第640話


 ❀ ❀ ❀



小さな物音が驚くほど大きく響く。ここは古い鉱山跡で、今では誰も足を向ける人はいない。


フルリアス国西部の国境は渓谷を挟んだ隣にシメオン国の深く暗い森がある。森を馬車で三日三晩走らせないと通り抜けられないくらいに深い。木々が鬱蒼と生えているため、見上げても空が見えない。


そしてこの森には街道がない。


いや、昔はあったらしい。今は土にもれ、木の根っこが街道の名残りを押し上げて風化させている。街道に使われていたレンガや、森にうずもれた幾つかの村。魔物よけの魔導具が使われていないその村は旧シメオン国の遺跡だろう。


シメオン国の国民は、旧国の旧都すべてを潰して別の地に王都や町と村を新たに作り出した。潰したのは野盗が根城にするのを避けるためだ。


新しいシメオン国といっても、実際には旧シメオン国の国民だ。不思議な国で「美しくないものは国民ではない」という法をつくり国民を追放していた。どんなにカッコいい青年や美姫でも、ケガをして顔に傷が残れば国外追放となっていたらしい。いまの国民は旧国時代に追放された人たちの末裔だ。


旧国時代の遺跡の中で一番異様なのは神殿だろう。人には通ることのできない膜、しかしの俺には効かなかった。


何もかも失われて空っぽな神殿に数日とどまった。……罪を犯し罰を受けているこの身に美しいこの空間に長く留まるのはまるで場違いのようだった。ほかにも残されている旧国時代の神殿を巡っては数日留まった。そして不思議なことに気づいた。


……見たことのない花々が、どこの神殿にも捧げられていた。


そのほのかにひかり輝く花々に触れると、涙があふれて胸が苦しくなる。救いを求めて、罪を打ち明けて心からの謝罪を繰り返す。


『赦してください、愚かな自分を。赦さないでください、自分のためにあなた方の人生を、幸せを壊した愚かな自分を』


滅びの原因のひとつに挙げられる名もなき女神。その女神を国民は信仰し、神から「棄教をすれば今までのことをゆるす」と言われても信仰を捨てなかったという。そして与えられたのは世界を彷徨さまよう罰。


流民るみんになった彼らはまるで不死人しなずびとのようだ。違うのは、彼らには神に死を許されていることだろうか。やまいかかり、老いて死ねることは幸せなのだ。


……うらやましい。


「ねえ、助けてあげましょうか?」




火山の火口まで魔物は追ってこない。ここはムルコルスタ大陸に近い火山島だ。何度も魔物に追われ逃げた先がこの火山島だった。

魔物よけの焼鏝やきごては効いている。しかし、なぜだ。なぜ追い回されたのだ!

膝まで海水に浸かって逃げてきた。ここだったら人も魔物も追ってはこない。


ギャアアアア!!!


ハッとして空を見上げる。なぜだ、なぜ噴火が止まったんだ。ここは火口の中、噴石で開いた穴に潜り込んで、空をクルクルと回る怪鳥から姿を隠す。あの怪鳥には何度もつつかれて、腕や足だけでなく目玉も頭も食われては時間をかけて蘇生して……そしてまた食われる。

なんなんだ! 私が一体何をしたというのだ。


私は悪くない、何も悪くない。


「ねえ、助けてあげましょうか?」


助けてくれ!!! こんな日々から助けてくれたら何でもしてやる!



 ❀ ❀ ❀

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る