第89話 心に芽生えるもの
赤く燃え上がるクキの森。
そこで繰り広げられていたのは、エルフ達を殺害し、凌辱する異種族ハンター達であった。
エモーションし、現場に急行したアスト達。
異種族ハンター達の非道を目の当たりにし、ルドとスノーラは怒りを超えた殺意が芽生え、異種族ハンター達の殺害を試みた。
セリナの静止を振り切り、ルドとスノーラは武器を構える。
・・・その直前、突如ルドとスノーラのエモーションが、解除されてしまった。
「こっこれは・・・」
「どうなっているんだ!?」
突然エモーションが解除されたルドとスノーラ。
マインドブレスレットのスライドを開け、再びエモーションパネルを押すが・・・
『ロック!!』
マインドブレスレットから聞き慣れない音声が響くが、それ以外は何も起きない。
「なっなんだ!? この女共は!!」
「とっ捕まえろ!!」
周りにいる異種族ハンター達は、エルフ達の捕獲を目撃したルドとスノーラを捕まえようと、2人を取り囲もうとする。
「まずいっ!」
ライカがすばやくルドの元に駆け寄る。
先ほどの突進で、ライカ達から離れた上、異種族ハンター達が密集しているほぼ中央に立っているルドが最も危険と判断したからだ。
「このっ!!」
ライカは群がるハンター達の首や腹などを蹴り、意識を奪っていく。
「一体、どうなってんだ!!」
ルドはパニックになりながらも、再度エモーションを試みる。
しかし何度やっても、『ロック!!』という音声が響くだけで何も起こらない。
「ちょっと!! そんなことしてる暇があるなら、とっとと逃げなさいよ!! このバカ牛!!」
アストを装着しているため、ハンター達を倒すことはできるが、ルドを守りながらでは、思うように動くことができないため、ライカも焦り始める。
「わっわかった・・・」
状況を把握し、ルドは重い足取りで退却し、それを追うように、ライカも後退していった。
一方のスノーラも、駆けつけたセリアとセリナによって、異種族ハンターから守られていた。
スノーラもルドと同様、エモーションができずにパニックを起こしていた。
「スノーラちゃん!! 逃げよう!!」
「・・・」
動揺のあまり、正常な判断ができないスノーラに、セリアも「早く!!」と声を上げる。
「わっわかりました」
2人の声によって、我に返ったスノーラは異種族ハンターに背を向け、3人で走り去って行った。
「ったく! しつこい!!」
そう吐き捨てながら、ナイフで襲い掛かって来る異種族ハンターを軽く蹴り飛ばすライカ。
退却した2組はすぐに合流したが、後を追いかけてくる異種族ハンター達に手を焼いていた。
「撃て撃て!! 撃ち殺せ!!」
追いかけてくる異種族ハンター達が、装備している銃やライフルで、アスト達を撃ってくる。
「危ない!!」
セリナはとっさにシールドを張り、銃弾を防ぐ。
立て続けに撃ってくる銃弾をシールドで防ぐセリナ。
手榴弾も投げてくるので、爆風を浴びないように、シールドをドーム状に変化させる。
「これでも喰らえや!!」
異種族ハンターの1人が撃ってきたのは、バズーカのような大型の銃であった。
かなり強力な銃で、シールドに着弾した途端、巨大な爆発を起こした。
「うっ!!」
セリナは思わず膝を付いてしまった。
「お姉様! 大丈夫ですか!?」
セリアがそう声を掛けると、セリナは「だ・・・大丈夫だよ」と返す。
それが強がりなのは、もちろん全員が理解していた。
だからといって、今シールドを解けば、一瞬でハチの巣にされるのは目に見えていた。
しかし、シールドも銃弾を受け続けているため、次第に消えかかってしまう。
「おっお父様に連絡します!」
これ以上はセリナが危ないと判断したセリアは、マインドブレスレットを開き、ゴウマに連絡を取ろうとっする。
転送システムで、回収してもらうつもりだ・・・その時!!
