第34話 宿泊

「使用人2人で維持するにしては建物が大きすぎませんか?」


クロウが訝しんで、そう聞いた。すると、トゥーリは少し悲しそうな顔をして


「我々の一族は父の代までは貴族であったのですが、王の不興を買ってしまい、爵位や領地をはく奪されてしまったのです。王のお慈悲でこの屋敷は我が一族の所有物として認めていただきましたが……。そういうわけで、このバティスト家にはほとんど財産と呼べるものがないのです。なので、使用人2人雇うので手一杯なんですのよ」


「君の父君はどうして、王の不興を買ったんだい?」


アリスのその質問を聞いて、トゥーリはこぶしで机をドンと叩き


「それは、あの男・・・私の父が人間との戦争へ参戦しないなどと腑抜けたことを言ったためです。人間など価値もなく、滅ぼしてしまえばいいというのに、あろうことか人間とは戦うべきではないといったのです。無駄な血を流す必要はないと、戦うのではなく国交を結ぶべきだとっ!」


一気呵成にそう言うと、トゥーリは肩で息をした。その青い瞳は誰の目から見ても分かるほど怒りに燃えていた。これを聞いて、クロウはハッとした。アリスのように人間に悪感情を持っていない魔人ばかりではないのだ、むしろ人間を害為すものだと思っている魔人の方が多いのだろう。無論、人間側も魔人を害であると思っている人間が多数を占めている。だからこそクロウ達は魔王討伐へと向かったのだ。


だが少しとは言え、魔人と触れ合ったことでクロウの中の考えは変わっていた。今は、叶うのであれば、魔人族とも仲良くなりたいと考えているし、目の前に人間を憎んでいるものがいるならどうにかしたいと思っている。だけど、今のクロウの言葉には何の重みもない。突然あった者に人間にもいい奴はいると言われたところで、長年積み上げられてきた考えが変わるわけでもない。クロウは机の下でこぶしを握り締め、自身の力の無さを恨んだ。


「人間は本当に——、いやなんでもない。それよりも、今ままでの話をまとめると、数年間この屋敷を訪れた少女はいないし、この屋敷で雇っていたこともないということで間違いないかい?」


アリスの冷静な声を聴いてか、トゥーリは深く呼吸をして息を整え、落ち着いた。


「お恥ずかしいところを見せて申し訳ありません。……えぇ、間違いありません」


「そうか、じゃああと一つだけ聞きたいんだけれど、スキアは私たちの持っている娘の情報と一致するんだ。彼女の素性を教えてもらってもいいかい?」


トゥーリは先ほどまでの柔和な笑みに戻り、かまいませんわと答えた。


「スキアは私の古くからの友人の忘れ形見なんですのよ。彼女がここに来たのは、7歳くらいの頃だったかしら。ただ、両親の死を受け止めきれずに、小さい頃の記憶をほとんど無くしているんです。それに、あなた達が探している方の年齢は今だと、20歳になるくらいでしょう?さすがに20歳でこんな子供のような見た目をしていないのではなくて?」


トゥーリは背後に控えるスキアを横目で見ながら言った。クロウは、隣に座る子供のような見た目をした自称“レディー”を見たが、すごい形相で睨まれたので、深くは突っ込まないことにした。


だが、本当にアンネの娘であるティアがここにいないとすると、とても困ったことになったと、クロウは考えた。なにせ、手掛かりはこれしかないのだ。アリスも同じことを考えているのか、眉間にしわを寄せ、鼻筋を指でなぞりながら考え込んでいる。そんな様子を察してか、トゥーリは優しい声で言った。


「他に行く当てがないのでしたら、今日はここへ泊ったらいかがでしょう?夜の迷いの森は昼とは比べ物にならないくらい危険ですわよ。それに、腰を落ち着けて考えることも、時として重要ですよ」


クロウとしてもアリスを守りながらの多数の魔物との戦いは避けたいところだったので、彼女の申し出をありがたく受けた。


「それでは、夕餉の時間まであと2時間ほどありますので、それまではお部屋でゆっくり疲れをとってくださいな。それと、一つだけ守っていただきたいことがありますの。先ほども申しましたように、この家にある絵画はとても大切な物ですので、触れないようにだけお願いいたします」


彼女はそう言って、彼女の自室へと戻っていった。そして、クロウ達はスキアに割り当てられた部屋へと案内された。クロウ達の部屋は2階の端の方にある部屋であった。内装はクロウが今まで寝泊まりしたどの部屋よりも広く、豪華であった。隣の部屋をあてがわれたアリスは、下がろうとするスキアを呼び止め


「すまないが、湯浴みをしたいんだけどいつ頃準備ができるかい?」


その質問に、スキアは極めて平坦な口調で答えた。


「夕餉の前でしたらいつでも入浴可能です。私は応接間にいますので、準備が出来たらいらしてください。浴室まで案内いたします」


アリスはうれしそうな顔を隠し切れない様子で、スキアに礼を言った。そして、スキアが下がった後、くるりとクロウの方を向き


「私の湯浴みが終わったら、君の部屋に行く。今後に関して、少し相談しよう」


アリスはそう言うと、すたすたと自室へと帰っていった。そんな様子を見つつクロウは、一つのことに気が付き、ポツリとつぶやいた。


「俺はいつ風呂に入ればいいんだ?」

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