【5品目】 山中にて身元不明の老人の遺体が発見された。しかし、ある女の供述により老人の身元が判明する。『身元不明』

身元不明

 K県 I市 T山 I川上流の沢沿いにて、推定90歳代とみられる男性の遺体が発見された。

 ”肌身に薄いタオルケット1枚で発見された”男性の死因は、司法解剖の結果、低体温症であると判明した。そして、同男性の胃の内容物はほとんど残っておらず、山中にて”遭難の際に負ったと推測される”擦過傷、骨折、血腫まで見られた。


 この一報を耳にした者たちの大半は、細かなディティールの違いこそあれ、真っ先に以下のように思わずにはいられなかったはずだ。

 ”ああ、おそらくどこかの家で、老人の介護に疲れ果てた家族が山中に老人を置き去りにしたんだろうな。置き去りにされた老人は、そのまま山中にて遭難死した。だが、まだ肌寒いこの季節にタオルケット1枚で山中に置き去りにするとは、なんて惨いことを。いくら介護が負担で、艱難辛苦であったにしろ、もっと他に方法はなかったものであろうか?”と。

 そして、彼らは皆、この非業の死を遂げさせられた老人の身元はすぐに判明するものだとも推測していた。


 しかし、遺体発見から数日経過しても老人の身元は一向に判明せず、一般市民からの事件解決に有益な情報なども何一つもたらされることはなかった。

 さらに、それだけではない。

 ちょうど同時期に、 I市内において”別の失踪事件”までもが発生していたがため、マスコミをはじめとする世の者たちの関心と”興味”はその別の失踪事件の方へと移り始めていたのだ。


 遭難死した身元不明の老人。

 そして、同時期に I市内にて発生した”4才男児失踪事件”。いや、まだ4才の男児が自宅から自発的に姿を消すとは考えらず、いまだ生死すら分からぬ男児が何らかの事件に巻き込まれたことは誰が見ても明白である失踪事件は、重なり合っていた。


 男児失踪事件の重要参考人として、警察署に呼ばれた1人の女の口から、俄かには信じがたい供述が紡ぎ出されたのだ。

 以下は女の口から語られた、重なり合っていた2つの事件についての残酷な結末である。


 

※※※



 はい。私の名前は、○○野△子です。年齢は3✖才。皆様にお見せしました運転免許証通りです。

 数か月前まではアルバイトをしていましたが、今は無職です。父と母、そして祖父の4人暮らしで暮らしています。祖母は数年前に他界しており、92才の祖父の介護は母が中心となって行っていますね。

 母にはよく「あんた、仕事もしていないなら、おじいちゃんの介護を少しでもいいから手伝って」って言われるんですけど、私、介護のことなんてよく分からないし、長年、祖父の介護をしている母の方が絶対に手馴れていると思うので、全部母に任せるのが一番かと思いまして……


 あ、少し話が逸れてしまって、申し訳ございません。

 私がこうして、警察署に呼ばれた理由はちゃんと理解しています。

 隣家のケイスケくんの失踪事件についてですよね。

 日中、ケイスケくんが自宅から忽然と姿を消した……その推定失踪時刻と思しき時間帯に、隣家の庭に勝手に入りこんでいる不審な女の目撃情報があったって……

 おそらく誰かが、”私の姿を見ていた”んでしょうね。

 私は隣家にこっそりと忍び込んで、ケイスケくんを連れ出したつもりだったので、目撃者がいたとは夢にも思いませんでした。


 ええ、確かに勝手にケイスケくんを連れ出した私がいけないのは百も承知ですが、まだ4才のケイスケくんから目を離していたケイスケくんのご家族にこそ”第一の非”があると思いません?

 いくら、ケイスケくんがそこら辺の子役タレント以上に愛くるしいだけじゃなくて、大人しくて聞き分けのいい育てやすい子だからといって……まだ4才の子供を自宅とはいえ1人で庭で遊ばせておくなんて親としてどうかと思いますよ。



 え?

 ”そんなこと”より「お前はケイスケくんをどうしたのか? ケイスケくんは今どこにいるのか?」ってことを聞きたいと……

 そうですよね。皆様のおっしゃる通りです。

 この状況で私個人の考えを述べるよりも、ケイスケくんの帰りを待っている”ご遺族”のことを第一に考えるべきでした。



 そう、”ご遺族”です。

 言葉どおり”ご遺族”です。

 ケイスケくんは、既に亡くなっています。


 い、いいえ!

 私がケイスケくんを直接、殺害したわけではありません!

 私に人殺しなんてできるわけないです!


