第627話


「エミリアちゃん、起きたらダイバに伝えてくれるかな?」


そう言ったおじいちゃんは伝言を残していなくなった。目を覚ましたようだ。おじいちゃんを見送ったフィムが私を見上げる。


「エミリア、おきる?」

「フィム、起こしてくれる?」

「うん、まっててね」


フィムのように自由に起きることは出来ない。そのためフィムが起きてから私を起こしてくれる…………いつもなら。


「フィム、遅いな〜。どうしたんだろう」

「熱を出して寝ている」


ダイバの声がして振り向くとそこにはが私を見下ろしていた。


「あれ……? ここはどこ?」


キョロキョロと周りを見回す。ここは夢の中ではなく、私はベッドで横になっていた。


「おはよう……?」


疑問系なのは見回したときに窓が見えたが外が暗かった。日中の昼寝のときに暗の妖精クラちゃんが部屋にかけてくれる『くらやみのカーテン』がかかっていないのも、いまが昼寝ではないことを物語っている。


何より、ここは半私室化しているバラクルの部屋だ。みんなで使っていた客室が妖精の幼稚園になったため、私が個人で使える部屋を与えてくれたのだ。幼稚園になってもベッドはそのまま置いていて、昼寝はそのベッドでフィムと時々シエラが一緒。


「フィムは?」

「ああ、ただの知恵熱だ」

「知恵熱は生後半年から1歳の子がだす熱だよ」

「じゃあ知識の詰め込みすぎだ。もう熱は下がって


そのため『強力目覚ましスプレー』で起こしたようだ。……自分で作ったけど、目覚めスッキリなのはミントのおかげだろう。ああ、唐辛子やスパイスの撃退スプレーでも作ろうかな。


ダイバの話だと、おじいちゃんの話をダイバに話すために夢の中で色々と覚えて帰ってきているらしい。それをダイバに話して説明してもらうため、ダイバとフィムの知識はアゴールより多い。


「お利口さんも大変だねえ」

「おバカさんがいうか?」

「いう!」

「エミリアが隠しごとをしなければ、フィムも聞き逃さないようにしなくていいんだけどなあ」


そう言ったダイバが「俺への伝言、すっかり忘れているだろう」とニヤリと笑った。



シエラはダイバを通じて続けていた関所ゲートの手伝いは妊娠を機に退職した。ここでちょっとした騒ぎになった。シエラの笑顔に癒やされていた冒険者たちにとって、外部から来てシエラに言い寄る冒険者たちは迷惑な存在だった。妖精たちにやっつけられた冒険者たちもいるが、彼らは行き過ぎたナンパであって犯罪ではない。説教を受けて、シエラが窓口にいるときは関所ゲートを使わない。ほかの職員と交代してもらう、という約束をして解放された。

シエラが辞めたのはそれが理由だと噂が流れたのだ。


アゴールのときもそうだが、妊婦に危害を加えようという者たちがいる。深い意味はない。


「邪魔だから」

「不愉快だから」

「お腹の子が死んだら弱っているところを襲って既成事実を作れば自分が結婚できる」


最後のセリフを吐いた男は騰蛇がパックンとしてプリッと排泄。首筋にいんがついた魔物がどこかの国のダンジョンで倒されたとは聞いてないから、まだ生きているのだろう。


《 『自分の欲望でお腹の子を殺し、人妻を襲い軟禁する。生きてるだけで迷惑。だったら魔物と変わらない』。それが騰蛇の判断 》

「ま、いいんじゃない? 騰蛇は神の眷属なんだから」


そうして魔物にちた冒険者たちの存在が数年後に公表された。

喜んだのは彼らに迷惑していた人たち。犯罪にはならない行為イヤガラセをしているガラの悪い破落戸ならずものだったため罪に問えなかった彼らが神の眷属から罰を与えられたのだから。

それに青ざめたのは仲間だった者たち。自分たちの行為が神の眷属に罰を与えられるほどの悪行であり、周りが歓声をあげて喜ぶほど嫌われていたことを知った。


「次は自分が魔物になる番かもしれない」


仲間たちはいまでも怯えているのに「シエラが辞めたのはお前らのせいだ」と責められたのだ。ここで「違う!」と言っても信じてもらえないほど悪行を繰り返し、「彼は違う!」と庇ってくれるほど善行を積んでもおらず。


シエラの安全のために始まったその騒ぎはいまもなお続いているとダイバやシーズルから聞いている。

シエラはバラクルも手伝い程度でほとんど部屋で過ごしている。私から編み物を教わったことで必死に膝掛けを練習している。


こま編みでもメリヤス編みでもまっすぐ編むだけだから。ただ簡単なようでも毛糸を引きすぎて目がキツくなれば一列の幅が狭くなり、毛糸を緩めすぎると目が大きくなって広がったり。それが上手に編めるようになったら模様編みを教えてあげるね」


本当は模様アラン編みを教えてもいいと思う。ただシエラに基本だと言ったのは調からだ。


シエラもノーマンが帰ってこようとしていたという事実を知ってショックを受けていたのだ。もちろん悲しみは深く、自力では上がって来られない。それを「気分転換する〜?」と編み物を教えたところ……はまった。


ストレスが溜まると編み物を始めるようになり、いまはリドを預けている間ずっと編み物三昧だ。そして休日のシーズルがこっそり嘆いている。

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