第299話


そこまでなら「気の毒なお話ですねぇ」で済む。

しかし、そのあとでこの女性は金銭を取り返した旦那を責めた。責めて責めて責め続けて、ある日の口論で旦那を突き飛ばした。緑豊かな大地なら夫婦喧嘩で済んだだろう。しかし、この大陸は枯れた大地だ。旦那は背中と頭部を強打して二度と動かなくなった。


「たしかに、彼は私の幼馴染みです。私の同郷ということで夫に頼みこんで金銭を融通してもらいました。それなのに犯罪ギルドに加担していたなんて……。私は知らなかったのです。ですが、夫は訴えを起こして金銭を取り返しました。それまで私たちは『犯罪ギルドに騙された被害者』と見られていましたが夫が訴えて金銭を取り戻したため『がめつい夫婦』と見られて……」


女はそう裁判で訴えた。しかし、真実は違った。


「貸した金銭を訴えて取り戻すのは認められている。周囲から白い目で見られていたのは、お前らが不貞を繰り返していたからだ。それをお前が殺した旦那も知っている。以前から旦那に言い寄っていたお喋りな女がバラしたからな。そのときにはすでに近所では知らぬものはお前のみだった。そんなお前でも好いていたのか。旦那はお前を守るために仕事を辞めて町をでた。向かった先は王都だ。『今まで苦労させてきたから同郷の幼馴染みとそういう関係をもったのだろう。この町を去るのはもう一度やり直すためと少しは豊かな生活をさせてやりたいからだ』。それが、旦那が職を辞するときに引きとめた上司に伝えた言葉だ」


裁判所でそう言われて、女は一番自分を思ってくれていた不器用な夫の優しさを知り、声をあげて泣いた。泣き止んだときに女は判決を受け入れた。


「犯罪奴隷として労働三十年の刑に処する」


間違いなく、突き飛ばしたときに殺意があった。それを認めた女は今、舞台に立っていた。

裁判が記録された魔石が公開されて、会場内は静かにその記録を見ていたが記録が終わるとざわめきが戻った。犯罪奴隷の場合は罪名だけでなく、このように裁判の記録も公開される。


「それでは、一番の主人候補を希望される方は挙手をお願いします」


手が上がったのは三人。どれも外周部の娼館だった。


「ほう、どの娼館も正規の営業をしているところだ。不当な扱いはされないだろう」

「労働は三十年か。お花になれば良い稼ぎ手になるだろうな」

「刑期が終われば、一人でも生きていけるだけの貯金が貯まっているだろう」


娼館は国に営業許可をもらった正規営業と、営業許可をもらわない非正規営業がある。正規営業の娼館は、ダンジョン都市シティに開業手続きをしている。トラブルが起きたときに、正規営業の店は有利なのだ。さらに、給金もいい。犯罪奴隷の場合は借金奴隷よりお金が貯まりやすいものの、衣装を派手にするなど散財すれば簡単に借金奴隷に身を落とす。着回しや自分でちょい足しなどアレンジして、上手に着こなす娼婦たちもいる。

娼館のトラブルの大半は金額に関することが多い。正規店は金額が高いのだ。その代わりに教養はある。それに娼館とは酒席がメインだ。席代に飲食代に娼婦お花代。指一本触れるなおさわり禁止の上、相手を指名すれば指名料も追加される。個室で一夜を共にするには、さらなるお金が追加される。非正規店の場合、酒席はなく個室で二時間弱の肉体関係のみ。金額は雲泥の差、月とスッポン。支払いができないからといって騒動を起こしても罪状が増えるだけだとわからないようでトラブルが絶えないのだ。


「決定されました。娼館『ゴルドラ』が一番の主人となります!」


舞台でクジを引いて緑色がペアになった。不正がないよう、奴隷が引かなかったクジを二本引いて、赤色と黄色が先端に塗られた竹を高く掲げて見えるようにした。

ゴルドラの女将は再び舞台から降りて席に戻った。ほかにも購入する予定なのだろう。

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