第411話


《 私たち、バラクルから帰る前に農園に寄ったの。フルーツガーリックの出来を確認したり。そのときに、白虎が何かに気が付いたの。それが何かは私たちにはわからなかった。ピピンもわかっていなかった 》

《 今もそれが何かわからない。ただ、ピピンと白虎はそれで進化することを選んだんだと思う 》

《 私が気付いたのは『澱んだ空間』の存在。それが近付いても問題ないと思ったけど……。好んで近付く者はいないと思うけど……操られて近付くものはいるかもしれない、とは思った 》


妖精たちでも近寄れない。それを聞いて、あの封じられた隣国の地中に蠢くものを思い浮かべた。でも、あの存在は妖精でも把握できてはいた。


「あなたたち、火龍様と会ってたから聖属性が一時的に強くなったのよ。だから気付いたのね」

「その場所はみた感じでは何もない。しかし、火龍と接触直後の俺でも気付いた。アラクネ、あれは何だ?」


ダイバの質問が、私を抱きしめるアラクネに視線を集中させた。


「あれはただの淀み。エミリアから抜け出た魅了の女神が、あそこにいた証拠」


アラクネの言葉に誰もが息をのむ。


「それは……魅了の女神、の……精神が闇に沈んでいるということなの?」


私の言葉にアラクネは抱きしめる。それが肯定、つまり私がこの世界にきたときから溜まっていた『この世界への憎しみ』。それを魅了の女神がすべて受け入れてくれていたということ。


「私、のせい」

「いいえ、これはエミリアを召喚した人たちのせい」

「エミリア。お前は怒っていいんだ。その権利がエミリアにはある」


アラクネが私を抱きしめる腕が強くなる。そして、ダイバが私を頭を撫でる。


「全部俺が受け止めてやる。そう約束しただろう?」

「大丈夫、騰蛇様も火龍様もいるわ」

《 私たちだって! 》

《 新生ピピンたちも一緒だよ! 》

「……なに、それえ」


私の泣き笑いに周りもつられて小さく笑い出す。そんな私たちと一緒に笑っているのか、ピピンたちの金色に輝く繭も明滅した。



私たちは、その日から見た目は普通に生活をしていた。あえて三人のことを口にしないのは、私が寂しがらないようにするため。

そして、ダイバが毎日逃げ込んでくるようになった。


「エミリア〜、助けてくれぇ」

「今日はどうしたの?」

「アゴールの奴、火龍との再戦ができなかったことを恨んで……」

《 で? 》

都市まち中を追い回してくる」


窓の外を見ると、確かにアゴールがダダダダダダ……と走り回っている。窓の外からは見えないため、隠れる必要はない。


「……まだ妊婦だよね」

「……今朝はまだ産んでなかったな」

「アレって、放っておいても大丈夫?」

「……ダメだろ」


そう言いながら、一階のソファーで転がっている。私が行っても「エミリアさ〜ん! よくも置いていったなあああああ!」と、鬼ごっこの矛先が私に向かってさらに暴れるため、アゴールを止めることもできない。


「一昨日から、エリーさんと一緒にコルデさんとオボロさんもダンジョンにはいってるよね」

「ああ、しかし大丈夫だ」


そういってダイバも一緒に窓の外を覗く。その先に見慣れた姿があった。


「あ、ミリィさん」


ミリィさんに呼び止められて公開説教されたアゴールが、シュンとなって大人しくついていった。


「すっごいね。ミリィさんって、その存在だけで暴走してるアゴールに一切手を出さずに大人しくさせられるんだもん」

「妊婦じゃなければ、前後不覚になっているアゴールを抑えられるんだが……」

「妊婦の暴れ牛アゴールのも難しいよね」

「知ってるか? エミリアが作ったあの強力な睡眠スプレー。アゴールの奴に使ったら気力で中和しやがったぞ」

「うっそー」

「ホント」


どんな魔物でも、一瞬で眠らせることが出来るはずだったのに。


「……アゴール専用を作ったほうがいいかな」

「それより免疫ができたかもしれないな」


そう言ってダイバがだしたスプレー。すでに半分の量が減っている。


「ねえ、ダイバには『最強目覚ましスプレー』を渡してあったよね」

「ん? ああ、そうだな」

「……睡眠スプレーって渡してたっけ?」

「…………もらってないな」

「それって……」

「そりゃあ、寝ねえハズだな」


ダイバが持っていたのは目覚ましスプレー。興奮剤が混ざっているのだから寝るはずもなく、使用量が多い分、覚醒するのも当然なわけで。


「起きてる人にスプレーすれば怒るのも当然だし、興奮剤を振り撒けば、そりゃあ能力が覚醒するよね」


アゴールもスプレーも、である。

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