第4話 翌朝までの長く短い時間
少女を抱えて家に帰り、ひとつしか無いベッドのシーツを清拭魔法で綺麗にして、そして彼女を赤い布で包んだまま横たえる。
最初はかなり衰弱していたが大分ましになったようだ。
念の為もう一度上級治療魔法と回復魔法をかけて、それから掛け布団を被せて。
そこでとうとう俺の限界が来た。
ログアウトして現実世界の自室に戻り、むしり取るようにVR機器を外す。
パニック症状寸前、気分が無意味に悪くて大声で叫びたくなる状態だ。
まだ鼻腔に死臭が残っている気がして深呼吸を繰り返したりもする。
わかっている。全部気のせいだ。
でもそうわかっても治らないのがこの病気。
薬を飲んでもすぐには効かない。
意味も無くダンシングしてもまだ効かない。
思い切って服を着替えて髪だけ撫でて財布を持って外へ。
コンビニへ歩いて行く途中でようやく少し薬が効いてきた。
ほおっと一息つく。
コンビニで弁当を2個買って家に戻って1個食べて。
目覚まし時計を1時間半後にして眠ることにする。
睡眠時間が短いのは俺の病気には良くない。
でも俺は心配だったのだ。
VR世界に残した彼女の事が。
そんな訳で眠れぬまま目覚ましが鳴って。
残った弁当と薬を貪って水も飲んで大人用オムツを穿いてVR機器を装着。
『プルンルナ』世界へと舞い戻る。
目覚めたのは木の床の上。
そういえば1つしかないベッドは彼女に明け渡していたんだった。
おかげで身体がきしきしするが気にするのは後。
真っ先にベッドの上を確認する。
『やや衰弱、生命に支障なし』
ステータスから疫病表示は消えていた。
とりあえずほっとすると同時に一気に疲れが押し寄せる。
これはVRだと意識しても強烈な眠気に襲われて。
ああ、これはダメポ……
「旦那、旦那」
その声で起こされる。
「ああエリクか。もう朝かな」
「朝ですがそこで寝ると風邪をひきまさあ。寝るなら……ってベッドの上のガキンチョは何です」
床から身を起こしながら説明する。
「この先の獣人の村のただ一人の生き残りだ。あの疫病で全滅してその子だけ助かった。もう病気から回復している。そろそろ目を覚ます筈だ」
「わかりました。けど旦那も無茶しねえで下さい」
確かにそうだな。
「ああ。気をつける。悪いなエリク」
「それと俺以外は今日も家族の発熱やら自分が病気やらで来れないっす。ですんで今日は仕事も進まねえと思いやす」
なるほど。
「ならエリクも今日はもう少しで休みとしよう。幸い植え付けや種まきは終わったしな。その代わり頼みがある。ベッド1つと布団のセット、何処でもいいから調達してきてくれ。値段は任せる。運ぶのは俺自身でやる」
そんな訳で適当に銀貨を出して渡してやる。
「それくらいは簡単でさ。ダビッドの店に話つけとくから昼過ぎに行ってくだせい」
「わかった。じゃあそれで今日は仕事終わりだ。頼むぞ」
「了解でさ」
エリクは走っていく。
別に歩いて行ってもいいのだがさっさと休みにしたいのだろう。
なお彼はこの暫く後から『
理由は簡単でうちで働いている5人のうちただ一人流行風邪にかからなかったからだ。
なおこの世界には『馬鹿は風邪をひかない』という諺は無い。
あったらエリクは間違いなく『馬鹿』というあだ名になっただろう。
その辺は彼にとって幸いだ。
さて、現実とこの世界で寝たおかげですこし頭がすっきりしてきた。
でも今日は農業はお休みだ。
やろうと思えば雑草取りとか堆肥裏返しとか色々ある。
でもどれも2人1組でやった方が作業が早いし効率的。
あとはバリケンに餌をやる位だがその辺の朝の作業はエリクがやってくれたようだ。
見ると鳥小屋の掃除が終わっているし餌や水も入っている。
後でエリクには特別ボーナスをやることにしよう。
ただ1人休まず来てくれているしな。
そんな事を考えながら家の中へ戻る。
そういえば彼女の衣服も今着ているものだけだな。
清拭魔法で汚れを取ることができるけれど1着だけだと不便だろう。
後で出来なかった弔いがてら獣人の村へもう1度行ってみよう。
その時は彼女を連れて行った方がいいだろうか。
残酷な現実を見せるのはまだ早いだろうか。
その辺は後で村長に相談しよう。
そう思った時だ。
「うっ、うー、うー」
ベッドの方から声が聞こえた。
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