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@halto0909

LINE01:Hello World

「ちょっと君、大丈夫!?」


 公園に女性の声が響く。目を開くとショートヘアの女性が屈みこんで自分を見ていた。


「どうしたの、何かに巻き込まれたの!?強盗とか……」

 意識がはっきりとしない。視界もややぼやけている。まばたきを繰り返す。使用言語が日本語なのは分かるが、何か返答しようにも上手く言葉が出てこない。


「あ……う……」


 声を出そうとしたが軽く呻く程度しか出来ない。女性は心配そうに続ける。


「どうしよう、ケガとかは無い?名前言える?私は野中真由。病院か警察行く?」


 何故かは分からないが、病院、警察には行くべきではないという判断が頭の奥の方で警報のように鳴った気がした。

 声は少ししか出せなかったが、首を振って病院や警察へ行くことは拒否する意思を示した。


「うーん、困ったな……とりあえず服着せなきゃ。私のコート貸してあげる」


 自分の身体を見てみると言われた通りに服を着ていない。少しずつだが意識や視界がクリアになってくる。まず周囲の状況を確認する。

 ここは都市部にある公園のようだ。周りには公園を囲むように北側にコンビニエンスストアやマンション、南側に飲食店、西側には大型のショッピングセンター等が見える。

 現在日時は11月23日20時12分、辺りには元々かなりの数の人間がおり、目立ってしまったせいで野次馬となってわらわらと集まってきている。

 様々な言葉が聞こえるが、大半が日本語で残りは広東語のようだ。人数は24、男女比は約6:4。

 周囲の分析を終えると、今度は男性の会話する声が聞こえてきた。


「オイなんだコイツ?」

「さぁ?それよりこの子可愛くね?」


 人混みの中から男性の3人組が近付いてくる。分析を続ける。いずれも肉体年齢は21歳程度、左から身長178cm体重67kg、短い金髪に茶色いジャンパー。

 真ん中は175cm62kg、黒髪短髪に暗い緑色のコートのような衣服。右側は176cm82kg、黒い帽子と大きめのサイズのトレーナー。アルコール血中濃度平均0.15%。


「ちょっと、やめてください!」


金髪の男性が野中真由と名乗った女性の腕を掴んだ。どこかに連れていこうとしているようだ。

 野中真由は相手の手を離させようとしているが、体格差が大きく振りほどくことが出来ない。

 名称・野中真由……肉体年齢19歳、157cm45kg、金髪の男性との腕力差は2倍弱、体重差は20kg程度。


「まぁまぁ、暴れないでよ、一緒に飲み行こうって」

「ちょっ……誰か……!」


 野中真由は辺りを1秒ほど見回し、僕の方を見た。さらに意識がはっきりしてくる。彼女の心拍数は先程よりかなり高い。瞳孔はやや開いている。


「大……丈夫ですか?」


ゆっくりと立ち上がりながら僕は言葉を発した。


「なんだガキ、素っ裸とか頭おかしいのか?」


 緑のコートの男が声を荒げる。僕はバランスを崩し、金髪の男が野中真由を掴んでいる腕に倒れかかった。

 意識は大分はっきりしたが、まだ身体機能の完全復旧とまではいかないようだ、と思うと金髪の男が怒号を上げる。


「はぁ?なに触ってくれてんの?こいつクッソムカつくんですけど。んだオラァ!」


 男性は僕を押し退けると右脚部を振り上げ、蹴り飛ばそうとする。

 後半の言葉の意味は分からなかったが、この男性は僕に攻撃を仕掛けようとしている、対象の攻撃到達まで0.3秒。

 男の蹴りが僕の左頭部に直撃し、鈍い音が鼓膜に伝導する。衝撃による身体座標の移動約60cm、体勢維持失敗、損壊状態に問題無し。

 再び僕は倒れた。野中真由は短い悲鳴を上げ、僕のそばへ駆け寄って来て頭を両腕で抱きかかえた。


「もうやめてよ!大丈夫!?誰か助けて……」


 野中真由のか細い泣き声が公園の雑踏にかき消える。人々は暴力沙汰には関わりたくないのか、少し離れて様子を伺うばかりで野中真由を助けようとする人はいなかった。

 僕は考える。助けて?助けるというのは対象の攻撃を停止させれば良いのだろうか?

