第一章-4 エンカウント
――地下三階。
視界の隅には『現在の
「……間に合うか?」
エトは不自然に開けられた道を辿っていた。
走りたい衝動に駆られるが我慢して速歩きに留める。
走ればその分酸素が減る。ヘルメット無しでも呼吸はできるがその先にあるのは結晶体による確実な死だ。
(……くそッ、とうとう80%越えだぞ。いくら耐性持ちでもこれじゃきついはずだ。そもそもどうして防護服もなしでこんなところにいるんだよ!)
人命が関わっているゆえに生まれる焦り。
教授らはここに自分たち以外で人がいるなんてありえないと言っていたが、それは彼も同じだった。
そしてその前提が彼の焦りと困惑を加速させる。
(一体何がどうなっているんだよ)
毛布とそれで包んだマスクを握りしめる。
「見つけたら強引にでもここから脱出させて、そして説教してやる……!」
道を辿っているうちに広い空間に行き着いた。エリュシオンにあるVAFファイトに用いられるスタジアムと同じ――VAFの戦闘機動に支障がないレベル――の広さの空間だった。
周囲には人の形をした結晶と、かつては調査のためのコンピュータ群やパーツ製作のためであろう機械に結晶がたかったものと――
「
一機のVAFが固定器具やたくさんのケーブルによって繋がれた状態で置かれてあった。
形状は最初期のVAFにありがちな、四角張った――ゴツゴツした外見をしている。だが、先程乗っていた作業用のVAFである〈ランドウォーカー〉とは違って、それは明確に人のかたちを模していて、どこかマッシヴな印象を受けた。
機体のカラーは白一色で、頭部に目を向けると、カメラアイを保護するために搭載されたであろう黒いバイザーが目を引いた。
そしてそれを真正面から見つめる一人の少女。
控えめに言って美少女――と言っても差し支えないだろう。
瑞々しさに満ち、艶のある薄い水色の髪は耳を隠すほど伸びていて、腰まで届いていた。丸びを帯びた顔と頬は幼さをまとっていたが、同時に大人っぽい雰囲気をまとっていた。
そしてカメラが捉えてたのと同じく、マスクどころか一糸もまとっていなかった。
そして首から下に目を向けたとき、不覚にも綺麗だと感じた。
(やっぱり……俺とあの
「君!」
声を張り上げる。
――だが反応がない。
コミュニケーション用の外部スピーカーの電源が切れていたことを思い出し、オンにする。
そしてもう一度。
「聞こえるか!?」
ようやく振り向いた。だが様子がおかしい。
自分以外の存在に驚いたのとは別のもの――さながら言葉が通じぬ見知らぬ外国人に声をかけられたような――
そして彼女が困惑混じりに口を開く。
「……――――――………?」
エトは彼女が一体何を、何語で話しているのか全く理解できなかった。
北方皇国、アヴィリア・アコード加盟国から数多の人間が様々な形で訪れ、定住するエリュシオンに住む以上、異文化との交流は決して避けられないものでありであり、日常だ。
だからこそわかる。否、わかってしまった。
(この娘……北方皇国の人間じゃない! かといってアヴィリアの人間でもない!? どういうことだ?)
