第320話


「エミリア、エルフたちをどうするの?」

「やっつけてやるの」


私の言葉に「フフフ」と笑うアラクネ。遠くから悲鳴が聞こえるということは、すでに騰蛇に遊ばれているのだろう。


「鬼ごっこ? それともかくれんぼ?」

「どちらも違うわ。『たかいたかい』をされて喜んでるのよ」

「あれ? でもあの連中ってエルフでしょ? 空を飛べるんじゃないの?」


そう聞くと、アラクネはチッチッチッと立てた人差し指を左右に揺らす。


「あら、エミリアは気付いていないの?」

「何を?」

「ここは騰蛇様の結界の中よ。の」


アラクネの言葉で、エルフは空気が動かないと飛ぶことができないことを思い出した。エリーさんのような風属性は風に乗れるが、それ以外のエルフは、空気に乗れても上下に動いたら上下、左右に揺れたら左右に動くだけで、エリーさんや魔法のように自由に飛ぶことはできない。


「走ってる?」

「転んでる、と言った方が正しいかもしれないわ」


自分の足を使って歩くということをして来なかったことで、脚力が衰えているようだ。走り出してもすぐに足がもつれて転ぶらしい。


「奴隷に使いたいんだけど……」

「諦めた方がいいと思うわよ」

「……とっちめてほしい」

「それなら大丈夫よ」

「……なんで?」


騰蛇に吐き出されてすぐ、正気になったエルフたちは騰蛇を攻撃したにケンカを売ったらしい。


「預けていたヤンシスたちはどうした? 巻き込まれて……?」

「生きているわよ。魔導具を使った攻撃を受けた騰蛇様を庇ったの」

「で、哀れお亡くなりに……チーン」

「勝手に殺さんでください‼︎」

「おお! 迷いでて……南無南無ナムナム

「生きてますから‼︎ 拝まないでください‼︎」


ヤンシスが元治療師のコアルクと一緒に出てきた。二人とも元気なようだ。定期的にキマイラたちの住処に移されて鬼ごっこをしていると聞いていた。……正確には二人の健康のために日光にあててくれているのだ。

ひと月でヤンシスは精神的に叩き直されたのか、表面的には立派な青年となったようだ。コアルクの方は元の性格がどうだったのかわからないからなんとも言えないが、見た目は騰蛇に与える前と違って憑きものがとれたようにスッキリしていた。


「ヤンシス……」

「ああ」


二人は私の方に向き直ると深く頭を下げた。


「俺たち、バカでした」

「謝ったら許してもらえるとは思っていません。でもちゃんと謝りたかったんです」

「「本当に申し訳ありませんでした‼︎」」


二人の謝罪にウソはない。パフォーマンスとして頭を下げたわけでも、この場を抜け出すために謝罪しているでもない。心から謝罪をしているのだ。


「どういう心境の変化があったんだ?」

「この子たち、キマイラたちの鬼ごっこの合間に自分たちが守られていたって気付いたのよ。ほら、結界あそこの中からは都市まちが一望できるでしょ? それで、南部の奴隷たちの生活と農園自分たちの生活があまりにも差があるって気付いたの」

「仕方がないよ。あっちはんだから」

「それだけではない、ですよ、ね? 空気の密度がまるで違う。俺たちは、あそこに集められた九人は空気が濃くないと呼吸も脳の回転も狂ってしまう。それは『神に見捨てられた大陸』以外の出身だから。そんな俺たちは、妖精たちが多くいることで空気が濃くなる農園以外では正常に生きていけない。だから、一見過酷な処分のようで、本当は守られていた。俺は見捨てられたって思っていた。けど、守られていたんだ」

「俺も同じです。この大陸以外の出身です。この大陸生まれでなければ、真っ当な心が保てない。それが、ここにいて気付いたんです。それに、連日鬼ごっこしているけど、それは多くの空気が体内を駆け巡り、走り回ることで基礎体力が作られる。それがやっと気付けました」


もっともらしいことを言ってるけど一部間違ってる。


「鬼ごっこは騰蛇たちが好きだから遊ばれているだけだよ」

「もう……それは黙ってなさい」


すでに遅い。

私の指摘に、ヤンシスとコアルクはショックを受けて落ち込んでいた。

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