第51話 贋作は真作足りえるか?:解
クロウは歯を食いしばり全力で踏ん張っているが、じりじりと闇に押しつぶされそうになっていた。なんとかスキアだけでも助けたかったが、指一本動かすことさえできない。
「それじゃあ、もう一度私の従者になってもらうわよ」
トゥーリは暗闇に押しつぶされそうになっているクロウを無視し、階段を上がっていった。彼女は邪悪な笑みを浮かべると、手のひらをスキアへとかざした。スキアは懸命に逃げようとしたが、右足の痛みがひどいらしく立ち上がることが出来ない。
「やめろぉぉぉ」
クロウの叫びもむなしく、トゥーリの手のひらがスキアへと触れた。しかし、1秒……2秒と時間が経っても変化が起こることはなかった。
「……なっ!?どうして」
目を見開き驚くトゥーリであったが、すぐに憎々し気な表情になると、目の前に座り込むスキアをにらんだ。
「このニセモノがっ」
トゥーリはそう吐き捨てた。
「わ、私はニセモノなんかじゃ……」
思わずと言った様子でスキアは叫んだ。だが、その声がかすかに震えていることは誰の耳にも明らかであった。
「あなたはティアという少女から私が創り出したスキアという人形なのよ。これを偽物と言わずに何というのかしら?」
トゥーリは嘲るようにそう言うと、それからふと思いついたというように階下のクロウへと話しかけた。
「あなたもそう思うでしょ、この子は偽物だって。それとも、お前はニセモノなんかじゃないってこの子を甘言で惑わせて協力させたのかしら?」
スキアは暗闇の中で、クロウがいる方へと目を向けた。その瞳には縋るような光が宿っていた。だが、クロウの発した言葉でそのかすかな光は消え失せた。
「……確かに、あいつはティアではないんだろうな」
その言葉を聞いて、トゥーリは勝ち誇ったように笑った。
「聞いたかしら、もうこの世界にはあなたの居場所はないのよ。……だからせめて私の手で終わらせてあげるわ」
トゥーリはほんの少しだけ悲しみを帯びた声でそう言うと、手を掲げスキアへと向けた。そうすると暗闇がスキアへと差し迫ってきた。スキアは抵抗する気力も無いようでうつむいている。
その時、暗闇にクロウのわずかに怒気をはらんだ大声が反響した。
「だけどっ、それがどうしたっていうんだよ!お前が偽物かどうかなんてそんなに大事なことなのかよ!」
びくっとスキアの体が揺れた。
「……大事ですよ。私がティアの偽物だったら私はもう——」
スキアは消え入るような、震える声でつぶやいた。
「他人から言われて揺らぐものなんて大事なものなわけがねぇだろうが!お前が誰だろうと、何者になろうとそれでも変わらないものはあるんじゃねぇのか!お前が“誰かなのか?”じゃねぇ、お前が何者でいたいのか、何がしてぇのかそれが大事な物じゃねぇのかよ!」
「……何をめちゃくちゃなことを言っているの!」
クロウの叫びに荒立ったようにトゥーリは吐き捨てた。
「……何がしたいのか?」
そんなトゥーリの足元でポツリとスキアがつぶやいた。
「……私は、私はお母さんに逢いたいっ!偽物だって本物だってどっちだっていい、私はお母さんにもう一度だけ会いたい!」
スキアはそう叫ぶと、足元に落ちていた絵画を一つ掴むとトゥーリめがけて放り投げた。
完全に虚をつかれたトゥーリであったが、絵画は彼女へは当たらず、下の階へと落ちていった。
「ふ、ふんっ。あんなめちゃくちゃな言葉に何を感化されたか知らないけど、最後の悪あがきも不発に終わったようね。……気が変わったわ。スキア、あなたより先に下にいるあのバカな男から先に始末してあげるわ。アリス!」
トゥーリは階下に控えさせていたアリスに声をかけた。
「次は、あなたの消し炭を地中深くに完全に埋めてあげるわ、もう二度と地上へ出てこられないようにねぇ!」
するとアリスは片方の手をあげ、暗闇に押しつぶされそうになっているクロウの方へと向けた。——しかし、彼女のその手の平はクロウを通り過ぎ、そのまま頭上へと向けられた。
「……確かにこの男がバカだよ、度し難い大バカ者だ。だけど今回ばかりはクロウが正しかったみたいだね。『イグヌス』!」
アリスの手のひらから臙脂色の火炎が吹き出す。その炎は暗闇のすべてを焼き尽くし、屋敷の天井に文字通り風穴を開けた。
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