第30話 迷いの森へ

「おい、いい加減そのにやついた顔をやめないか、うっとうしい!」


リュカに泊めてもらった部屋で、アリスは憤慨した。


「いや、だってお前があんな啖呵を切るなんて意外でさ。論理性も合理性もないあんな宣言をアリスがするなんてちょっとおかしくてなー」


そう言いつつも、クロウはくすすっと笑う。クロウのその笑いは嘲笑ではなかった。クロウはうれしかったのだ。蒼龍退治の時は流れで手伝ってはくれたが、彼女はどこかすべてのことが他人事であった。そんな彼女が誰かのために不器用ながらも立ち上がったことがクロウにはたまらなくうれしかったのだ、彼自身の行く道が他者に肯定されているようで——。


アリスに脛をガシガシと蹴られて


「いたた……、ごめんごめん悪かったよ。……それでどうするんだ、アリス。あと数日で迷いの森に入って、ティアっていう娘を連れて帰ってもないといけないわけだろう?」


「どうするも何も、行くしかないだろう。言っておくが別に君は着いてくる必要はないぞ、これは私がアンネに勝手に約束したことだ」


アリスが少しだけ、胸を張って言ったようにクロウは感じた。


「何言ってんだよ、アリス。こちとら蒼龍退治で、お前に助けてもらってるんだ、いまさらそんなこと言いっこなしだぜ」


それを聞くとアリスは心なしか、少しほっとしたようで、ふんっ、ならいいがねと言った。


「それよりもアリス、度々話に出てくる迷いの森って何なんだ?」


とクロウはかねてからの疑問をアリスへ尋ねた。


「あぁ、迷いの森というのはだね、高密度の魔素が充満している広大な森のことだよ。高濃度の魔素は、魔族にとって距離間隔や方向感覚を惑わす。だから、“迷い”の森と呼ばれているというわけさ」


「んじゃあ、アンネさんの娘さんがいる館にたどり着けるのか?」


そう聞くと、アリスはにやりと笑い、クロウを指さした。


「そこで君の出番というわけさ。君の力なら、おそらく高密度の魔素の影響を受けることなく、森を進める可能性が高い。だから、君が道を間違えさえしなければ館へとたどり着けるというわけさ」


そこまで聞いて、クロウはあきれ顔になった。


「なんだよ、最初から俺を連れて行く気満々じゃねーか。なーにが君は着いてくる必要はないだよ」


それを聞いたアリスはにやりと意地の悪い笑みを浮かべ


「君曰く、そんなの言いっこなしなんだろう?さて、明日も早いし、早く寝ようじゃないか」


そう言うと、彼女は布団にもぐりこんだ。はぁ、とクロウはため息を吐いた。思えばこの少女と出会ってから、こんなふうなやり取りが日常的になっていた。それはクロウにとって昔の仲間たちとのやり取りを彷彿とさせるものだった。クロウはチクリと刺す胸の痛みに気が付かないふりをして、布団をかぶって寝た。


翌朝、クロウとアリスはリュカにもらったわずかばかりの食料を持ち、出発した。出発の際に、


「本当にいいのか?迷いの森はその魔素量を目当てとした魔物も多い。見ず知らずの者のために、自らの命を危険にさらすなんてことはアンネも望まないよ」


リュカはそう心配そうな顔で言った。そんなリュカの憂いを払拭するように、アリスは笑いながら言った。


「大丈夫さ、何も私たちは死の行軍をしようってわけじゃない。私たちは生きるために、希望をつなぐために行くのさ。そういう者たちにかける言葉は古来から決まっているだろう?」


それを聞いたリュカは、少しキョトンとした顔をした後、困ったように笑うと、言った。


「あぁ、そうだな。行ってらっしゃい二人とも。無事に帰ってくることを心から願っておるよ」


「「あぁ、行ってきます!」」


クロウとアリスは二人、声を揃えて、迷いの森へと旅立った。クロウはいたずらっぽく笑って、アリスに言った。


「今度はわりかし、かっこよく決まったんじゃないか?」


アリスは唇を尖らせ、足を上げると、思いきりクロウの脛を蹴った。クロウの叫び声があたりの草原へと広がった。そして、アリスは一人でずんずんと進んでいってしまった。クロウは若干足を引きずりながらも、そのあとを小走りで追った。


 そこから、4時間ばかり歩いたところで、迷いの森の入口へと着いた。クロウが隣を歩いているアリスを見ると、玉のような汗を頬にへばりつかせ、肩で息をしていた。


「大丈夫か、アリス。ちょっと休むか?」


「いや、大丈夫さ。ほら急ごう」


アリスは頬の汗をぬぐうと、森へ入ろうと進み始めた。しかし、その肩をクロウはつかんだ。


「いや、一回休もう。こっから先はいつ休めるか分かんないからな」


アリスは何かを言おうとしたが、悔しそうにこぶしを握り締めると、分かったとつぶやいて、近場の石の上に座った。そして、数分後、改めてクロウ達は迷いの森へとはいっていった。

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