 人の嘘を見破るプロである警察の方々でも、私のこの一点の曇りもない眼(まなこ)を見れば、「私がケイスケくんを直接、殺害したわけではない」という紛うことなき真実だけは汲み取っていただけるはずです。

 なんだったら、ポリグラフ検査を実施していただいたって構いませんよ。




 ……分かりました。

 最初から全てお話しいたします。

 私がケイスケくんを彼の自宅から無断で連れ出した理由ですが、男児に対するイタズラ目的だとか、独身で子供もいない私が疑似子育てを楽しみたかったとか、そういった陳腐なものではありません。

 正直、年端もいかない子供に性欲を感じてイタズラするような人なんて私には”人の皮をかぶった鬼畜”としか思えませんし、それに子育て中のお母さんって、メディア等ではキラキラして母としての輝きに満ちているイメージで描かれていますが、実際は子育てに疲れてギスギスしている方の方が多いように私には思えます。

 現に、隣家のお嫁さんである”ケイスケくんのお母さん”にしたって、道ですれ違った時に「あの、あんまり、うちの子をジロジロ見ないでもらえますか?」などと、育児と同居のストレスが相当にたまっているのか、私に向かって妙な言いがかりをつけてくることがありましたから……



 私がケイスケくんを連れ出した理由は、ただ1つです。

「ケイスケくんの一生分の姿を見てみたかった」だけなのです。


 実際にケイスケくん失踪事件の捜査にあたっている捜査員の方々も、すでにご存知であると思いますが、ケイスケくんは大変に可愛らしい子供でした。

 私が先にお伝えしたとおり、そこら辺の子役タレント以上に愛くるしい容姿のケイスケくん。彼の肉親ではなく、ただの隣人である私ですら、彼の将来が楽しみになるほどでした。


 こんな私の最大の趣味であり、唯一の趣味がネットサーフィンなのですが……皆様、”タイムスリップ写真”なるものはご存知でしょうか?

 ご存じないと?

 まあ、一言で説明するなら、”昔、撮影した写真と同じ場所で、被写体の方の服装やポーズ、写真の構図などもできうる限り再現して撮影した写真”ですね。

 時を経て撮影された2枚の写真を並べて眺めることで、被写体の方が送って来た人生の軌跡や、時代の移り変わりなども感じることができる、センチメンタルな写真たちに、私はこのところすっかりハマってしまいまして……「私もタイムスリップ写真を撮ってみたい!」と思うようにまでなったのです。



 しかし、私には昔も今も一緒に写真を撮ってくれるような友人はいません。

 それなら家族と写真を撮ればいい、とお思いになるかもしれませんが、贅肉で弛みきってしまった背中を丸めて仕事へと向かう父、自力で起き上がることももう出来ず日々布団の上で干からびていく祖父、その祖父の介護を一身に背負っているためか消えることのない隈を目の下に刻み込んだたままやつれ果てていく母なんて、写真の被写体にしたとしても何の映えもありませんし。



 そうです。

 皆様、お察しの通り、私は隣家のケイスケくんを、”私が撮影するタイムスリップ写真”の被写体に選んだのです。


 私はこっそりと連れ出したケイスケくんを、私の自宅ではなく、私の車の中へと連れていきました。だって、私の祖父の部屋からはそこはかとなく糞尿の臭いが漂ってきておりますし、そもそも私の母がずっと自宅におりますためケイスケくんと2人だけになることができませんからね。

 私は”頸部を軽く圧迫して眠らせたケイスケくん”を後部座席の足元に横たえ、彼を上から薄いタオルケットで覆い隠して、車を走らせました。

 人気のない場所を、私がケイスケくんと2人きりとなれる場所へと目指して――

 

 そして、私の車はT山の麓へと辿り着いたのです。

 タオルケットの下のケイスケくんは、まだ眠ったままでした。

 私はあどけない寝顔のケイスケくんを抱き上げて、後部座席へと座らせました。

 本音を言うなら、彼には目を開けてもらって弾けんばかりの笑顔を見せて、いろいろなポーズまでとって欲しかったのですが、さすがにこの状況で彼にそのようなことを望むのは無理であるとの想像力ぐらいは働きますので、私は眠ったままの彼へとスマホを向けることにいたしました。


 私はまず現在の4才のケイスケくんの写真を1枚撮影いたしました。

 そして、スマホの中にダウンロードしてあった「A miserable time slip picture」とアプリケーションを開きました。

 この「A miserable time slip picture」というアプリは、私がネットサーフィンをしていて偶然に見つけたアプリです。このアプリの開発者やアプリを開発された背景については良く知らないし、調べる気もなかったのですが、なんとこのアプリを被写体に向けて画面下部に表示されているメモリを調整いたしますと、0才から100才までの間の被写体の一生分の姿を画面に映し出すことができると。

 一生分の姿とありますが、被写体が老人となる前に事件、事故、病気、自殺等で亡くなってしまうため途中で姿が映し出されなくなったり、また、被写体の食生活や経済状況、人生経験によって培われていった性格等が影響して顔立ちや体型そのものが、良い方にも悪い方にも変わってしまうという”本来の未来”を映し出すことまでにはアプリの力は及ばす、今、現在の姿をそのまま着実にタイムスリップさせていった姿だけを映し出す模様です。”老け顔アプリ”というのもありますが、それとよく似たような感じですね。


 え?

