第7章 闇の到来。俺の位置

第37話 風が変わるとき

 疲れた!

 5月半ばを過ぎたころの俺の感想である。

 昨年は良かった。

 男爵家を出て農業を始めたばかりの俺に皆遠慮してくれていて。

 今はもう容赦なく仕事が舞い込んでくる。

 やれ伝票の数値があわないような気がするだのどこぞの子が熱っぽいだの。


 それに加え3月からジャガイモの収穫、大麦の収穫、キヌアの収穫、タマネギとニンジンの植え付けと続くのだ。

 収穫したジャガイモはチーニョに加工したり熱を加えた後冷凍したり。

 流石にこの期間は学校もお休み。

 そんなのやっていられる余裕なんて無い。

 日の出とともに働き夜中に就寝と言う日々だった。


 これでうちの使用人が有能で無かったら今頃過労死かうつ病&パニック障害だ。

 経験者が言うのだから間違いない。

 というのは今までの経験から見てうちの使用人、色々優秀だという事がやっとわかってきたのである。

 よく働くし真面目だし農家としての技術もあるし指示しなくても必要な事はやってくれる。

 男爵家からよく分からないのが追い出されて来たというので、きっと同情して村中で相談した結果、良く出来る使用人を送り込んだのだろう。

 その心遣いを今でもやってくれると助かるのだけれど。

 取り敢えず使用人諸君は今年もボーナス&昇給で待遇しよう。

 こういう場合はありがとうの気持ちだけではいけない。

 賃金という実質も伴わせなければいけないのだ。

 そうしないとブラック企業と呼ばれてしまう。

 この世界にそんな単語は多分無いと思うけれど。


 さて、タマネギとニンジンを植え付け、やっと農家の仕事の方は一段落した。

 乾季になったから作物に水やりをしなければならないけれど、その分雑草は生えにくい。

 そんな訳で優秀な使用人諸君に全てを任せ、俺はゆっくり休む……

 訳にはいかなかった。

 創造神うんえいから社員宛ての神託メッセージが降ってきたのだ。

「国軍が北へ向けて進軍を開始するらしい。可能ならどんな情報でもいいから入手して報告せよ」


 ちょっと待ってくれ。

 ティワナク王国の北というと北西側の海岸にムティック王国がある。

 だがここは友好国だ。

 攻める理由はあまり考えられない。

 とすると北東側の熱帯雨林を攻める気だろうか。

 こっち側は獣人の村や街が所々にあるだけで国家と呼べる規模のものは無い。

 ただだからと言って平定することが楽かというとそんな事は無い。

 獣人同士の連帯意識というのは案外強いのだ。

 下手すれば連合軍みたいなものが出来てしまうかもしれない。


 歩兵で考えると獣人と一般人の戦力比は1対10以上。

 つまり相当な数の優位があっても勝てる見込みは低い。

 それに熱帯雨林は大軍が進撃するのに適した場所ではない。

 どう考えても労多くして益少なしというかマイナスという感じ。

 だからこそ今まで手付かずのままでいたのだ。


 これは確かめた方がいいだろう。

 今後の世界に影響を及ぼす可能性が高い。

 そもそも何故こんな事態になったのか。

 その辺を含めて確認すべきだろう。

「ファナすまない。暫く出かけてくる。ちょっと長くかかるかもしれない」

「私も行きます」

 言うと思った。でも今回は目的地がまずい。


「今回は駄目だ。俺一人で行く」

 今度は実家と、場合によっては王都方向まで足を延ばすつもりだ。

 ラウルから聞いた状況を考えるとファナを連れて行くわけにはいかない。


「わかりました。今回は家で待っています」

 あれ?

 思ったより簡単に引き下がった。

「もっと色々言われるかと思った」

「何となく雰囲気でわかります。今回は無理だって」

 犬の獣人に読心能力って本当に無かったよな。

 読心魔法も教えていないし。


「その代わり約束してください。絶対無事に帰ってくるって」

 おいファナ、そういう台詞は往々にしてフラグになるんだぞ。

 勿論俺はそうならないけれど。

「それは心配しないでくれ。基本的に戦う気は無い。ちょっと調べてくるだけだ」

「わかりました。ここでサクヤ様の帰りをお待ちしています」

「ありがとう。留守を頼むな」


 この留守を頼むというのはただ家で待っていろという意味ではない。

 俺がいない間、村で治療魔法を使えるのはファナだけになるのだ。

 今のファナは中級回復魔法と中級治療魔法の両方を使える。

 技術的にはなまじの回復術士以上の実力はある訳だ。

 ただし魔力量はそこまでは無い。

 獣人の、それもまだ子供という事を考えるとかなり多い方なのだけれども。

 長期になるようなら移動魔法を使って定期的に確認に帰った方がいいだろうな。

 そんな事を考えつつ、旅の準備を始める。

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