第86話


「貴女が『料理人のエア』さんですか?」


「いいえ。違います」


「あ、すみません」


こんな人が時々現れます。ですが、私の称号は『冒険者』です。職業は『魔法剣士』です。料理人ではありません。


「エアさん?また間違えられましたか?」


「ええ。私は冒険者だと、此処に来ている人たちは知ってるのですけどね」


「名前だけで探しているからでしょう。迷惑な話ですよね」


実は、この屋台や露店の広がる中央広場に来ると、すでに顔馴染みになった店主さんから気軽に呼び止められます。それで私の名前を知って、レシピ欲しさや権利譲渡などの私欲が目的の人たちに声を掛けられるようになりました。

名前による検索を拒否設定しているので、どんなに探しても見つかりません。

ですから、『エア』という名前だけで声を掛けて来るのです。枕詞まくらことばのように『料理人の』『薬師やくしの』『錬金師の』と付けられますが、私の称号は『冒険者の』が正しいので、すべて「違います」と返しているのです。



一度「お前に間違いない!」と腕を掴まれ暴力を振るわれそうになりました。その時は同行していたブロウさんが庇ってくれ、巡回していた南部守備隊の隊員さんたちや男の仲間と思われる人たちが取り押さえたため私は無事でした。・・・『私は』です。私を庇ったブロウさんは顔を殴られて左側をパンパンに腫らしてしまいました。

守備隊の隊員さんから回復薬をひと瓶貰って回復させていましたが、私が回復魔法を使うのは止められました。近くに治療師がいたそうです。回復魔法が使えると、治療院に無理矢理治療師として登録されて治療院から出してもらえなくなるからです。家族でも面会出来ないそうです。

隊員さんが差し出してくれたのは、私が作った回復薬(小)でした。そのため効果は抜群で、切れた唇や腫れた顔面もまるで逆再生を見ているように回復していきました。


「・・・大丈夫ですか?」


「はい。痛みもありません」


「・・・よかった」


私を庇って大ケガをさせてしまったのと、無事に回復出来たことで安心して、人前だというのにボロボロと涙を落としてしまいました。そんな私を慰めるようにブロウさんは抱きしめてくれました。


「あー。本当にもう大丈夫ですから泣かないで下さい。・・・やっぱり来ましたよ。エリー!頼みます!」


ブロウさんの言葉と同時に私はエリーさんの腕の中に入っていました。


「エアちゃん。大丈夫?・・・腕を掴まれたのね?赤くなってるわ」


そう言って、掴まれた腕に回復魔法を掛けてくれました。エリーさんはエルフ族のため、治療師たちも治療院に取り込もうとしません。だから、人前でも堂々と使えるのです。


「これで・・・もう大丈夫ね」


「ブロウさんが私を庇って大ケガしたの」


「俺なら大丈夫です。隊員から回復薬を貰って飲んだので」


「そう・・・。それでエアちゃんは安心して泣いていたのね」


エリーさんの言葉に頷くと、「あのー」と遠慮がちに声をかけられました。


「あとで南部守備隊の詰め所まで来て頂けませんか?」


「分かりました。エアさんも一緒の方がいいですか?」


「あ、いえ。当時の状況が説明出来るのでしたら貴方ひとりだけで構いません」


「じゃあ、俺ひとりで今からでも。・・・エリー。エアさんのこと任せてもいいか」


「ええ。エアちゃん。今日はもう住処アジトへ帰りましょう?」


「エアさん。今日は帰りに何人か連れて伺いますから、その時に買い物をして下さい」


近くの屋台の店主さんが声を掛けてくれたため、黙って頷きました。今日は『約束の日』ではないのですが、此処にいても『騒ぎに巻き込まれた被害者』という哀れみの目で今も見られています。そのため、このまま買い物を楽しく続けられそうもありません。

この場は店主さんの好意に甘えることにしました。


「じゃあ、ブロウ。あとは任せたわよ」


エリーさんはそういうと私を抱きしめて、風に乗って3秒で家まで連れ帰ってくれました。




あの時、ブロウさんに暴力を振るった人は暴行と傷害のWダブルコンボで牢に入れられました。その上で、以前にも同じように暴行と傷害事件を起こして3年の強制労働を受けていました。『同じ罪を重ねた』だけでなく、男性のブロウさんでもあれほど酷いケガをした暴行を『女性』である私にしようとしたとして、さらに罪が重くなったそうです。

駆けつけたのがミリィさんたちと違う隊だったのですが、ブロウさんの顔面を腫らした姿を実際に見たため、重罪にするよう証言をしてくれたそうです。広場にいた人たちも、一方的な暴力だったと証言したそうです。その結果、犯罪奴隷として王都の北部にある排水処理場の地下で8年間の労働が決定しました。


ブロウさんは『冒険者という立場で手を出さず、身体を張って女性を守った英雄』として誉め称えられています。冒険者でも、この時のように危険な時は手を出してもいいのですが、ブロウさんはそれをしなかったことで誉められているのです。


「さすが『聖女様が認めた冒険者が所属しているパーティ』だ」


そんな風に『鉄壁の防衛ディフェンス』が人々に称賛されています。それによって、エリーさんだけでなく一緒に住んでいる私にも近付く人が減りました。私の後見人として周りが認めたからです。

今まで「パーティに入れてやる」と直接言ってきた人たちがいました。中には冒険者ギルドにパーティに入る時に提出する『パーティ参加申請書』を押し付けてきて、「名前を書け!」とナイフをつきつけて脅されたこともあります。自分で作った『結界』の指輪を起動させたため無事でした。相手はさすがに罪を問われましたが。

その騒動があったため、キッカさんたちのパーティが私の後見人だと証言したのです。エリーさんとキッカさんたちのパーティの名前で、私の後見人として登録されていました。


「後見人は私たちが勝手に選べるの。もちろんエアちゃんが『何かしでかした』ら、罪を問われるのは私たち。でもね。私もキッカたちも『はじまりの迷宮』に駆けつけた時にはすでにエアちゃんを気に入っていたのよ」


「俺たちは、自分たちとは違って有効な戦い方をするエアさんの後見人になることで、勉強させてもらうためです」


「私は何か『お返し』出来ていますか?」


「少なくとも、『冒険者の基礎』を教える必要があると分かったな。いま冒険者ギルドでは、エアちゃんの持ってる本と同じ物を買って、魔法の知識を勉強している。生活魔法でさえ、知らなかった知識が多かったよ」


「それに『美味いもの』を真っ先に食べさせてもらっています。これは何より大きいです」


後見人の一件が明るみになってから、表立ったパーティの申請は消えました。何かあれば、キッカさんたちがパーティを組んでくれるのです。キッカさんたちより強いパーティはいないので、ギルドの受付に毎日何十も出されていた『パーティ申請書』も減ったそうです。


「エアちゃんと会ってから、毎日楽しいわ」


「エリーさんが私とフレンドになったのって、『面白そう』だからですよね」


「そうよ。だから毎日楽しいわ」


エリーさんみたいに長命種族の場合、一生が長いため途中でつまらなくなるそうです。そのため、刺激を求めて『エルフの里』から出るエルフもいるそうです。


・・・楽しいから後見人や交渉代理人になってくれるのって、良いことでしょうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る