 アプリ名を日本語に直すと「惨たらしいタイムスリップ写真」の意味になると?

 申し訳ございません。私、よく確認もせずにアプリをダウンロードしたものでして……ただ、一言だけ確実に言えるのは、ケイスケくんが亡くなってしまう”主な原因”を作ったのは、あのアプリだったのです。



 同アプリを開いた私は、画面下部の年齢表示のバロメーターを調整いたしました。

 現在4才と表示されているケイスケくんの年齢バロメーターを、一気に10才まで移動させました。そうすると、私のスマホ画面にはちょうど小学校4年生のケイスケくんの寝顔が映し出されたのです。

 可愛らしい小学生に成長したケイスケくんの寝顔にキュンキュンと胸をときめかせてしまった私は、年齢バロメーターを次々に上の年齢へと移動させていきました。

 15才、20才、25才、30才、35才……


 どの年齢においても、やはりケイスケくんは今現在の顔の整い具合を崩すことはありませんでした。顔が縦にニョーンと伸びたり、妙にエラが張って崩れたりすることもなかったのです。

 これから先、容姿に優れた人が圧倒的多数である芸能界に入る縁が彼の人生に紡がれていたとしても、日本中の女の子のハートをときめかせることは間違いなしと、私は確信せずにはいられませんでした。彼が何事もなく人生を歩んでいけたなら、いずれ日本の宝となっていたでしょう。


 35才の年齢バロメーターの後は、40才、45才、50才と……

 ”本来なら寿命によってケイスケくんより先に亡くなる定めであったはず”の彼のお母さんすら見ることができない彼の姿を、他人である私が無我夢中でスマホにおさめていきました。


 60才、65才、70才、75才、80才……

 世にも稀な美貌の少年、ケイスケくんの人生のメモリー。眩しい若さに満ち溢れていた頃の彼もこの上なく素敵でしたが、渋さと愁いを醸し出す老人となった彼にもまた格別の味わいがありました。

 男の魅力、いえ、人間の魅力というのは、やはり幼さや若さだけではありませんね。


 90才、95才と私は年齢バロメーターを移動させていきました。

 スマホ画面の中のケイスケくんは、ついに私の祖父と同年代となりました。しかし、今も昔も呆けたようなマヌケ面の私の祖父とは元々の目鼻立ちの出来が違っていることを、これ以上ないほどに実感することになりましたよ。


 しかし、年齢バロメーターが、ついに最終地点である100才にまで到達した時、思いもよらないことが起こったのです!

 スマホが電池切れ寸前。

 ケイスケくんを夢中で撮影していた私は、スマホの電池がみるみる減っていってしまっていることに全く気づかなかったのです。


 私は焦りました。

 このままじゃ、メモリーのラストを飾る100才のケイスケくんの姿をおさめることができなくなってしまう!

 ですが、私は自分のカバンの中にモバイルバッテリーを用意してはおりませんでした。

 これは、紛うことなき私のミスです。私の”しくじり”です。


 そのうえ、私の焦りに追い打ちをかけるかのように、スマホ画面には赤枠で囲まれた無慈悲な言葉がピコーンという警告音とともに表示されたのです!


「完全に電池切れとなる前に、被写体の年齢を元の年齢へと戻してください!!! そうしなければ、現在の画面に映し出されている姿が被写体に”そのまま適用”されてしまいます!!!