出自などを聞こうにも言葉がわからない。そもそも通じているのかすらわからないのだ。
仕方がないので、エリュシオン公用語以外の――自分が覚えている範疇の言語で質問を試みた。すると……
「………わかる……?」
突如、彼女がエリュシオン公用語で喋りだした。たどたどしいところがあるが、訛りは一切ない。
「なんだ、喋れるじゃないか。とりあえず色々聞きたいことがあるけれど……」
言葉が通じたことに安堵した彼がまずはじめに行ったことは、一糸もまとっていない彼女に毛布をかぶせることだった。そこでようやく彼女は初めて自分の状態に気がついたのだった。
大学生――それも思春期ほどとは言えないまでも、やりたい盛りの時期にいる彼にとって一糸もまとっていない彼女の姿はやはり刺激的にすぎたのだ。
◇ ◇ ◇
――数分後。
「……息苦しい」
なんだかんだで落ち着いたあと、彼女にマスクも付けさせた。
「あのなぁ、ここが一体どんなところか知ってて言ってるのか? 結晶地帯だぞ」
「けっしょう……ちたい……?」
何が何だか分からないような顔で近くに転がっていた結晶体を拾い、いじる彼女。耐性持ちなら直接触っても平気だろうが、精神衛生上あまりよろしくない光景だった。
「それ触ると危ないから捨てて捨ててほら……――とりあえず名前を聞こうか。僕は静馬エト。しずま・えとだ。」
「……しずま……えと……? ……わたしの、名前……は…………」
一瞬口をつぐむ彼女。
「……Операція 37」
「……お、オペレーション37? ほ、ほんとうに?」
「……? うん。はくいのひとたちが、わたしをそうよんでた」
名前と呼ぶには、些か無機的にすぎる、あまりにも予想外すぎる名前だった。『オペレーター』ならまだしも『オペレーション』である。これが意味していることは、この名前を付けた奴は彼女を人間として扱っていない可能性が極めて高いという事。そうでないならこんな名前を付けるものか。
そしてエトの脳裏に嫌な予感が、先程よりより強く頭をもたげ始める。
もしかして自分は、知ってはいけない何かか、その一端を知ってしまったのでは? ――そういう予感が。
「流石にそれだと呼びづらいな……。37……
「みぃな……?」
「そう! それならみんな受け入れてくれるようん!」
オペレーション37とかいう名前を聞いて、周囲に被害を被るならこうした方がいい。多分本人のためにもなるだろう。下手をしたら彼女は――いや、よそう。あくまでも憶測にすぎない。
「……ミィナはなんでこんなところに?」
「……わからない……おぼえてない……」
(記憶喪失ってやつか……これは困ったな。とりあえずアルマたちと合流しないとな。彼女をどうするかはそのときに決めよう)
アルマたちに連絡を取ろうとしたその時、当の本人から連絡が飛んできた。
「ちょうどよかった。こちらエト。例の少女を見つけたよ。今すぐそっちに合流するからちょっと待ってて――」
〈馬鹿野郎! そんなのんきなことを言ってる場合か!
「は? ちょっと待て、アラートだと!? そんなもの来て――」
そう言いかけたと同時に、脳内――ホロソフィアで大音量のアラーム音が響き渡る。
そして視界の真ん中に文章がホップアップされた。内容は――
『緊急警報:エドルア島上空から北方皇国による空爆が行われました。
戦術AI〈クリオラ〉による解析の結果、一つは
直後、爆風が二人を襲った。
◇ ◇ ◇
〈――――――――!〉
〈――あぁ……ちくしょう、なんてこった…………北方のやつら本当に非武装地帯に爆弾落としてきやがった……! 聞こえてるのかおい! エト!〉
〈……そんなに喚くな……頭に響くだろ………〉
キーンと響き、痛む頭を抱えながらエトは身を起こす。隣でミィナが気絶していたが、幸いなことに命に別状はないようだった。
〈なんだ……無事だったか。良かった……。今アヴィリアの救援部隊が来た。すぐに他の隊がそっちに向かうってさ〉
少し動かして体の具合を確かめる。体中痛いが、動けないほどではない。だが――
〈……そりゃ良かった。あとは死体にならないことを祈らないとな〉
〈何弱気なこと言ってるんだよエト。似合わないよ……〉
〈悪いニュースがあるんだが、聞きたいか?〉
〈えっ〉
〈
