第607話


「おはようございます」


目を覚ましたら、ベッドの隣にイスを持ってきて座っているピピンに挨拶をされた。隣にはリリンが座っていて、嬉しそうに笑っている。この2人の精神の差は、守る者がいるか、守られる側か。その違いだろう。


「……おやすみ」

「ミリィから届いた差し入れは保存していますよ」

「……食べる」

「じゃあ起きよ♪」


リリンが私に抱きついてそのまま上半身を起こす。いつも白虎がやっていること。……甘やかされているなあ。


「ごめんね」


突然リリンに謝罪される。リリンは抱きついたまま離れようとしない。意味がわからず、立ち上がっているピピンに目を向けると、やはり申し訳なさそうな表情をしたピピンが目を伏せた。


「エミリアが私たちを巻き込みたくないと思ってひとりで動かれているのを知っています。それなのに帰ってきてもらってしまいました。……すみません」

「…………ピピンたちのせいじゃないでしょう?」


私がすぐに家に帰って眠ったのは、途中で疲れて倒れるように眠ってしまったら「ほれ、見たことか」と言われて、二度と出してもらえないと思ったから。実際、帰ってテントを出して寝室に入ったらそのままバタンキュ〜。


精神的に疲れていたんだと……『帰ってきたら安心したんだ』と思ったら、あとは疲労回復のために眠り続けた。


「前はさ、ひとりで生きていたんだよ。それが当然だったし。ピピンたちと出会って妖精たちと暮らして。今ではダイバたちと家族になって……」


気付いたら私はひとりで生きることができなくなっていた。


「私はただ家に帰ったら安心して爆睡していただけ。冬の間に活動している魔物は人肉ですら食べる魔物がほとんど。ひとりでは色々と大変だったんだよ。結界を張っても安心はできない。テントの中で寝ていても、結界より強い魔物は出てくる。イノシシ系で結界を壊せる魔物もいるからね。……一応重ね掛けしたけど、5回結界を破られたよ。お堀みたいに結界の間に落とし穴を作ったけどさ。結界がない状態でテントを置いたら魔物の餌食えじきだよ」


毎回五重に結界を張り、結界と結界の間に落とし穴を作っていた。それでも最後のひとつでギリギリ結界を保っていたこともあった。


「魔物だって、それだけお腹を空かせているんだよ」


落とし穴に落ちたクマの集団が、ひとつ目の結界を壊して落ちたイノシシの集団をにしてふたつ目の結界も破りにたどり着いていたこともある。


「結界石は手が出せないからね。静電気の魔導具を結界の前に置いて、結界に触れれば静電気で心臓が止まるようにした。それで穴に落ちればいいからねぇ」


曇天かと思ったら、結界を覆うように魔物が折り重なって死んでいたこともある。結界はイノシシやクマなどの特殊な魔物以外に壊せない。結界石を破壊されなければ……結界自体は重さで壊れることはない。


「棲息地が判明していて比較的大人しいムルコルスタ大陸の魔物とは違って、この大陸では棲息地が一定ではない。うー、ピピン。リリンもなんだけど……言ってもいい?」

「はい、なんでしょう」

「お別れするとか言わないなら」


リリンがぎゅっと抱きしめてきた。そんなリリンの言葉にピピンの目が揺れる。


「違うよ。……今度から散歩に行くときは一緒に来て。さすがにひとりでは気が休まらない」

「それは……」

「みんな一緒がいい!」


ピピンが何か言おうとしたのをさえぎり、リリンが抱きついたまま訴える。


「私もリリンの意見と同じです。白虎と妖精たちと」

「もちろん。戦わせたくないから置いていったけどさ。『一緒に行っても戦うのは私』にして、魔物を倒すのはみんなに任せてもよかったんだと思った」

「戦わなくても、私たちには無傷で相手をらえる方法はいくらでもあります」

「うん、こんなにも疲れるなら、一緒に行けばよかったよ」

「エミリア。私たちを置いていった罰だよ」

「これからは私たちを信用してください」

「信用してるよ〜。できてないのは、私が誰かを信用して任せること」

「私たちを信じてください」


ピピンの声が震えている、ピピンが悪いわけではないのに。


「信じてるよ。……ただ、自分はなんでもできると思い込んで過信していた私がここにいたってこと」

「エミリア…………もしかして落ち込んでる?」

「ピピン……リリンが私の心の傷を大きくえぐる〜」

「リリン、もっと抉ってやりなさい」

「はあい」


ピピンの声に笑いが含まれている。それに気付いたのか、リリンが嬉しそうな声で返事をした。

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