第489話


「あー、すみません。確認したいのですが……」

《 愚かな質問だったら予算減らすからね 》

「は、はい」


近くにいた妖精の言葉に職員は冷や汗を流す。あの妖精はさっきからあそこにいたから、彼らが何に引っかかったか知ってると思うんだけど。


「ファウシスに住んでいる人たちって操られているんでしょうかね?」

《 予算カット 》

「「「えええ!」」」

《 今は妖精の報告書に対する議論だ。現在の報告は、あそこのゲストが後で話すはずでしょ。だから釘を刺したよね! 》

「あ〜あ。先に妖精たちに確認すれば良かったのに」

《 そうでしょう? なんのために私たちが分かれて一緒にいると思っているのよ 》


ちゃんと話を振られて答えている妖精もいるのに……

そんな中でピピンがコップに水を入れて落ち込んでいる職員たちに配っている。その水を御守りアミュレットが自動で鑑定した。


「って、ピピンも何やってるんだ?」

「……ピ〜ピ〜ン〜〜〜!」

「はい、皆さん。ちょっと一杯のんで落ち着きましょうね」

「「「ゴクッ」」」


あ〜あ、飲ましちゃったよ。


「エミリア、ご希望は?」

「……お尻フリフリ」

「はい。では皆さん、起立してお尻フリフリに腰を使ったダンスをどうぞ」


ピピンの言葉に、水をのんだ十六人がその場で立ち上がりお尻を振る。振る、振る、真面目な表情で振る、お尻を振る。可愛く小刻みに振る人や、ぷりんっぷりんっと左右に振る人。……あそこにいる人たち、ランバダ踊ってない?


「おい、エミリア……」

「…………私が作れるんだからピピンも作れる」

「あれが操り水、か」

「もっと怖いことしてあげるよ。ピピン、彼らに……」

「はい。皆さん、のんだコップは洗浄してからこちらに返してください」


彼らは普段と変わらない様子でコップを洗浄してピピンに返して席に戻る。その間もお尻や腰を振ったままだ。


「アイツら、気付いていないのか」

「そう、分かってない。自分の異常さも、仲間の異常行動を目の当たりにしても。それが普通だと、何も変わったことは起きていないと思い込んでいる。自分たちが目を向けられていることにも気付いていない」


アルマンさんがダイバの呟きに説明を返す。コルデさんは異常行動をとっていた当事者だ。そのため彼らが操られていることに表情をゆがめる。


「彼らにはあとで映像をみせてやれ。エミリアちゃん、彼らを戻してくれないか?」

「はい、ピピン」


私が声をかけただけでピピンは黙って頷く。今度はいやしの水がはいったコップを渡して「飲んでください」とだけ伝えた。さっき一杯飲んだ彼らは易々と二杯目を飲み干す。


「……え?」

「な、な、な……」


しきりに動かしていたお尻を止めて、呆然とした表情で周囲を見回す。そんな彼らに医局部の職員がひとりひとり脈や目を確認すると「異常はみられません」と全員に向けて報告した。


「これがファウシスで起きているであろうこと。見たとおり、彼らは自分が何もおかしなことをしていたとは思っていない。そして、正気に戻るまでその症状は続く」


私の言葉に全員が青ざめて沈黙する。前回、息子夫婦がファウシスに住んでいて奥さんが会いにいったといっていた職員は……すでにリリンが満面の笑みでぐるぐる巻きにして猿轡までしていた。


「その水が生活用水に入っているのか?」

《 違う。あそこの町は飲み水を購入している 》


妖精の言葉に半数近くの職員に衝撃が走ったようで驚きの声があがる。それはそうだろう。水魔法が使えれば、わざわざ購入する必要はないのだから。そう考えれば、どこで操り水が使われているかわかるだろう。


「喫茶店、か」

《 ブッブー 》

「「「え?」」」

「「「違う?」」」


誰かの正解と思われる言葉に、妖精たちが一斉に顔の前でバッテンに腕を交差させる。


《 操り水はどこからきた? ファウシスの外じゃないのか? 》

《 サヴァーナで作って持ち込んだ。じゃあ、それを使ってもバレないところはどこだ? クリス、汚名返上のチャンスだ。答えてみろ 》


クリスというのが誤答した職員だ。妖精たちはこうして失敗を払拭するチャンスを与える。クリスは今度は周囲と相談しあってから軽く手を挙げた。


「屋台、でしょうか」

《 正解だ。ちゃんと相談して正しい答えを導きだせるじゃないか 》

「ありがとうございます」

《 じゃあ、この前依頼があった『南部開発予算見積書』の採用を認めよう。いいよね、シーズル 》

「ああ、すでに妖精の手直しが入った見積書を確認して許可を出してある。監督は任せたよ」

《 うん、任された 》


妖精が監督……。しかし、間違ったことを嫌う妖精たちだからこそ任せられる。そして、天下無敵の妖精ネットワーク。あれがあれば、ひとりの妖精が過ちを犯そうとしても、ほかの妖精たちが察知して止められる。

……それがイタズラになると誰も止めないのは何故だろう?

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