第七章

第189話


ダイバが仕事を放棄してアゴールを『自宅へ持ち帰った』翌朝に二人が住む食堂に向かうと、早朝にもかかわらず元気いっぱいな声が響き渡っていた。


「えーい! 待たんかー‼︎」

「お前こそ、とっとと離しやがれ!」

「朝っぱらから夫婦漫才なんかやってないで、さっさと仕事行けや」


私の声にあわせて二人の頭にピピンの触手が。アゴールの頭ははたき、ダイバの頭はたたいたのだ。


「ああ、おはようございます。エミリアさん。助かりました」

「おはよう、アゴール。昨日の今日でこの騒ぎ? ダイバ、頭のネジいかれてる? 元々ない? ああ、フーリさんのお腹の中に置き忘れた? だから、妹のシエラの頭のネジが多く『しっかり者さん』って人気なんだ」

「エミリア……。何の恨みがあって……」

「あるに決まっとろーが‼︎」


私の返事に合わせたようなタイミングで、バッコーンッと素敵な音がダイバの後頭部から鳴った。ダイバの父コルデさんが殴りつけたのだ。


「イッテーッ!」


手加減のないゲンコツを受けたダイバは座り込んで頭部を押さえている。


「おはよう、エミリアちゃん」

「おはよう、コルデさん。昨日、ダイバが仕事放棄なんかしたせいで迷惑こうむったんだ。なんか、私に仕事を頼まれたんじゃないかって言われてさ」

「ごめんなさい、エミリアさん。すぐにでも……」

「だからお前は休んでろと」

「……だから、お前の頭は休みっぱなしだと言ってるんだ!」


立ち上がろうとしたダイバの頭頂部に、くらやみの妖精が浮かせていたフライパンが直撃した。……正確には、フライパンを頭頂部より上三十センチの高さで浮かせていたところに、ダイバがフライパンに向かっていっただけだ。さすがに石頭を誇るダイバも鉄製のフライパンには勝てず、目を回してひっくり返った。

ちなみに、ダイバが負けたこのフライパンは食堂の厨房で使われている大きく頑丈なものだ。


「ふぅちゃーん。この『ダイバカ』を最初の仕事場まで吹き飛ばしちゃって」

《 オッケー。スクリュー、発射ぁー! 》


風の妖精の合図とともに、気絶したままのダイバが横回転の風に乗せられてミサイルのように飛んでいった。さらに目を回しただろう。……まあ、飛んでった先でなんとか起こしてくれると思う。


「今朝一番で、ダンジョン管理部がダイバをんだって」

「そいつはエミリアちゃんが見つけたというダンジョンのことか?」


コルデさんの言葉に首を左右に振る。


「ううん。……朝方にね、大きな地震があったよね」

「ああ、あのどでかいヤツか」

「うん。あれ……私のせい」

「どうしたんだ?」

「夢の中で変な空間に閉じ込められたの。みんなが気付いて必死に起こしてくれて、私も自分でその空間を壊すことができて目が覚めたんだけど……。テントの中の空間まで壊しそうになってたみたい。くらやみの妖精がテントから私を運び出してくれて、テントは無事だったけど。ただ、その時の余波が妖精たちの結界を通り越して大陸全体を襲っちゃったみたい。……ごめんなさい」

「エミリアさん。大丈夫です。大丈夫です。エミリアさんはなに一つ悪くない」


私を抱きしめて落ち着かせようとしてくれるアゴール。


「ああ、アゴールの言う通りだ。エミリアちゃんはなにも悪くない。悪いのは、エミリアちゃんの夢の中にまで干渉して閉じ込めたヤツだ」


コルデさんの大きな手が私の頭を撫でる。

私を閉じ込めたのが女神だと知ったら……。その女神を殴ったり蹴ったり……報復しかえししてきたと知ったら……


《 間違いなく「よくやった!」って誉めそうよね、ここの連中って 》


うん。それ以外、私も考えられない。

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