第36話 SNS禁止令

 和彦達がライブをやり、篤から専属アーティストの契約を結んだ次の日の事だーー


「お前知ってたか?」


 一平は深刻そうな表情を浮かべて、タバコを吸っている。


 会社の喫煙室には、和彦と一平しかいない。


「え、何が?」


「来年の部署移動あるだろ? 勤務態度次第では、リストラの対象になることがあるみたいだぞ……」


「え……!?」


 和彦は、口に咥えているタバコを地面に落とし、慌てて拾う。


「リストラ!? うちの会社ってそんなに、経営状態悪かったか!? 確か今年の売り上げは黒字だったよな!?」


 光画舎自動車は大手メーカーで国内だけでなく海外にも取引先があり、発展途上国にも格安で高性能の自動車を販売している為ファンは多く、売り上げは上々である事は周知の事実である。


「いやそれがな、TwitterとかFacebookとかSNSがあるだろう? 社内の愚痴を話す奴がいるらしくて、そいつらを探していると。お前らも気をつけた方がいい……」


「……」


 一平はタバコをフィルターまで吸い終えると、部屋から出ていく。


(SNS、かぁ……)


 和彦は、一平の言葉で、自分や咲がしている活動はネットでも行なっている為に個人情報が漏洩するリスクは常にあるという事を思い出し、背筋が凍るような嫌な予感がする。


 ♫♫♫♫


 和彦は食堂へと足を進めると、咲と貴子達が談話しており、微笑ましい事だなと思いながら、88円に値上がりしたコーヒーを買おうと100円玉を自販機に入れる。


『カァカァ……』


(……!?)


 鴉の鳴き声が鼓膜に響き、和彦は恐る恐る後ろを振り返ると、2羽の鴉が木の枝に止まり和彦をジロリと見やり、飛び立って行った。


(これは、幻覚なのか? それとも、リアルなのか? どちらにせよ俺は医者から精神疾患の疑いが強いと言われてる、薬は当面飲まなければならないが、本当に効果は現れているのだろうか……? 仕事は辞めたくはない、今のご時世で転職活動なんざ無謀に近いんだ……!)


「和さん」


 咲の一言で和彦は我に帰り、咲を見やる。


「どうしたの? そんなに思い詰めた顔しちゃって?」


「あ、いや、何でもないんだよ……」


(自分がリアルと幻覚の区別がつかなくなってきた世界にいるだなんてこの子や他の人達には言えない、言えば俺は確実に迫害を受ける、精神疾患があると知られたら差別を受けるのは目に見えてわかる、この国は弱者には厳しいんだ……!)


 和彦は、鴉の事は咲や周りには言うのをやめておこうと思い、自販機からコーヒーを取り出す。


「ねぇ、貴子さんがまたクラブに行こうって!」


「咲ちゃん、それだがな、あまり大っぴらに言うのはやめておこうな、噂が広まると下手したら会社にいづらくなるからな……」


「え、ええ、リストラの件ですよね……? 貴子さんから事情は聞いてます……」


 咲は周囲にいる社員に聞こえないように、和彦だけにしか聞こえない小さな声で言う。


「あぁ、貴子さんから聞いたって事は、一平が話したんだな……。そうなんだよ、SNSで会社の愚痴を言った人達がいて問題になっているみたいなんだ、LINEとかTwitterだろうがな。俺たちはバレないようにこっそりとやろう……」


 和彦もまた、周りに聞こえて欲しくない為に、ボソボソと小声で咲にそう言う。


「そうですね、これは、会社内で話すのはやめた方がいいですね……」


「そう、やめた方がいいのよね」


 咲が言った後に貴子が後ろからそう言って、和彦達はどきりとする。


「なんかね、LINEやメール交換が禁止の流れになってきてるからね、お互いに気をつけた方がいいわ。私も一平の事があるしね、仲間内での話は会社終わった後にファミレスでやりましょう……」


 貴子は周囲を見回しながら、和彦と咲に小声でそう言った。


 ♫♫♫♫


 終業のベルが鳴り響き、和彦達は業務終了の書類手続きを終えた後に各々ロッカールームへと入り、早々に着替えて、こんな場所に一分一秒もいたくないと思いながら会社を出る。