 金髪の男性は今僕に攻撃を試み、今度はツナギの男性が野中真由の腕を掴み攻撃をしているようにも見える。

 そういう意味では彼らは僕と彼女を敵として認識していると言える。


「彼らを、止めればいい?」


 僕は彼女に質問した。

 野中真由は手を掴まれたままこちらをを向いて目を見開き僕を見ているが言葉での返答は無い。小刻みに震えているようだ。

 男性達が何か声を荒げているがやはり僕には意味が分からなかった。ただ彼らが次の攻撃を仕掛けようとしといるのだけは分かった。


「彼らは僕に攻撃を試みている。敵だ」


 3個体を敵性対象と認識、金髪の男は再び右脚を振り上げて攻撃を試みている。

 左頭部に攻撃到達まで0.2秒。僕は右手で金髪の男の蹴りを掴み、1秒ほどで手を放すと男は後方へ倒れた。目を開いたまま痙攣するような動作をしている。

 

 野中真由は先程よりさらに唖然としたような表情で倒れた男と僕を交互に見ている。

 騒がしかったはずの周りにいる人々も急に声を出さなくなった。僕は再びゆっくりと立ち上がりながらさらに状況を分析する。

 意識も身体のバランスもほぼ問題ないレベルまで復旧した、もうよろけたりすることはなさそうだ。

 コートの男が何かを叫びつつ右手で僕に攻撃を試みている。

 相変わらず日本語とは認識できない、何かオリジナルの言語なのだろうか?金髪の男より動作が速い。

 顎部に対しての攻撃で、脳震盪の誘発が狙いのようだ。僕は同様に右手で相手の拳を掴み、その男も後方に倒れ昏倒した。

 そのまま黒い帽子の男の方を向き、少しずつ近づいて行くが、男は身の危険を感じたのか走って逃げていった。

 対象は時速12km程度で僕から遠ざかっている、逃亡を試みている様子だ、追いかけて破壊しなくては。


「待って、何をしたの……?」


 僕が男を追いかけようとすると野中真由が腕を掴み、心配そうに声をかけた。声色はやや震えており、やはり心拍数が高い、と僕は野中真由の顔を見ながら分析した。


「自衛のため、対象を破壊しました。僕と貴方にとって彼らは敵と認識したんですが……」


 僕は答える。野中真由は状況が理解出来ない、といった表情をしている。とは言え僕も状況を理解できているとはとても言えないが、と思った。

 周囲の人々がざわめき出して騒ぎが大きくなって来たようだ。内容から察するに人々は警察や救急車を呼ぼうとしているのか。なんとなくここに長居をしてはいけない気がする、とにかく人目につかない場所がいい。

 対象は逃亡してしまったようだし、ちょうど30mほど北西方向に小さな路地がある、まずはその辺りに身を隠すことにしよう。


「あっ、待って」


 去ろうとする僕に気付き、野中真由は追いかけてきて声をかけた。


「ねえ、どこに行くの?そんな格好じゃ目立っちゃうよ」


自身と周りを少し見回し、細い路地とはいえ小さな飲食店やホテル等の建物がある。確かに服を着ていないのはかなり目立つ、と僕は思う。


「これ貸してあげるからとりあえず着よう?」


 そう言うと真由はカーキ色のコートを羽織らせてくれた。僕の身体には少し大きいが、全身を隠すにはむしろ都合が良いだろう、と思った。


「私は野中真由。君の名前は?」


 僕は少し考え、自分が名前を覚えていないことに気が付き、返答した。


「分かりません……思い出せない」

「記憶喪失!?そんなの現実にあり得るの!?でも、あんな所で裸で倒れてるなんて普通じゃないと言えば確かにそっか……」


 記憶喪失、と言われて初めて僕は自分の状態に気がついた。確かに何故ここにいるのか、何をすべきだったのかもまるで思い出せない。ただ、思考パターンの端々にこう行動すべき、この行動はすべきではないという規範のようなものは少し感じられた。たとえば目立つべきではない、などの点だ。


 しかし特に記憶を取り戻したいという意思は湧いてこない。記憶とは、と僕は思った。記憶とは僕にとって本当に必要なものなのだろうか?


「どこか行く宛はあるのかな?もし警察や病院が嫌だったら、とりあえずウチに来る?」


 この女性は何故僕に親切にしてくれるのだろう?いずれにせよ行く宛も無ければすべきことも分からない。断る選択肢は無いように思えた。

 野中真由に尋ねられると僕は首を縦に振り、肯定の意思を示した。


「ん、オッケー。あの、助けてくれてありがとう」


 ありがとう、と言われて僕は少し考えた。感謝を表す言葉、彼女は僕に感謝をしている、共通の敵対象を僕が破壊したことが彼女の言う「助けてくれて」のようだ。

 確かに彼女一人の身体能力であの3個体から自己を防衛するのは不可能だっただろう、僕が「助け」なければ彼女は奴等に破壊されていただろうか?彼女がいなくなっては困る。衣服を貸してくれたり、滞在先を用意してくれたりと彼女には感謝している。


 そうか、僕に親切にしてくれるのは感謝の気持ちを行動で表しているという事なのか。では僕も彼女に感謝の気持ちを示そう、何をしていいかは分からないが、まずありがとうと言われたら応える言葉があったはずだ。


 僕は口を開く。


「どういたしまして、こちらこそありがとう、真由」

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