第38話


アンジーさんとシシィさんは、フィシスさんたちと合流するため、階段を上がって行きました。二人を見送って、手元に戻していた『小さな光の玉』を空中に浮かべました。そしてそのまま飛翔フライを使ってこの階の広場に入ってみました。やはり『宝箱』があります。ただ、他の宝箱より小さく『手のひらサイズ』です。まず先に箱を引っくり返して『紋章がない』のを確認しました。それから鑑定のアミュレットで宝箱を鑑定。『この宝箱を手にした者は、誰か一人に対し『死ぬまで真実しか話せない』呪いを掛けることが出来る。これはどんな魔法も効かない』とありました。これは『手にした者』とあります。と言うことは、『置いた誰か』が『手にした者』ではないでしょうか?って『呪い』なんて言ってますし。

『状態回復』をかけてから、もう一度鑑定してみました。


『リセットされました。これを手にしている者は、誰かに対し『死ぬまで真実しか話せなくなる』魔法が掛けられます。誰に掛けますか?』


驚いたことに、説明文が変わっています。これが『本当の文章』だったのでしょう。ここはやはり「『審神者』に掛けたい」ですよね。そう言ったら、『この世界の職業『審神者』となった者は、死ぬまで真実しか話せなくなりました』と表示されました。

え?『審神者』って『職業』だったの?!

あれ?でも、これであの審神者は『真実しか話せなくなった』ってことですよね。

たしか審神者に質問する時は、広場で多数の人たちの前で『公開証言』するって。多数の人が証言者として立ち会うためって教えてもらいました。その状態でこのダンジョンのことを質問すれば、すべて暴露してくれますよね。

このことは、エリーさんたちに報告した方がいいですね。ということで、エリーさんにメールを送りました。

宝箱を確認したけど、説明文には何も表示されず宝箱の名称も『役目を終えたただの箱』となっています。ちなみに状態回復の魔法も掛けてみましたが、何も変わりませんでした。



『エアちゃん。さっきのメールの内容って、どういうこと?』


『そのままです。『小さな宝箱』が置いてあって、鑑定したら『誰かに対し『死ぬまで真実しか話せなくなる』魔法を掛けられる』とあったので「審神者に掛けたい」と願ったら、『この世界の職業『審神者』は、死ぬまで真実しか話せなくなりました』と表示されました。審神者って『職業』だったんですね。初めて知りました。審神者に関してはアンジーさんとシシィさんから聞いて下さい。これで『公開証言』が可能ですよね?』


エリーさんからのメールが来たので返事を送って、34階の広場を出ました。光の玉を収納して下の階に進むと、此処には階段の周囲と広場の前に橋が掛けられていて、あとは水没していました。もしかして『池』なのでしょうか?その割に底が見えません。黒い影は見えるので、魚が泳いでいるのでしょうか?

先に右手を伸ばして、採取可能のものを『収納』してみました。アイテムを確認してみるとやはり『食材』にあたる魚類が切り身で回収されていました。マグロなどの刺し身に出来るものは『柵』で回収されています。もちろん切り身にもなっています。それ以外にも、貝や海藻もたくさんの種類が回収されました。

橋の上から水の中を覗くと、深い部分にはまだ魚影が見えます。あれらは回収されなかったので、すべて魔物ということですね。

それを確認してから、池に小さな静電気スタティックをバチッと落としました。水面全体に放電現象スパークが起きている間に、マーレンくんにメールの返事を送りましょう。


『マーレンくん。今日は戻れないから私は大丈夫よ。それより変な人は大丈夫?・・・じゃないわよね。大丈夫だったら『変な人』じゃないもの。でも何かあったら『南部守備隊の女性隊長』に連絡してね。四人の誰でも大丈夫よ。マーレンくんやユーシスくんのことなら知ってるから。冒険者ギルドの『エリーさん』か『キッカさん』や、商人ギルドの『シェリアさん』にも、名前を出して。必ず助けてくれるからね』


勝手に名前を出していますが、きっと大丈夫でしょう。それにシェリアさんも冒険者ギルドの人も、エリーさんやフィシスさんに連絡してくれるでしょう。

35階の光も落ち着いたので、ぷかりと浮いていた五メートルの魚などを『収納』しました。



・・・ああ。『サメ』がいたのですね。大量のキャビアがアイテム欄に入っていたので、驚いてフリーズしてしまいました。いえ。食材の鮭やマグロなどの魚類から、ホタテや伊勢海老、ワカメや昆布など、この階で手に入れた量が半端ない状態です。

っていうより、頭が正常に動いてきたので、ツッコミ入れてもいいですか?いいですよね?此処なら誰もいませんし。アンジーさんたちはすでに転移石を使って、一階に行ってます。

もう。思いっきり、叫んじゃってもいいですよね?


