ物で膨らませるリリア。
彼女の率直な質問に俺は頭を悩ませる。
予定通りエレインの父親は救った。最後は若干うやむやにはなったが、大会にも優勝できたし言うことはない結果なのだ。だが、そのおかげでエレインとの初夜もうやむやになり、おまけに姫君に戻ってしまったことでパーティからの脱退が濃厚となっていた。
大人しく褒美を受け取って引き下がればいいのかもしれないが、俺の中ではそれだけはだめだと採択が下されていた。というか本能が拒絶している。
エレインは俺の嫁だ。あの笑顔も、あの仕草も、声も、姿も、全部大好きなんだ。
正直こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。
離れると分かってから気が付くなんて、俺はなんて鈍感なんだ。
「でもね、僕だって最初はケントに言ったんだよ。家も何もかも捨ててシーラと逃げなよって。でもほら、彼はああ見えて責任感が強いからさ」
「それ故にあのようなことになってしまったのか。だがしかし、今までがあったからこそより一層愛は深くなったのではと私は思う」
「そうなのかなぁ。僕は見てて辛かったからなんとも言えないかなぁ」
ピトとブライトの会話を聞いていてハッとした。
俺の脳内で急遽会議が開かれる。
〈~第一回・義彦脳内会議~〉
義彦A「それでは会議を開きたいと思います。議題はエレインについて」
義彦B「きまってるのでちゅ。攫ってしまうのでちゅよ」
義彦C「ふぉふぉふぉ、思慮の足りぬ者め。もしそんなことをすれば儂らはあっという間に指名手配がかかるぞ」
義彦D「おでは~、さんせい~」
幼女神「アタシも賛成ー。その方が面白いしー」
義彦A「なるほど。俺は様子を見てから判断すべきだと思う」
義彦B「なんででちゅか」
義彦C「決まっておろう。ビビっておるのじゃよ。エレインが自分にどこまで好意を寄せておるのか分からぬからな」
義彦D「おでは~、えれいんすき~」
幼女神「えー? ここで迷う必要あるかなー?」
義彦A「しかしだな、もし目の前で断られたらどうする。ショックから立ち直れないかもしれないぞ」
義彦B「断るはずがないでちゅ。エレインはボクのお嫁さんでちゅ」
義彦C「くはははっ、何が嫁だ。そんなもの建前にすぎん。所詮は義彦という人間を利用する為に話に乗っただけだ。これだから童貞は困るのぉ。すぐに良いように思い込む」
義彦D「おで、えれいんと、ずっといっしょ~」
幼女神「でもあの子、キスしようとしたよねー?」
義彦ABCD「ああっ!」
幼女神「もっと自信を持って良いと思うよー。縛り上げてでも連れて行くべきだと思うー。ほら、やっぱり愛は幾多の困難を乗り越えてこそだしー」
義彦ABCD「おおおおっ!」
幼女神「愛と欲望に身を任せよう!」
義彦ABCD「うおおおおおおおっ!!」
〈脳内会議終了〉
結論は出た。俺は今宵エレインを攫う。
このまま爵位と領地と金だけもらって終わりなんてごめんだ。
俺が本当に欲しかったのはエレインなのだから。
少なくとももう一度話し合う必要はあるはずだ。
「リリア、ロナウド、ピーちゃん。俺はエレインを連れて行く」
「それってお城から攫うってことか? 面白そうじゃんっ!」
「さすがにそれは……いや、拙者からは何を言うまい」
「ミャ!」
二人と一匹は賛同してくれた。
やっぱりこのまま別れるなんてごめんだ。
それにあいつは言った。いつか天空の島を探しに行こうって。
天空の島を拠点にしたいなんて先を考えていない奴が口にするか。
エレインはこれからも俺と冒険をすることを考えていたはずなんだ。
だから、だから、俺は彼女を信じる。
いや、意地でも攫って連れて行くさ。
「ぼ、僕は今の話聞かなかったことにするよ」
「その方が良いでしょうな。関わると碌な事になりませんし」
隣の席ではピトが俺の言葉に苦笑いをしていた。
ブライトはやれやれと首を振る。
とりあえず決行に問題はなさそうだ。
◆
深夜の城内。
私は身支度を整え腰に剣を帯びた。
まさかお父様があそこまで頑固だったとは。
すでに私の義彦への気持ちは伝えている。
なのにお父様は、それは勘違いだとか身分が違うとかで全然取り合ってくれない。
もちろん私だって王女としての自覚や責任は持ち合わせている。第一王女だし姉弟の中でも最年長だし。いずれ政略結婚で嫁ぐことだって理解している。
でも何か違うと思うの。
お父様や国を救ってくれたのは、この国となんの関わりもない義彦やリリアやロナウドなのに、領地やお金だけ渡して納得させようなんて間違っている。
それに義彦は大会を制した優勝者なのよ。王の名で開催された以上、いかなる理由があろうと王はそれに応えるべきなの。
これじゃあ私が義彦に嘘を付いたみたいじゃない。
だから私は……義彦の元へ行きます。
これは義務でもなく責任でもなく私がしたいからする行い。
もう戻って来られないかもしれないけど、決して後悔はしないと誓う。
だって義彦は私の愛する旦那様なの。
彼と出会ったあの日、私はこれは運命だと感じた。
ただでさえ一目惚れしていたのに、彼は私をどこまでも救ってくれたのだ。
私は彼にどこまでも付いて行きたい。置いて行かれるなんて絶対に嫌。
彼の右腕になり、彼の背中を守り、彼の全てを愛する。
それこそがエレインの人生。
故にクリスティーナの名はここに返上いたします。
机にお父様宛の手紙を置く。
「さようならお父様。私の分まで姉弟を愛してあげてください」
私は部屋の窓を開ける。
夜風に揺られてカーテンが揺らめいた。
今宵は満月。旅立ちには良い日だ。
私は飛び立とうと身を乗り出すと、真下に人影があることに気が付く。
それも窓のすぐ下の壁に。
「き、奇遇だな。まさかこんなところにエレインがいたとは」
「……義彦?」
壁に張り付いているのは義彦だった。
「早く上に行けって。義彦のお尻が邪魔なんだよ」
「そうでござる。まったく壁登りがなっておらぬでござるな」
「うるせぇな。お前らちょっと黙ってろ」
義彦の下にはリリアとロナウドがいた。
私はその姿がおかしくてつい吹き出してしまった。
「どうしてきたのですか?」
「それはその……ほら、俺達夫婦みたいなものだろ。だから連れて行こうかと思って」
「連れて行く? どこに?」
「旅だよ。まだ俺の目的が達成されてないじゃないか」
「世界最強の冒険者ですか」
「そう、まぁ正確には剣士なんだけどな」
義彦は窓枠まで這い上ってくる。
つぶらな瞳に優しそうな顔。
「だから一緒に――っんん!?」
「はぁ、ん、んん、ちゅぱ、くちゅ、んふぅ」
私は彼の顔を掴んでキスをしていた。
気持ちが抑えられず唇に唇をこすりつけて、気が付けば舌に舌を絡ませて無我夢中で彼の甘く柔らかいものをむさぼっていた。心臓は締め付けられもっと欲しいと思ってしまう。
「ぶはっ、え、えれいん……?」
「聞くまでもないでしょ。私は貴方のお嫁さんなのですから」
「ちょ、おわぁ!?」
義彦の両手を掴んで飛び立つ。
下を見ると義彦の足にリリアが掴まり、リリアの足にロナウドがしがみついていた。
私は三人をぶら下げたまま夜の王都を飛翔した。
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