第519話
(……治ったか)
彼女に追い付き、平然と立っているその姿を見て思ったことがそれ。
血は渇き切り、痛みによる緊張も見られない。
つまり、万全に限りなく近い状態。
(たった数瞬のやり取りながら、腹を潰したはず。それをわずかな時で……)
「つくづく化物」
「その化物と並ぶほうも狂おしきかな」
「……違いなし」
女武者も生まれながら自分がおかしいことはわかっているからね。鬼の頭と同等と言われても受け入れるくらいの異質さ。そんなの自覚せざるを得なかろうてってね。
「……仮に」
「……?」
「仮に我が身が鬼であろうと問答は不要。その首刈り取るまで刃を振りましょうぞ」
「……ならその諸手、いただこうか」
片や鬼として生まれて数千年の神話級の上位生物。
片や生まれながらの豪傑女傑を定められた女武者。
双方共に互いを力ある者として認め、互いの命を奪い合うことに躊躇いはなし。
で、あれば。半端な争いなど起こるはずもない。
――どころでもないんだよね。これが
「「はぁ……! はぁ……!」」
自らの血と相手の血にまみれながら荒れ果てた地に立つ。
戦いながら場所を変えたわけでもない。
ただ、戦う内に互いに影響されて、生物としての格が上がり続けてしまっただけ。
元々の二人の力なんて、精々熊をくびり殺すとか。いるなら象を真正面から仕留めれる程度。
人間なら十二分に化物。
でも、違うんだよ。
高みに存在するモノが、同等の存在に会ってしまった時、大きく成長してしまうことがある。
例えば、スポーツ選手でもあるよね? ライバルができて試合中に強くなったみたいな。
それがこの二人に起きているんだよ。
三ヶ月に渡る殺し合いで進化し続けているんだよ。
やがて猛獣同士の争い程度の規模は、時が進むにつれて様を変え。
刃を振れば天が裂ける。
地を蹴れば山が割れる。
辺りに近づいてしまったある人間は山神の祟りと言った。
別の人間は大規模な妖怪狩りと言った。
はたまた別の人間は神々の大喧嘩と言った。
けれどその実。起こしているのはたった二人の女。
ただ者ではないが、ただの女によるもの。
そんな話は誰も信じないだろうし。今後も誰も知ることはないだろうね。
少なくとも、普通の人間はさ。
(い、いったいどれくらいやりあっているのだろう? 昼夜を何度跨いだか見当もつかない。傷も、幾度つけ、つけられたか最早数えることあたわず)
(あの子たちならただ生きていくなら問題もない。けれど、目の前のこの武者と同格の者ともし出会ってしまえば――)
心配。それは目の前の相手ならば注意が逸れたとは言い難い。
でも、その場にいない者の心配をしてしまえばそれは気の緩みとしか言い様がなく。
「……! 隙有り!」
「……っ!」
既にその手には薙刀は握られていない。二人の苛烈で、鮮烈で、猛烈で、激烈な人ならざる領域には到底及ぶべくもない粗末な作りの武器だから。仕方もないね。
だから、女武者はただ手を尖らせ、彼女の胸に突き立てた。
「ごぶっ!?」
そして、肺や食道を貫きながら、心臓を掴む。
「さすがに、
「……かっ……は……ぁ……」
左側の肺が潰れて呼吸もままならない。呼吸もできないほどならば声もでない。
一瞬の油断が、命乞いすらできないほどに追い詰められてしまう。
(さすがにこれはもう……駄目か)
何度か死にかけた覚えはあるけれど。なんとかしてきてしまった。
どんなに血を流しても。どんなに毒を煽っても。なんだかんだ生きてきた。
もしかしたら心臓を潰されても死なないかもしれない。てか死なない。それは彼女は知らずとも私は知ってる。
だけど。
(動けなくはなる。その間に頭でも潰されたら……)
死ぬね。さすがに。
元々彼女はちょっと回復力が高いだけで、脳や心臓は急所。
運が良ければ心臓を潰されたあと見逃してもらえるかもしれないけど。
ま、望み薄だろうね。
「此れにて、仕舞い――」
に、なったら私は今彼女のことを語っちゃいないさ。
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