「なんでここに『伊勢海老』がいるのー!」


いえいえ。たしか、伊勢海老は『イセエビ科』に分類されてますけどね。ですが先日収穫した『エビ』ではなく『伊勢海老』ですか?!ああ。たしかに彼方あちらはエビと言っても、車海老やブラックタイガーでしたよ。中には『大正エビ』もありましたけどね。あれは『輸入業者の名前』だから。その時はそれで納得しましたよ。

ですが『伊勢海老』ですよ!まんま『地名』ですよ!っていうか、小さいエビの殻を剥いたものはすべて『むきえび』になってますし!

それに、なぜ鮭のたまごが筋子をふっ飛ばして『イクラ』なんですか!鱈に至っては『タラコ』と『明太子』ですよ!明太子作る工程が吹っ飛んじゃってますよ!それに、イクラもタラコも明太子も、ついでにキャビアも、どれもこれも総量が『トン』を超えてますからー!

それに魚自体がデカイから!切り身もこの先、毎日毎食食べ続けても、五年は収納ボックスから名前は消えませんから!


これはアレですか?冒険者をしつつ、追手が現れたら行商人に『鞍替え』しろってことですか?ええ。出来ますよ。量が半端ないですから。

普通の塩でさえも鑑定したら『上等な塩。一切の不純物が混じっていない最高級品』なんて出てますよ。ええ。こんなダンジョン内ですからね。此処の水が海水なら、余計なものは混じらないですよね。

そして、そんな『最高級品』を冒険者が持っているはずありませんからね。十分『行商人』として誤魔化せますよ。



・・・・・・『聖女様の加護』を甘く見ていたわ。恐ろしく『高性能』じゃないの。




叫んで発散させたのが良かったのか。気持ちが落ち着きました。もうね。『伊勢海老』に関しては、それを見た『過去の聖女様』が「伊勢海老」と言ったからその名前になった、と思いましょう。イクラやタラコ、明太子にしても、『そういうものだ』と。魚の種類でそうなるのだ、と。量に関しては、『魚自体が大きいから』で納得出来ますよ。


・・・つまり、私の『気分次第』ということですね。


開き直れば簡単でしょう。ですが、私はまだ『この世界』にきて数日。そう。ひと月も経ってないのです。

・・・・・・それなのに。城の連中が、審神者が私を追い回す。

何故、放っといてくれないの?そんなに私を『殺したい』の?だったら『元の世界』に戻してよ!死んだ、城の連中に『殺された』彼女を生き返らせてよ!


私の中でいかりが急激に膨らみ、憎しみが爆発しかけた時でした。開いたままのステータス画面がメールの着信を知らせてきました。発信は宿。メールを開くと、マーレンくんからでした。


『お姉ちゃんは僕たちが守るから、明日帰ってきても大丈夫だよ。さっきね。お城から来た悪い人たちがお姉ちゃんの部屋に監視用の魔石をつけようとしたけど、食堂のお客さんたちが取り押さえてくれたんだよ。悪い人たちは守備隊が連れてってくれたからもう大丈夫。僕たちもね。お姉ちゃんの部屋と違うカギを渡すつもりだったんだよ。もしバレても、お姉ちゃんが帰ってきたら違う部屋を貸すだけだもん。なんでそんな簡単なことに気付かないのかなー?』


やっぱり、連中はマーレンくんたちの宿を襲ったようです。でもマーレンくんたちもさすがです。『違う部屋のカギを渡そう』としてたなんて。そして、食堂のお客さんたちも。唯一『まともな食事』が出来る食堂で、そこに食材を卸している私を守ろうとしてくれたのでしょうか。