〈そんな……嘘だろ…………〉
一瞬圧縮ガスが噴出する音、金属音、ショックアブソーバーの駆動音が部屋にこだまする。それも2回ほど。
ゆっくりと物陰から覗き込む。
〈……残念だがもう一つ悪いニュースが増えたようだ。
〈VAF……? それがどうしたんだよ……軍? まさか!〉
一瞬声を呑み、何を意味しているのかに気付くアルマ。
〈
〈大正解。よく知ってるな。しかもK.O.Fときやがった〉
〈あぁ……そんな、K.O.Fってなんなのかよくわからないけど、よりにもよって軍用機が乗り込んでくるなんて……〉
友人の声は震えていた。
〈そうだ、投降しよう。そうすれば向こうだって〉
〈それで済むってならそもそも
〈そうだよなぁ……なんとかならないのかい……?〉
痛む身体に鞭打って体を起こし、部屋の中に降りてきた二機のVAFを息を潜めながら見つめる。
全機共通して、無駄という無駄を完全に削ぎ落とした針金――というより細身の甲冑のような外見をしていた。そしてどの機体も右腕に
口径こそ不明だが、あれがこちらを向いて咳き込んだが最後、痛みを感じる間もなく二人仲良くミンチにされることだろう。
そしてコックピットがあるはずの胴部は、そもそもコックピットそのものがないと嫌でもわかるほど小さかった。
〈UAK-76
北方皇国の次期制式型VAFとして作り出されたそれには、他の機体とは異なる特徴があった。
まず無人機――それも遠隔・自律両方こなすことができ、状況に応じて切り替えることができる――であること。
そしてもう一つは
今ここに突入してきた痩せっぽちのVAFは子機に当たる。親機は地上で捜索や哨戒とかをしていると見て間違いないだろう。
〈雑誌と国際VAFショーでしか知らないけど、あの機体は一機を
〈一機につき、二機の対人型の子機……で、落ちてきたのが四つだから……〉
固唾を飲む声が聞こえたような気がした。
〈全部で十二機もいるってことになるのか……無茶苦茶だ! どうするんだよ!〉
〈どうするも何も、勝ち目がない以上じっとしてるしかないだろ……それに
《グラナダ》ならともかくK.O.Fが相手じゃアヴィリアの連中が太刀打ちできるかどうか……〉
〈グラナダ〉とはかつての北方皇国軍制式VAFのことである。K.O.Fとは異なり、有人機でアヴィリア制式VAFの〈グリフィス〉とはどっこいの性能だった。
だがここにいるのは今のVAFと一線を画する性能を持つ
詳しいスペックはまだ不明だが、ただでさえ
(とりあえずアヴィリアの部隊に北方皇国の最新機が少なくても十二機はいると伝えてくれ。あとは――)
「………へっくしゅ!」
呑気なくしゃみが部屋中をこだまする。
無論、くしゃみをしたのはエトではない。そばで気絶していた少女――ミィナであった。
当然、子機たちがそれを聞き逃すことはなく――
「このバカ!」
「ふえっ?」
――二機のK.O.F子機は瞬時に音の発生源に銃口を向けるのだった。
◇ ◇ ◇
――同時刻。
――高度一万メートル。
――北方皇国軍所属 ハルジハ級航空戦術プラットホーム 第六号艦〈クラウディア〉
――『クイーンズランス』作戦発動から五分が経過。
「艦長、オリオンの
「よろしい。騎士諸君、くれぐれも傷つけるんじゃあないぞ。紳士たるもの、騎士たるもの、いつの世いつの時代もプリンセスは丁重に扱わねば」
この艦の艦長である彼は劇のセリフを語るかのように指示を下す。
『了解です――あれ?』
「どうしたオリオン。なにがあった?」
『民間人が目標と一緒にいます。どうしますか?』
「《クラウディア》、どういうことだ?」
艦名のもとになった高度戦術AI《クラウディア》が即座に返答する。
〈旧次世代技術研究所付近にあったVAFの破片と残骸から推察するに、約一時間ほど前に入ったエリュシオンの調査隊の一人と思われます〉
「――エドルア管理局の問い合わせが完了しました。静馬エト、エリュシオンの学生です」
「やれやれ……本来ならば我々も調査隊になる手はずだったのだがな……かわいそうに。――可能な限り死体は残すな。無理なら事故死に見せかけろ。いいな」
〈了解〉
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