「情けねぇな~。 お前ら」
アスト達の背後から、あおるような言葉が投げかけられた。
全員が振り向くと、そこにいたのは、レオスのアーマーを身にまとったリキであった。
「あんた、何しに来たの?」
ライカが冷たく尋ねると、リキはゆっくりとアスト達に近づいてこう返す。
「最初は見学するだけにしておくつもりだったが、お前らがあまりにも弱いから見てられなくなった」
「なんだと!!」
リキの言葉に対し、ルドは怒りを覚える。
そんなルドにリキは軽く鼻で笑う。
「イキがってハンター共に突っ込んでいった癖に、無様に後退しちまったんだろ?」
「それは・・・」
ルドは言い返すことができなかった。
リキの言っていることは、変えようのない事実だからだ。
「とりあえず、奴らは俺が引き受ける。 もともとぶちのめす予定だったからな」
背中に背負っていた金棒を手に持ち、ゆっくりと歩き出すリキ。
「待って! 人殺しは・・・」
歩くリキの背中に向かってそう言いかけると、リキは言葉を遮ってこう言う。
「安心しな、嬢ちゃん。誰も殺しはしねぇよ。 俺は強いからな」
それだけ言い残すと、リキは異種族ハンター達の元へ駆け出して行った。
「なっなんだあいつ!!撃て撃て!!」
異種族ハンター達の標的は、向かってくるレオスに変更された。
しかし、レオスのボディには、銃弾程度では、傷すらつかない。
「いくぜっ!」
レオスは金棒を振り回しながら、異種族ハンター達を蹴散らしていった。
そして、アスト達はレオスに背を向けイーグルを置いている場所まで退却した。
イーグルを置いている安全地まで退却したアスト達は、すぐさまゴウマに連絡を取った。
ルドとスノーラのマインドブレスレットは、エモーションはできないが、連絡を取ることはできた。
『ゴウマ様!! どういうことなのですか!? なぜ私とルドのエモーションが突然解除されたのですか!? その後もエモーションができないままです!! 一体何が起きているですか!?』
普段冷静な性格からは信じられないほど動揺するスノーラ
『落ち着けスノーラ』
『落ち着いている場合かよ!! クキの森のエルフ達があんな風になっているのに、何もできなかったんだぞ!!』
激情するルドに対しても、ゴウマは『落ち着けと言っているんだ』と宥める。
そして、ルドとスノーラが冷静さを少し取り戻した所で、ゴウマはゆっくると口を開いた。
『みんなには言っていなかったんだが、マインドブレスレットには”ある条件を満たした時だけエモーションをロックする安全装置”が付いているんだ』
『ある条件?』
初めて聞いくことに、ライカが首を傾げる。
『君達の心に芽生えた”殺意”をマインドブレスレットが感知した時だ』
『・・・殺意』
ルドとスノーラは互いの目を見て思った。
確かにエモーションが解除された時、2人は感情的になって異種族ハンターを殺そうとした。
もしあの時、エモーションが解除されていなければ、2人の体は血に染まっていただろう。
『ルド、スノーラ、君達の心には殺意がある。 異種族ハンターに対する殺意が・・・それを消し去らない限り、アストは起動しない』
ゴウマのこの言葉に、ルドは再び冷静さを失い、こう叫ぶ。
『なんでそんなもん付けたんだよ!! あいつらが好き勝手にしたせいで、何人もエルフが殺されたんだぞ!! その上、森を焼かれ、凌辱までされたんだ!! 同じ森を守る者として、こんなこと許せる訳がないだろ!?』
『私もルドの言葉に賛成です! 個人的な恨みによる行動であることは否定しませんが。 それでも、あのような非道な奴らに、生きている資格はないと思います』
言葉は冷静だが、心の中では、怒りと恨みで満ちているスノーラ。
そんな2人に、ゴウマは少し強い口調でこう言う。
『2人共よく聞け。 相手がどんなに非道な人間であっても、力のある者が殺意を抱いて武器を持ったら、人や動物を傷つけるだけの”兵器”と同じだ。 ワシはお前達を兵器にするために、マインドブレスレットを渡した訳ではない!』