すごく嬉しいけど・・・相手は城の連中。報復とか、大丈夫なのでしょうか。



そして、マーレンくんのメールが、あれほど荒れていた私の心を落ち着かせてくれました。

私はひとりじゃない。

宿のみんなも、たぶん会ったことがないでしょう、食堂のお客さんたちも助けてくれました。南部守備隊の方々も、駆けつけてくれました。

うん。きっと大丈夫。

『聖女様のご加護』が私を守ってくれる。

でも、守られるだけじゃダメだよね。

パソコンは使える。その映像を昨日流したら、大きな反響が出た。姿は亡くなった聖女。彼女の言葉はすべて真実。

あの審神者も、昨夜、『光の聖女様』を見たでしょう。そして、彼女の言葉がすべて真実だと分かったはずです。

だったら、そのことを広場の中心で、王都の皆さんの前で証言してもらいましょう。



『ねえ。マーレンくん。昨日何かあったの?王都にいる人から『聖女様が現れた』って連絡が来たそうだけど。さっきもダンジョンに入っている人たちと話したけど、私たちは誰も見てないの』


マーレンくんたち『一般市民』は、昨日の聖女様のことをどう受け取っているんだろう。もう一度映像を流したほうがいいのかな?今度はセリフを変えようかな。

・・・私の、さっきまで胸に溢れていた感情を爆発させようかな。きっと、口に出せない感情の捌け口が私には必要なんだと思うから。






36階以降、私は八つ当たり気味に魔物を倒すこともせず、せっせと静電気を起こしては収納。採取可能のものも回収。そして広場に時々現れる宝箱からもアイテムを回収。

気が付いたら、すでに49階の広場まで辿り着いていました。現在時刻は11時。

8時に『フィシスさんで』遊び、9時30分にアンジーさんたちと別れました。

約束したので、今日はこれ以上進みません。私が、ここに残ることで、フィシスさんたちは『動きやすくなる』のでしょう。そして、私が『明日』ボスを倒すことで、ダンジョンは『明日の日付』でクリアしたと記録が残されます。このダンジョンは50階もあります。だからこそ、『短時間で最下層へ行けない』のは周知の事実です。

別の言い方をすれば、『これから』王都で何が起きても私の方は『アリバイ成立』です。


ユーシスくんから届いたメールには、昨日の『聖女様の話』が簡単に書かれていました。

聖女は空だけでなく、『人々の前』にも現れたそうです。ユーシスくんたちの場合、宿の食堂の壁に現れたそうです。ユーシスくんもマーレンくんも「驚いたけど怖いと思わなかった」そうです。

食堂のお客さんたちは『聖女様を第二王子が召喚したことと国王に殺されたこと』に腹を立てていたそうで、聖女様が消えてから、食堂にいた人たちが『物騒なこと』を言っていたらしいです。

そして今日になり、早朝から黒髪の女性たちが中央守備隊に無理矢理連行されたことで『黒髪の聖女を探している』と騒ぎになった。パパさんの見立てでは『暴動が早まるだろう』とのこと。

・・・何を考えているのでしょう。


ええ。時間に余裕が出来てしまったので、昼食前に『光の聖女様』を再登場させましょう。




「私は第二王子レイモンドによって召喚され、生命を奪われた聖女です」



昨夜同様、空に『光り輝く聖女様』が現れた。その聖女様の姿に王都の人たちは言葉を失っていた。


「ああ。聖女様・・・」


「なんともおいたわしい・・・」


人々はそう呟きながら跪く。

現れた聖女様の左目から、スゥーッと涙が伝っていったのだ。


「聖女様がお嘆きに・・・」



「いまこの街で、様々な悪事が行われています。その罪が明るみになりかけている今、『免罪符』として『黒髪の聖女』の存在を使おうとしています。この地に放り出されて行方が分からない『黒髪の聖女』の代わりを、自分たちの手で作り出そうとしています。いま中央守備隊に『黒髪の女性』だけを集めているのがその証拠です。彼女たちを助け出してください。王都治療院に『呪い』を掛けられて自我を消されてしまう前に・・・」


この言葉に一番驚いていたのは中央守備隊だった。自分たちはただ「黒髪の聖女様を見つけるため」に詰め所を提供しただけだ。そして、その詰め所にいた王都治療院の治療師たちも、自分たちの『しようとしていたこと』が聖女様にバレていることを知って、乗り込んできた守備隊に無抵抗で捕らえられた。



