第6話 新生活の始まり
帰りは大八車になった。
ベッドだけでなく中身入りの洋服ダンスだの本だの色々積載されている。
なおこの世界のモデルというか名前的に参考にしたらしいアンデス文明には文字や車輪という概念は無かった筈だ。
この世界には元々あったのか、ゲーム的に使いやすいよう調整したのかは不明。
なお当然存在しなかった紙も生産されている。
割と高価だけれども。
まあそんな訳で大八車に本を含む色々を載せて家まで運搬中。
ただ大八車というのは微妙に使いにくい。
これは両方の軸がつながっていて車輪の回転が左右同じだからだ。
その分左右に曲がるときに余分な力が必要になる。
農作業で使っている時は車輪が土で滑るから気付かなかった。
後で両車軸が独立したリアカーを作っておこう。
この方が色々はかどるだろう。
荷物が多いのは仕方ない。
一人暮らしで最低限のものしか家に置いていなかったから。
食器やテーブルは別として他はほぼ一式お買い上げという奴だ。
幸い今回の収穫が結構良かったので財布に余裕がある。
元々俺は役目の為に少しチートな金額を持っていたりもするしさ。
この位は大した負担にならない。
「申し訳ありません。何かここまでして頂いて」
「いいのいいの。一人暮らしだから蓄えはあるしさ。それに家に誰かがいてくれるなんてのはそれだけで充分楽しいし」
出まかせで言ったのだけれど、言ってみると本当にそんな気もしてきた。
うつ病の一人暮らしなんて楽しい事は何もない。
食事も義務として食べているだけだしネットも暇つぶしで見ているだけ。
ゲーム類なんてのは面白さを感じなくなって全部やめた。
ここの仕事をして今は何となく健全な感じになりつつあるけれど。
例えば食事だって一人なら義務的なものだけ。
でも誰かが食べてくれると思えばそれなりに工夫をしたりもするだろう。
そういう少しの無駄こそが楽しみにつながるのかもしれない。
「とりあえず帰ったら飯だけれどさ。食べたら荷物をほどいてファナの部屋を作ろう。使っていなかった部屋だから最初は掃除から始めなければならないけれどさ」
そんな一人暮らしだったら無駄な作業が楽しみに思えてくる。
「そういえば食べ物の好き嫌いって何かあるか。今のうちに聞いておきたい」
「特にありません。強いて言えば酸っぱい系は少し……」
よしやっと謝るのと否定的なの以外の台詞が出て来たぞ。
「漬物系は俺も苦手だから問題ない。保存用はだいたい冷凍しているしさ」
「サクヤ様は魔法を使えるんですか」
「サクヤでいい。魔法と言っても大したものは使えないけれどさ。治療と回復、あと冷凍とちょっとの炎魔法なら」
実際は賢者並みに使えるのだがその辺は言わぬが花という奴だ。
「羨ましいです。獣人は魔法を使えませんから」
おっとそれはあくまでそう言われているだけだ。
「実際は使えない訳じゃない。魔法適性が若干低いだけだな。あとは魔法を学ぶ機会が無くて使えないというだけだ。何なら少しずつでもいいから訓練してみるか? ファナの年から訓練すれば少しは使えるようになるだろ」
この世界の経験値は魔物を倒せば自動的に増えるようなものではない。
本を読んだり教えてもらったり、実際に魔法を使ったりした結果として経験値が増え、魔法が使えるようになるのだ。
そして俺はステータスとしてのその経験値を見る事が出来る。
その辺をうまく使えば効率よく教えることも出来るだろう。
そういえば魔法の他にも文字だの計算だの色々教えなきゃならないな。
その為にある程度本も買ってきたし、足りないところは俺自身が教えればいい。
大魔王復活まではまだまだ時間的余裕がある。
それくらいの寄り道はしても大丈夫だ。
そんな事を考えながら家に到着。
荷物は置いておいて食事の準備だ。
幸いテーブルには椅子が4脚ある。
来客用にも使うからだけれどおかげでファナが座っても大丈夫。
「今昼食を作るからな。そこで待っていてくれ。何ならさっき買った本を読んでいてもいい」
「すみません。実は文字が読めないんです」
「なら後でその辺は勉強しよう」
この地域の文字は表音文字だから教えるのも覚えるのも簡単だ。
さて、獣人だったら肉が多めの方がいいよな。
いつもは雑穀入りスープ一品だけ。
でもたまには主食とおかずが分離したものを作ってみよう。
「手伝いましょうか」
「いいのいいの。これもまた楽しみだから」
一人だと単なる作業だけれどな。
誰か食べてくれる人がいると感じるとそれなりに楽しい。
その代わり失敗は許されないけれどさ。
とりあえずバリケン出汁のトマト入り雑穀スープと焼きバリケンモモ肉。
これにポテトサラダを付けてと。
久しぶりに食事らしい食事を作ったぞ。
この世界ではちょい豪華目のメニューだけれど。
「ほい、出来たから運ぶの手伝ってくれ」
「わかりました」
何か素直過ぎていい子だけれど表情が硬い。
さっき魔法の話をした時だけちょっとだけ笑顔が見えた気もしたけれど。
「随分色々作りましたね」
「たまにはいいだろ。ファナとここでの初めての食事だしさ」
そんな訳でテーブルで向かい合って昼食開始。
「味が濃かったり薄かったりしたら言ってくれ」
何せ俺の舌が正しい保証は無い。
コンビニ弁当ばかり食べていたし、最悪の時はそもそも味すら感じなかったしな。
ファナは一口スープを飲み、そして肉を口に入れる。
「美味しいです」
「良かった」
そう返事してそして俺は気付く。
ファナの表情が変わった。
これは……泣き顔だ。
「どうした。味付けが変だったら作り直すから」
「違うんです。美味しいんです。美味しいんです、けれど……」
ここからは涙声だ。
「私だけ助かって、みんな死んじゃったのに私だけ確かって……」
俺はやっといままでファナが無表情気味だった理由に気付いた。
厳しすぎる現実に感情が凍っていたのだろう。
でもこんな時に抱き留めてやれるほど俺は器用でも女子に慣れてもいない。
「大丈夫です。美味しいし大丈夫なんです。でも……」
「もう少し日が経ったらあの村に行こう。皆のお墓も作らないと」
そんな事を言ったら更に悲しくなるだろう。
そう思っても俺は適切な言葉をかけられない。
でもここで泣くのは悪い事じゃないんだ。
これで次の現実に戻れるきっかけになれるなら。
そんな事も思いながらだた俺はおろおろとファナを見守るだけだった。
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