『じゃあ、ゴウマ国王は、あいつらのことを許せって言うつもりかよ!!』
『そうじゃない。 本当に許せないのなら、殺人なんて簡単に償わせられる手段を選ぶな! 自分達がどんな非道なことをしたのか思い知り、後悔と反省の中で一生を生きる。 それが本当に償わせるということではないのか!?』
「「・・・」」
ゴウマの言葉に、2人は押し黙ってしまった。
『みんなでよく考えるんだ。 そうすればきっと、自分ができることが見つかるはずだ』
そう言い残すと、ゴウマは通信を切った。
「・・・みんな、ごめん。 オレちょっと熱くなり過ぎたみたいだ。 そのせいでみんなに迷惑を掛けてしまって、本当に悪かった」
「私も・・・冷静さを失い、もう少しで、奴らと同じ殺人者になるところでした。本当に申し訳ありません」
ゴウマの言葉で、ようやく心の中の殺意が消えた2人。
「2人共謝らないで。 私だって、パニックになって、あたふたしちゃったし」
優しく2人の謝罪を受け入れるセリナ。
「あたしはボランティアじゃないんだから、暴走するのは今回限りにしてよね」
相変わらず素直に人の言葉を受け止めないライカ。
「私もその・・・きき気にしていませんから」
あたふたしながらも、謝罪を受け取るセリア。
そして、殺意の消えたルドとスノーラは、その場でエモーションし、兵器ではないアストとしての姿になることができた。
冷静さを取り戻したアスト達は、異種族ハンター達がいた場所へと引き返した。
「・・・よぉ、遅かったな」
元の場所に戻ったアスト達が見たのは、意識を失って倒れている異種族ハンター達と、大量の土を操ってクキの森の消火活動をしているレオスの姿であった。
「嬢ちゃんに行った通り、誰も殺してはいねぇよ。 まあ勢い余って、骨は何本か折っちまったみたいだが・・・」
ケラケラと笑いつつ、消火に専念するレオス。
アスト達はすぐさま、エルフ達と異種族ハンター達の容態を調べた。
エルフ達は、強姦された女性エルフ達が、ショックのあまり気が動転しているようだが、重傷者はいなかった。
一方、馬車に積まれていたエルフ達は、そのほとんどが死んでいたが、かすかに息のあるエルフが何名かいた。
ちなみに異種族ハンターはレオスの言う通り、骨折などのケガはあるが、死者はいない。
「スノーラ。 このエルフ達、どうする? イーグルでホームまで運ぶか?」
ルドがかすかに息のあるエルフを馬車から降ろしながら、スノーラに尋ねる。
「いや、これだけのエルフ達をホームまで運ぶには、時間が掛かり過ぎる。
それに病院ではないホームの設備では、それほど多くのケガ人を見ることはできないだろう」
「じゃあ、どうするんだ?」
「・・・イチかバチか、ビスケット病院に運ぼう」
「ビスケット病院!? お前何を言ってんだ!? こんなことを計画した張本人に治療してもらうっていうのかよ!!」
「この近くには、ほかに病院はない。 それに、エルフの身体構造は人間とよく似ていると聞く。
治療は不可能ではないだろう」
「でも、治療を引き受けてくれるのか?」
「・・・わからない。 でもやるしかない」
「・・・へへ。 そう言うと思ったぜ。 よしっ!やろうぜ!!」
アスト達は、エルフ達をビスケット病院で治療してもらうため、病院に運ぶことにした・・・
さかのぼること1時間前、ビスケット病院の屋上・・・
「・・・」
そこにいたのは、燃え盛るクキの森をじっと見つめるミヤであった。
冷たい風を浴び、悲しくなびる金色の髪。
その瞳には、怒りと哀しみが溢れていた。
そこへ、勢いよくドアが開いた。
「やっぱりここにいたんだね・・・」
現れたのは、レイランであった。
憐れむような目で母を見るレイラン。
長離れていた母と娘が、今 対立した。
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