 駐輪場に、和彦と一平は他の社員に混じりおり、スマホを見ている。


「げ! まじか!」


 一平は何かまずいものを見てしまったのか、どうしたらいいのかと言う具合の表情をしている。


「どうしたんだよ? 株で失敗でもしたのか?」


 和彦は何事かと一平に尋ねる。


「違うよ、貴子からLINEがあったが、派遣社員さん達との連絡先交換は禁止だと上の人から言われたんだよ。今まで交換した連絡先は別にいいが、他の人とは連絡交換は禁止なんだと。それと、派遣社員達とは距離を置くようにしろと。あと、TwitterやFacebookなどのSNSは極力使わないようにと……」


 一平はそう言い、和彦にスマホを見せる。


 貴子のLINEアカウントからは先程話した内容と同じ事が送信してあり、そのあとのコメントにどうしようかと無料スタンプが送られている。


「まじか! これでは大っぴらに咲ちゃんとは遊べなくなってしまうな……」


「やはり、今の時代はSNSやネットが問題になってるんだなぁ……。お前ら、マジで顔とか出さない方がいいぞ。あのクラブ、この会社の連中が利用してるみたいだからな。首はないかもしれないが、上の人からの心証が悪くなってしまうからな……」


「……」


 和彦はため息をつき、入り口の方を見やると、ダウンジャケットを着た咲とロングコートを羽織った貴子がどうしようかと思い悩んでいそうな表情で自転車置き場の方へと歩いている。


 12月初旬の、冷たくて水分が殆ど無い乾燥した北風が和彦達に向かって吹いてきて、一平は大きなくしゃみをした。


 ♫♫♫♫


 咲と一緒に帰ってきた和彦は自分の部屋へと入り、ちょくちょく咲が来る為に流石に汚い部屋ではまずいと思いフィギュアやゲーム、漫画本を売って綺麗にした部屋の中で軽くため息をつき、ハンガーにライダースジャケットをかける。


 寒気が染み付いている部屋を温める為に暖房を入れ、冷蔵庫を開けるとそこには昨日咲が作りすぎてお裾分けしてくれた回鍋肉が入っており、和彦の顔がにこりと綻ぶ。


 浴室に入りお湯を入れ、湯船に湯が溜まるまで時間があるので、回鍋肉と冷凍にしておいたご飯を冷蔵庫から取り出し、テーブルの上に置く。


(そういや、あいつら元気なんだろうかな……?)


 和彦は何かを思い出したのか、食料を電子レンジに入れ、ノートパソコンを開き電源を入れる。


 FCFにログインすると、そこにはさっきゃんとこっとんからのメッセージが入っている。


『私達リアルで会いたいわね、一度』


『きったんと話してたんだけど、リアルで会ってみない?』


 実際の性別は不明なのだが、ネット上では女性である彼女らからのチャットを見て、和彦は少し考えてメッセージを送る。


『てか、今週末とかは急すぎるか。都内で会いたいね』


 和彦がそう送った後にすぐにさっちゃんから返信がくる。


『いいですねぇ! 土曜日とかに新宿とかで会いたいですね!』


(直ぐに返信って、余程の暇人か廃人なんだな……。ここから新宿までは40分ぐらいだが、別に暇だからいいか、ライブは今週はないって淀川さん言ってたから。咲ちゃんとの練習は金曜日にしておこう……)


『新宿で会おうか(^^) こっとんは?』


 こっとんに聞く事数秒してメッセージが入る。


『いいわよ(^^) では、新宿でお会いしましょう、何時からがいいかな?』


『15時に新宿駅の西口で集合しましょう(^^)』


『決まり(^^)』


 和彦は立ち上がり、浴室へと入り、湯船にお湯が十分溜まっている事を確認して、服を脱ぎ捨てる。


 スマホのバイブが鳴り、和彦はスマホを見やると咲からのラインが入っている。


『和さんごめん! 昔の知り合いが土曜日に会いたいって言ってて、練習できそうに無い!』


『あぁ、俺もその日は友人と会うからな、お互いの予定を優先させようか。なので、練習は金曜日だけにしような』


 了解、と無料スタンプが送信されたのを見て和彦は怒ってないんだな、いや俺気にしすぎなんじゃ無いかなと安堵のため息をつき、FCFからログアウトしてパソコンの電源を落とした。

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