 早く、一刻も早く、被写体の年齢を元の年齢へと戻してください!!!」


 私も焦っていましたが、アプリも相当に焦っているようでした。

 アプリ名自体は英語でありますのに、アプリの説明やこういった警告文はきちんと日本語訳をしてくれていることは有難かったです。


 私は急いで、年齢バロメーターをケイスケくんの元の年齢――4才まで戻そうとしました。

 しかし、100才、95才、90才とまで来た時、スマホの電池があっけなく切れてしまったのです。

 これは私の命運だけでなく、ケイスケくんの命運が尽きてしまったことを意味していました。


 そう、お察しの通り、後部座席であどけない寝顔を見せていた4才のケイスケくんは、90才の老人へとその姿を変えてしまったのです……

 もちろん、ケイスケくんが身に付けていた衣服は全て千切れて弾け飛んでしまいました。


 我が身の異変に気づいて目を覚ましたケイスケくんは、喉を押さえて少しばかり咳き込んだのち、「ママ―!!! ママ―!!! ママ―!!!」と私がいくらなだめても、超音波のごとく泣き叫び続けました。

 私の目に映っているケイスケくんは、どこもかしこもシワシワなフ〇チン姿の90才のおじいちゃんでした。しかし、彼の頭の中身は母を乞い続ける4才男児のままであり……私はそのギャップに萌えるどころか、とてつもない不気味さを感じずにはいられなくなりました。


「お前がやったんじゃないか!」って、確かに皆様のおっしゃる通りですけど……

 そもそも、ケイスケくんをあんな姿にしてしまったのは、あのタイムスリップアプリ「A miserable time slip picture」じゃありませんか?!


 私は困りました。とてつもなく困りました。

 この姿のケイスケくんを彼のお母さんの元へと返したなら、私はあのいかにも神経質そうな彼のお母さんに、ほっぺたが腫れあがるほどの連続ビンタ攻撃を受けるのは確実です。

 ただでさえ祖父の介護費用等がかさみ貧乏な我が家が、多額の慰謝料をケイスケくんの家から請求されることも目に見えておりました。


 本当にごめんね、ケイスケくん。

 でも、このままの姿で君をママの元に返すわけにはいかないんだ。


 心の中でケイスケくんに土下座をした私は、彼にタオルケット1枚を持たせて、車から降ろしました。

 彼を降ろした場所は、T山の麓です。


 私はてっきり、ケイスケくんが泣きじゃくりながらも町へと足を向け、通行人に発見され、身元不明の老人として保護されたのち、施設へと収容されるものだと思っていました。

 まさか、ケイスケくんが山の麓から、さらに上に――山奥へと向かうなんて想定外でした。さらに言うなら、彼がそのまま山中で遭難死するなんてことも、想定外でしかありませんでした。


 そう、先日、T山 I川上流の沢沿いにて発見された、推定90歳代とみられる男性の遺体は、ケイスケくんの遺体だったのです。

 自宅から失踪し、今、皆様だけじゃくて、ボランティアの方など町の有志の方々で必死で捜索中であるケイスケくんは、もうすでに発見されていたのです。


 本当に申し訳ございませんでした。

 でも、今の話で、私が直接、ケイスケくんを殺害したわけでないことは分かっていただけたかと思います。

 私はこれからきちんと刑に服すつもりです。そして”刑期を終えて戻って来たましたら”、私は二度とあのタイムスリップアプリ「A miserable time slip picture」を使用することはないでしょう……




※※※



 男児失踪事件の重要参考人として、警察署に呼ばれた1人の女の口より語られた信じ難い供述。

 

 隣家から子供を誘拐したこと自体が許しがたい犯罪であるのに、女の口から紡がれし言葉たちは、倫理や良心などあらゆる面がごく普通の人間とはズレまくっていた。

 同じ部屋で黙って話を聞いていた捜査員たちの背筋すら、ゾッとさせるほどに。


 しかし、女の話が真実だとしたら、先日発見された身元不明の高齢男性の遺体は、ケイスケくん(4才)の遺体であるということだ。


 本来ならこれから先、何十年も生きることができたはずであったケイスケくんは、青春時代を楽しむこともなく、近所に住むキ〇ガイ女の手で一気に老人の姿へと変えられてしまい……タオルケット1枚だけを羽織ったまま、暗くて寒い山の中で、ただ母を求めて彷徨い続け、空腹状態なうえ高齢のため自由に動かず体力もなくなっていたであろう全身に擦過傷や骨折を負い続け……ついに力尽き、低体温症で孤独と恐怖のなか、亡くなっていたと!!!


 そんな残酷なことがあってたまるものか!

 ケイスケくんの無事な帰りを一日千秋の思いで待ち続け、自分たちも必死で彼の捜索にあたっている彼の父母、祖父母、親類縁者たちにこんな無慈悲な結末を伝えてたまるものか!


 けれども……

 件の身元不明の高齢男性のDNAと、行方不明のケイスケくん(4才)のDNAは一致してしまった。年齢が全く違うはずである彼らのDNAは、見事なまでに重なり合い、”身元判明”を示したのだ。



―――fin―――


【ややホラー風味な】身元不明【ショートショート第27弾】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888621177

(公開日:2019年2月24日)

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