第22話 再戦
クロウは蒼龍の前に立ち、炎をまとった刀を構えながら先ほどのアリスとの会話を思い出していた……。
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「アリスの魔法と俺の能力を組み合わせるだって!?」
森の暗がりにクロウの声が響く。
「しっ、静かに! 前君に言っただろう、君の能力の本質は魔力の操作だと。その能力で私の炎を圧縮してぶつければあの堅牢な皮膚にも傷をつけられるかもしれない」
「アリスの魔法だけじゃダメなのか?」
そんなクロウの疑問にアリスはあきれ顔で答えた。
「忘れたのかい?私の最大出力の魔法でもあの龍には有効打を与えられなかった。そもそも私の魔法は広範囲攻撃のせいもあって、あまり威力はないんだ」
そして彼女は続けて言った。
「ほら、こんなところでちんたらしている場合じゃないだろう、早くしないとマリーを救えなくなるぞ」
森を出てマリーの家めがけて走り出した。先ほどまでの消極的な様子とは打って変わった彼女の様子に驚きつつ、クロウも走り出した。
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「おい、クロウ何をぼーっとしているんだい、もう寝る時間だとでもいうつもりかい?」
アリスはそんな軽口でクロウはハッと我に返った。そうだ、今は眼前にいるこの龍に集中しなくてはと、クロウは気を引き締めた。それと同時に、アリスの握りしめられたこぶしがわずかに震えているのにも気が付いたが、クロウははその様子に気が付かないふりをして、何気ない口調で話しかけた。
「それにしたって、ぶっつけ本番でやらせるか普通?」
アリスは少しだけこわばった声で答えた。
「ふん! 君の実戦経験の数を鑑みれば別にむずかしいことじゃあないだろう」
「簡単に言うなぁ、これでも抑えるのに割と神経使うんだぜ」
軽口で返したが、実のところ少しでも集中を切らすと刀の周りにまとわせた炎が爆ぜてしまうことが感覚でクロウには分かった。
彼は息を大きく吸うと、重心を前へ傾け刀を下段に構え、右足で強く地面をけり、蒼龍との間合いを一瞬で詰めた。そうして切っ先に圧縮させた火炎を叩きつけた。その瞬間、爆風が一帯を襲い、砂煙が上がる。
クロウはいったん後ろへ飛び、様子をうかがった。少しすると砂煙が次第に晴れていき、蒼龍の姿が見えてきた。彼の攻撃した部分は鱗がはがれ、肉が少し抉れていたが、とてもではないが致命傷とは言えなかった。
「アリス! もう一発だ」
クロウがそう言うとアリスはもう一度呪文を唱えた。再び炎を刀にまとわせるとクロウは、蒼龍へと切りかかった。しかし、2度目はさすがにそう簡単にはいかせてくれなかった。
腹部へ潜り込もうとすると、前足の鈎爪が襲ってくる。いったん引いて距離を取ろうとすると、尾を振り回して攻撃してくる。かろうじて回避できるが、反撃に転じる決定的なスキができない。
多少の反撃は覚悟するしかない——そうクロウは腹をくくり、鈎爪が振り下ろされた瞬間全力で地面をけり、蒼龍の懐に飛び込んだ。振り下ろされた鈎爪が大地をえぐり、大小の土砂の破片が迫りくる。それに臆することなくクロウは、右腕で顔をかばいつつ、かまわずつっこんだ。いくらかの土砂の破片がクロウにぶつかったが、幸いにも致命傷になる傷は追わなかった。そうしてクロウは蒼龍の前足をかいくぐり、先ほど攻撃した部分にもう一度火炎をぶつけた。蒼龍はほんの少したじろぎ、うめき声をあげたが、またしても大したダメージにはならなかったようだ。その時背後から悲痛なマリーの声が響いた。
「アレン! しっかりして……どうして、私は何もしてないのにっ——」
振り返ってみると、マリーがアレンを抱え込んでいた。しかし、アレスの首や手は本来ねじ曲がらない方向まで曲がっており、近くには中くらいの石が転がっていた。あの損傷ではもう魔法を使ったところで取り繕えないだろう。クロウは思わず2人のもとに駆け寄ろうとしたが、蒼龍の咆哮が彼の足を止めた。
「クロウ、今は目の前の敵に集中するんだ!」
アリスに諭され、クロウは、あぁ分かってると言い、目の前の蒼龍を見た。先ほど攻撃を当てた傷跡を見たが、やはり深手とは言えない。
「くそっ、アリス! もう一度だ」
悪態をつきつつ、クロウは再び蒼龍へ向けて刀を振り上げた。
もう何度攻撃したか、クロウは5回を超えた時から数えるのをやめた。一瞬の油断で首が飛ぶ緊張感の中、さすがに疲労を隠し切れなくなってきた。クロウが横目でアリスを見ると、彼女も疲労がたまっているのだろう、肩で息をしていた。
「無駄よ……」
そんな中、マリーさんがポツリとつぶやいた。
「まだだ、まだ戦える! アリスもう一度——」
「無駄だって言ってるでしょ! あなたの攻撃したところもほとんど傷がついていないじゃない。もう放っておいてよ。迷惑なのよ、そんな罪滅ぼしは必要ないのよ。あたしはもう疲れたの、楽になりたいの! そうしたらあの人にもこの子にも会える——」
すべてを悟ったようにあきらめたようにそう彼女は言った。
「ふざけるなぁぁ!」
暗い夜空に、アリスの澄んだ声が響き渡る。
「マリー、君には責任がある、夫と子供の死を背負って生きる責任がだ! そんな簡単に死ねると、死なせてやると思っているのかい!」
それに、とアリスは続けて一気呵成に言い切った。
「クロウ、君も君だ! 何をそんな絶望した顔をしているんだい。助けるんだろう?、全てを! 今に絶望する暇があるなら、未来に希望を紡ぐ方法を考えろ!」
「……じゃあこんな状況でどうしろっていうのさ!」
マリーも感情的になって叫ぶ。しかしその声はアリスの声とは対照的に恐怖に震えていた。
「わからないよ! この状況を打開する案なんてこれっぽっちも出ていないさ。それでも、今の君みたいに目の前の絶望に飲まれてすぐにあきらめ死んでしまおうとするやつを見るとたまらなくむかっ腹がたつんだ!」
「なっ……」
マリーは言葉に詰まっていた。無理もないだろう、今までのアリスならこんな無茶苦茶なことは言わない。だが不思議とアリスのその傍若無人ともとれる物言いを聞いていると、こんな状況だというのに少し、ほんの少しだけ笑いが込み上げてきた。
「むっ、君は何笑ってるんだい! そんな場合じゃないだろう、ほらくるぞっ」
蒼龍はクロウたちから少し離れたところに着陸し、双眸をこちらへ向けその大きな口をかぱっと開けた。そして触れれば切れてしまいそうな鋭い牙の奥ののどから蒼くきらめく光が見えてきた。その動作には見覚えがあった、そうあれは前回蒼龍が光線を吐いた時と同じ動作だった。
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