「彼らは露店や屋台を封じ、人々の暮らしを圧迫させて、人心じんしんを掌握しようとして失敗しました。『冒険者の存在』がそれを防いだのです。冒険者はただ『困っている人を助けたい。食材が足りないなら冒険者の自分が取りに行く』との意思でダンジョンに入っています。王都治療院と審神者は、そんな冒険者が入ったダンジョンで、次々と自分たちの悪事が暴かれています。そのため、自分たちの罪を冒険者のせいにして逃げようとしています。そして『黒髪の女性』をニセの聖女に仕立て上げて操り、「自分たちは聖女と偽った彼女に騙されただけだ。その背後には冒険者がいる」と」



この言葉に、王都に戻っていた『彼女の存在を知る者』たちは驚いた。そのことを知っているのは一部の人間だけだ。何より、『王都治療院と審神者の悪事』は、まだ王都では知られていないことだ。

城門に一番近いということで、『水の迷宮』で捕まった者たちの取り調べに使われていた南部守備隊の訓練場。此処にいた審神者は『聖女様の言葉』に呆然としている中、守備隊に捕らえられた。そして『真実を証言』するために、午後から中央広場で『公開証言』をすることを了承した。其処で嘘を並べ立てて身を守ろうと思ったのだ。


・・・彼はまだ知らない。『審神者は真実しか話せなくなった』ことを。



「私を死なせただけでは飽き足らないのでしょうか?なぜ・・・自分たちが酷い仕打ちをして追い出した聖女を、自分たちの欲望のために使おうなどという浅ましい考えが持てるのでしょう。彼女に対して『申し訳ない』と思うなら、そっとしておいてください」


聖女様の言葉に、人々は口々に謝罪の言葉を繰り返す。額を地面に擦りつけて涙を流している人もいる。


「貴方たちはご存じないのですか?もしも、集められた女性たちの中に『黒髪の聖女』がいた場合のことを。・・・『神に等しい存在』に手を出すということは、罰として、この国が、この世界が滅ぼされるということを・・・」


聖女様の言葉に、人々は震えだす。深く考えていなかったのだ。集められた女性たちの中に、聖女様がいらっしゃられば『聖女としてまつり上げればいい』なんて甘い考えを持っていたのだ。

それは王城内でも同様だった。中でも『黒髪の聖女様』を欲していた宰相たちは『目の前で涙を流す聖女様』に必死で謝り、今なお手に入れようとしている研究院や治療院は床に伏せて真っ白な顔色で震えていた。

国王は「お赦し下さい!世界を滅ぼす気はなかったのです!お赦し下さい」と繰り返し、第二王子レイモンドもやっと『事の重大さ』に気付いたようで、地下牢の柵にしがみつき「如何なる罰も甘んじて受けます!ですから、国を、世界を滅ぼさないで下さい!」と泣きながら叫んだのだった。



「何故、いまさら『黒髪の聖女』を求めて、黒髪の女性たちを追い回しているのですか?何故、『黒髪の聖女』を放っておけないの?そんなにもう一人の聖女を追い詰めて殺したいの?私たちは殺されるためにこの世界に喚ばれたの?だったら私たちを『元の世界』に戻して!私を生き返らせて!貴方たちの『問題』を、関係のない異世界の私たちに押し付けないでよ!!」


聖女様の姿は徐々に薄まり消えていった。



聖女様の最後の叫びはあまりにも悲しかった。

人々は『聖女様を殺したのは自分たちだ』と自覚した。自分たちの世界のことで、聖女様たちは召喚されたのだから。それと同時に『聖女様が憎んでいるのは、この世界すべて』だということも。

そして、人々はようやく理解した。『聖女様を探してはいけない』と。聖女様を城から追い出した時点でこの国が罰を受けていないのは、聖女様が望んでいないからだ。このまま聖女様を追い回し続けていたら、保留にされている罰が落とされる可能性すらある。

・・・・・・それこそ、この世界は一瞬で灰と化すだろう。



ちょうどその時だった。中央守備隊の詰め所に連れて行かれていた黒髪の女性たちが解放されて出てきた。そして時を同じくして、南部守備隊より、午後から中央広場にて『水の迷宮』にて起きた事件の取り調べを、審神者立ち会いの元、公開で行うと伝えられた。

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