第159話


部屋を出た私は、ふたたび怯えた演技をしている妖精たちが入った鳥籠を手に王城の入り口をふらついていた。


「おい! そこで何をやっている!」


私に気付いた兵士の一人が私に駆け寄ってきた。


「お前はさっき警備隊長が連れていた……」

「その方が、急にどこかへ連れて行かれてしまって……」


ウソではない。詳細を言っていないだけだ。しかし、その兵士は「ああ。また『あのお方』か」と呟いた。心当たりでもあるのだろうか。


「……まあ、いい。おい、俺は隊長の代わりに案内してくる。ここを頼むぞ」

「ああ。分かった」


そんなやり取りののち、私が連れてこられたのは円柱の塔が向かって左側についた三階建ての屋敷だった。


《 ここから仲間の気配がするよ 》

《 ほかの場所にはいないみたい 》

「あたりのようだね」

「おい、こっちだ」


立ち止まって建物を見上げている私に、先に屋敷の扉を開けて中の人と話をしていた兵士が声をかけてきた。たぶん、私がツタの絡まる建物に驚いていると勘違いしてくれただろう。実際には、私たちの、いや私の会話が聞こえないように離れた場所で立ち止まっただけだ。


「こちらがここの責任者だ。じゃあ」

「ありがとうございました」

「……なんで、こんな子まで」


兵士がぽつりと呟いた声が小さく届いた。


招き入れられた私は、如何いかにも高価です! と言わんばかりの装飾品を飾った応接室のソファーに腰をかけていた。


「まずは商品を見せていただけますか?」

「断る」


私の言葉に殺気が漏れる周囲。隠れている意味ないじゃん。


「商売とは信用が第一。名も名乗らず商品を手に出来ると思うな」


私の言葉に目の前に座る男が目を大きく見開き、それでもすぐに体裁を整えた。


「大変失礼しました。私は……」

「ああ、まったくもって失礼だ」


男がふたたび目を見開く。


「この国の謝罪とは、胸を張り偉そうに『失礼した』で済むのか。……これでは信用も信頼もできん。だいたい『睡眠スリープ』殺気を放った状態で、隠れているつもりか?」


周囲に向けて無言で魔法を使い眠らせると、バタバタと物音がして、両隣の壁の向こうにある隠し部屋や天井、床下に隠れて殺気を放っていた男たちが倒れていく音が聞こえた。……応接室の防音体制はどうなっているんだ?


「さて、どうしてくれようか?」


私はソファーから立ち上がり、目の前の男を見下ろす。青ざめて震える男の姿は、圧倒的な能力の差を見せつけられたせいか、威圧感もなくなっている。


聖魔師テイマーの名において命ずる! 妖精に危害を加えるものたちを拘束せよ! さらに、妖精たちを閉じ込めている封印を解除! 妖精は我が元へ集え!」


私の宣言に、男は『土でできた巨大な手』に握られた。視界の端に、窓の外に、何人もの人たちを掴んだり握りしめた巨大な土の手がいくつも地面から生えて、建物を崩して雲の上へと伸びていくのが見えた。

応接室内には、転移で移動してきた『状況がわかっていない』妖精たちで溢れていた。そんな妖精たちを、私が持ってきていた鳥籠から飛び出した妖精たちが抱きしめる。仲間との再会でやっと助けられたと自覚できたのか。抱き合って喜んだり、泣きながら自分の受けた不条理な苦しみを訴えたり……

それでも、私に敵意を向けこなかったのは、私の職業を商人から聖魔師テイマーに切り替えていたからか。


「な、ぜ……なぜ、だ……。なぜ、人間のお前が妖精たちを使わんのだ!!!」

「なぜ? そんなもん、当たり前だ。私は常識のある人間であり、聖魔師テイマーであり…………『この世界最後の聖女』だからだ」

「……せい、じょ……。だったら!だったらなぜ我らの敵に回る‼︎」

「敵に回ってなどいない。この世界で一番愚かなお前たちは、すでに神から見放された。神が見捨てたもうた存在ものを、なぜ聖女が救わねばならぬ?」


私の言葉に、「あっ」とか「うっ」としか、すでに会話ができない男。

大っ嫌いな聖女の称号……それを『非公開から公開に変更しますか?』という表示が目の前に現れた。思わず、忌々しげに「破棄」と吐き捨てるように呟くと『了承しました。非公開のまま変更しません』と表示されて消えた。


「…………ふざけんじゃねえ。人の人生をいじっておいて『あの子』を死に追いやって。ひと言の謝罪もなく許して受け入れてもらえると思うんじゃねえ……」


夢の中で見せられて思い出した、『聖女として呼ばれた』私たちの存在。そのため、この時の私は、神に対して憎しみの感情しか向けていなかった。

今ならわかる。私は『聖女だった記憶』を消して、でも『あの子』との約束通りに自分らしく生きていこうと思ったのだ。


「私たちを聖女として召喚し、親友を殺したお前たち人間を、誰が救うというんだ? え? なあ、「殺したのは自分じゃない!」とでもいうか? そんな言い訳で…………ここにいる、仲間たちをとらわれて殺された妖精たちが、納得するとでも思うか?」


私を震えて見ていた男が、妖精たちに……たくさんの光に目を向けた。自身に向けられた気配は憎しみといかり。気絶寸前であろうこの男……次期国王は、その立場から無様に意識を手放せないでいた。


「私は人間の敵ではない。しかし、愚かな人間の味方でもない。お前たちへの制裁は妖精たちの正当な権利であり許された権限だ。……じゃあな。次期国王として、しっかり負債を返済するんだな」


私はその言葉を最後に、希望者だけを残して王城をあとにした。

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